おにいちゃんといっしょ
〜こんにちは、赤ちゃん・1〜
土曜日の夕方、友達とサッカーをしてたっぷり遊んだジョミー・マーキス・シンは、家への帰り道を急いでいました。
季節は11月。外で遊ぶにはかなり寒いけれど、サッカーを始めてしまえば身体はいつも寒さなど感じません。
シンはゲームでも遊びますが、それよりサッカーの方が大好きでした。
今年入学した小学校ではサッカー好きの友達がたくさんできました。
クラスメイトの親の中にはやれ塾だ習い事だと口うるさい人もいますが、シンの両親はそんな事は一切口にはしません。
特に母親のマリアなどは、シンが友達とたまにはゲームで遊ぼうとすると、「子供は風の子なんだから外で遊びなさい!」と家から追い立てるような人でした。
そのため今日も学校が終わった後、シンは友達とたっぷりと遊ぶ事ができました。
おやつは食べてから出かけてきましたが、あまりにサッカーに熱中し過ぎたせいか、すっかりお腹はぺこぺこでした。
家に帰ればマリアがおいしい夕食を作ってくれている筈です。
そのためシンの足取りは自然と早いものになっていました。
もうすぐ家というところまで走って来て、不意にシンの足が止まりました。
どこからか声が聞こえたような気がしたのです。
「……?」
サッカーボールを手にしたまま、シンはしばし耳を澄ましました。
それは微かではあるが、うーんうーんという唸り声でした。
好奇心旺盛なシンはそれに怯える事無く、それどころか俄然興味がわきました。
シン家の隣には二階建のアパートがありました。
声の主を探して歩いて行くと、そのアパートの階段の登り口に一人の女性が倒れ込んでいました。
髪が背中まで長いために、俯いたその女性の表情はまったくといっていいほど見えませんでした。
どこか具合が悪いのか、その女性は苦しそうな声を出していました。
シンは気になって、すぐさま女性の元に駆け寄りました。
シンがすぐ傍に立っても、女性は顔を上げようとはしませんでした。
その事に怖気づくよりも先に、シンは声をかけていました。
「おばさん、どうしたの?」
女性からの返事はありませんでした。
けれど苦しそうな声はぴたりと止みました。
シンはもう一度声をかけてみました。
「おばさん?」
「……ねえ……」
「?」
「お姉さん、よ……!」
倒れているその女性は、自分はおばさんではなくお姉さんだ、と訴えてきました。
まさかそんな返答が返って来るとは夢にも思っていなかったシンは、しばし絶句しました。
どうしようかと思いましたが、女性はまた唸り始めました。
どこかは分かりませんが身体が相当痛むらしく、俯いて座り込んだまま一歩も動こうとはしません。
「待ってて、いま人を呼んでくるから」
短くそう言うと、シンは急いで自分の家に駆けこみました。
サッカーボールは玄関の前で庭に向けて放り投げました。
「ママ!」
廊下を走りながら家の奥に声をかけると、驚いた様子のマリアがキッチンから顔を出しました。
「ジョミー、そんな大声を出してどうしたの?」
シンの母親であるマリアは、20代後半の女性です。
近所でも評判の美人であり、学校の授業参観の折にはマリアが一番美人だとシンはクラスメイトから口々に言われたほどです。
「帰ったらまず手洗いとうがいをしてね」
「それどころじゃないよ。外でおば……おねえさんがたおれて苦しんでる」
「え!?」
シンの訴えを聞いたマリアの顔色が変わりました。
「ジョミー、どこなの?」
「こっち、隣のアパートだよ!」
シンの後を追って、マリアも家から飛び出しました。
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