なつのよる よいまつり
〜シン×ブル編〜



   毎年夏が来ると、その神社では例大祭が開かれた。
   けれど本来の神事よりも、すぐ近くの商店街で夜になると開かれる縁日の方が、街の者たち───特に子供たちには
  「夏祭り」として認識されていた。
   道の両脇にはたくさんの屋台が店を並べ、あちこちで人だかりができていた。
   普段は車の行き交う通りを夕方から通行止めにし、たくさんの人たちが足を運んでいた。
   時折、祭囃子の太鼓と笛が奏でられ、賑やかな事この上なかった。
   多くの人が行き交うその中で、一際人目を引く二人がいた。
   ジョミー・マーキス・シンことシンと、ブルーの二人だ。
   シンはすらりとした長身に浴衣を纏っていた。
   金髪に鮮やかな翠の瞳、整った顔立ちはただでさえ目立つのに、今はいつも以上に人目を惹いていた。
   身に付けているのはオフホワイトの生地に柄を縞状にあしらったシンプルなデザインの浴衣と、男結びにした濃い茶色
  の帯、そして下駄だけだ。
   普段は浴衣など着もしないのに、シンはやけに粋に着流していた。
   シンの隣にいるブルーも、人目を惹きつけているという点においてはシンと同じだった。
   ブルーはその細身の身体を、紫がかった深い紺色の浴衣に包んでいた。その浴衣地には淡い色の同色系で葡萄の葉
  が描かれ、涼やかな印象を見る者に与えた。
   浴衣の紺色とは対照的に、鮮やかな色の帯には百合の花が華やかにあしらわれていた。
   けれど何より華やかなのはブルー本人だった。
   元々際立った美貌を持つブルーだったが、それが今夜はより一層際立って見えた。
   共袷からのぞく白い肌。銀色の髪を結い、衣紋から見えるうなじがひどく艶めかしい。
   後ろ腰で文庫結びにされた帯は、オーソドックスな形ではあるがかえって大人っぽい印象を与えていた。
   家が隣で年齢も一緒のシンとブルーはいわゆる幼馴染みだ。
   高校生になっても仲の良い二人は、この夏祭りには幼い頃から毎年連れ立って出かけており、今年も暗くなってから一
  緒に遊びに来ていた。
   幼い頃からこの上なく仲の良い二人であったが、実はその関係には一年ほど前から、「恋人」としての関係が付け加え
  られていた。
   二人は子供の頃ようにはしゃぎはしなかったが、屋台や商店街のあちこちを眺め、一年に一度の夏祭りの雰囲気を楽し
  んでいた。


  「っ……」
  「あ、すみませ───」
   金魚すくいの屋台を二人してのぞいていたら、前にいた中学生と思われる少年が急に後ずさりをしてブルーの下駄を履
  いた足の甲を踏んでしまった。
   謝ろうとして振り返った男子中学生は、ブルーの姿に視線を奪われて言葉を失くしてしまった。
   しかしブルーの隣のシンに眼光鋭く睨まれ、気まずそうにそそくさと視線を外した。
  「あの……すみませんでした!」
   短く謝って、少年はその場から走り去った。
   そんな風にブルーに見とれる者がもう何人もいたが、皆シンの視線に脅えて逃げ出していた。
   シン自身も主に女性から、たくさんの人目を集めていたのだが、本人はまったく無視していた。
  「?  ……あの子、どうしたんだろう」
  「さあ。それより怪我はないですか?」
  「ああ、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ」
   少年が逃げ出した原因のシンは、そんな事はおくびにも出さずに、ブルーの身を案じつつも苦笑した。
  「貴方は反射神経が鈍いから……」
  「失礼な。僕はちょっと考え事をしていただけだ」
   人出の多い所に行くと、いつもブルーは誰かとぶつかったりする事が多かった。
   それはブルーに見とれる相手のせいもあるけれど、ブルー自身にもちょっとは問題があるとシンは見ていた。
   ブルーは所構わず考え込んでしまう癖があったからだ。だから周囲に対しての反応が遅れるのだ。
   けれどブルーは絶対に自分の非を認めた事はなかった。
  「さっきは何を考えていたんですか?」
  「いいだろう、そんな事は……」
   そして問いかけてもシンに教えないのもいつもの事だった。


   しばらく二人して祭りを楽しんでいたが、不意にシンがつぶやいた。
  「……そういえば最近、神社の裏の林で蛍が見れるって」
  「蛍?」
   神社の裏の林は広い。そういえば小川も流れており、小さい頃はよくそこでシンとも遊んだものだった。
   年齢が上がるにつれ、川遊びなどはしなくなってしまったけれど。
  「行ってみませんか?」
  「いいよ、僕は」
   ブルーは断ったが、シンはそれでも誘ってきた。
  「蛍、見たことないでしょう?」
  「そうだけど、別に僕は───」
  「だったら、さあ」
   シンが先に立ち、ブルーに手を差し出した。
  「君がそんなに見たいなら……仕方ない」
   ブルーはその手は取らなかったけど、渋々といった風に歩き出した。


   人々で賑わう場所を離れて、シンとブルーは神社へと向かって歩いた。
   一歩進むごとに、祭囃子や喧騒が遠ざかってゆく。
   お互いの下駄の軽やかな音が耳に届くが、何を話すでもなく二人は静かに歩き続けた。
   ブルーは斜め前を歩くシンを僅かに視線を上げて見た。
   この僅かに、というのが実はブルーは大変面白くなかった。
   いま現在シンの身長は173センチ。ブルーは168センチだ。
   生まれたのはブルーの方が数ヶ月先であるのに、いつの間にか5センチの差がついてしまった。
   中学を卒業するまでは、ブルーの方が身長は高かった。
   けれど高校生になったシンは急激な成長期を迎え、あっという間にブルーは追い越されてしまった。
   性格だって昔は可愛かったのだが、最近はどうにも大人びて、時にふてぶてしささえ感じられるほどだ。
   さっきもそんな事を考えていたら、中学生に足を踏まれてしまった。
   シンは注意力が散漫だからだといつもブルーに言うけれど、そんな時は大抵シンの事を考えている時だったから──。
   悪いのはブルー自身ではなくシンだと、ブルーはいつも思っていた。
   だからシンには絶対に、ブルーは「考え事」を秘密にしていた。


   5分ほど歩いた頃、シンとブルーは神社に到着した。
   夜の神社は暗く静まり返り、昼間とは違う顔を見せていた。
   それでも神社の敷地の横にある、裏の林へと続く道はいくつかの街路灯があった。
   ブルーはそれに僅かに安堵したのだが、シンはさっさと鳥居をくぐり、神社の境内へと足を進めてしまった。
   それに、ブルーは驚いた。
  「ジョミー! 境内を突っ切って行くのかい!?」
  「その方が近道でしょう」
   悲鳴じみた声を上げるブルーに、振り返ってシンは答えた。
  「僕がいるから大丈夫です」
  「それはそう、だけど……」
  「何も怖いことなんかないから。行きましょう、ブルー」
  「う、うん……」
   微笑むシンに促され、ブルーは渋々と、本当に恐る恐る境内へと足を進めた。
   実はブルーは暗闇が大の苦手だった。
   見た事はないが幽霊や妖怪といった類の話も大嫌いだった。
   だから夜の神社なんてできれば絶対に近寄りたくはないのだが、今さらシンから離れて一人きりになるのも嫌だった。
   神社の境内のあちこちには、明日の例大祭のためだろう、幾つかのぼんぼりが灯されており、完全な暗闇は免れてい
  た。
   それでもやはり怖いものは怖く、ブルーはシンの後ろを必死の思いで歩いていた。
   と、あるぼんぼりの横を二人が通った時、突然その一つの明かりが消えた。
  「──────!!」
  「!」
   いきなり消えた明かりに、ブルーは驚いて前にいたシンの背中にしがみついた。 
   シンは偶然明かりが消えたのには驚かなかったが、いきなり声もなく抱きついてきたブルーの方に驚いた。
  「ブルー……?」 
   シンが背後のブルーに視線をやれば、ブルーはよほど驚いたのか眼をキュッと閉じ、シンの背中にただ縋りついてい
  た。
   浴衣の生地を掴むその指の力は強かった。そしてブルーの顔と、浴衣から見えるうなじがすぐ目の前にあった。
   そんなブルーの様子に、シンは満足そうに微笑んだ。
   ブルーが暗闇が怖くて、ついでに意地っ張りなのは知っていたが、ここまで期待した通りの反応をしてくれるのは、可愛
  らしいとしか言いようがなかった。
  「何もないですよ。きっとぼんぼりが風に揺れて、電源が接触不良を起こしたんでしょう」
  「そ、そうか。そうだね、ジョ───」
   シンの言葉に安心して、顔を上げたブルーの言葉は途中で途切れた。
   身体を返したシンに抱きしめられたと感じたと同時に、ブルーの唇はシンの唇に塞がれていた。
  「ん……ッ!!」
   軽く触れるだけではない、頭の芯まで霞むような深い深いキス───。
   しばらくしてようやくキスが解かれた時に、ブルーは文句よりも先に熱い吐息をもらしてしまったほどだ。
   力の抜けそうな身体をシンの腕の中に預けていると、耳元で名前を呼ばれた。
  「ブルー……?」
   その低い声に、ブルーは我に返った。
  「き、君は何を……!」 
  「何ってキスですけど」
   それがどうかしましたかといった風に、シンは平然と答えた。
   その冷静な様子に、かえってブルーは腹が立った。
  「こんなところで不謹慎だろう!」
  「貴方が抱きついてきてくれるから、つい」
  「僕はそういうつもりじゃなくて……」
   ブルーは更に文句を言おうとしたが、当のシンはブルーではなく、ブルーの背後をじっと見つめていた。
   珍しく顔色を青ざめさせて。
  「ジョミー……?」
  「ブルー、貴方の後ろ……」
   シンはその指をブルーの背後の何かに向けた。
  「───!!」
   驚いたブルーは咄嗟に目の前のシンに再びしがみついた。
   途端にシンが大きな声で笑い出した。
  「ブルーは本当に怖がりだ」
  「ジョミー!!」
   からかわれたのだと気づいてももう遅かった。
  「もう帰る!」
   ブルーはシンに背を向けると、今来た方向へ一人歩き出した。
   シンも笑いをおさめながらそれを追った。
  「蛍は?」
  「君一人で見たまえ!」
  「貴方が帰るなら僕も帰りますよ」
   ブルーはそれを断ろうとしたが、境内の暗がりを目にし、咄嗟に押し黙ってしまった。
   そんなブルーの気持ちも、シンにはお見通しだった。
  「帰ったら続きをしましょう」
  「…………」
   返事はないけれど拒絶もない。
   ぼんぼりの微かな明かりに照らされた、ブルーのうなじも耳元も真っ赤だった。


   普段からブルーと一緒にいるシンでさえ、今夜の浴衣を着たブルーには見惚れてしまった。
   蛍の事はただの口実だった。
   本当は人混みから遠ざけたかった。誰にも見せたくなかった。
   そして、ブルーを一人占めしたかった。
   けれどそんな本当の事はブルーには告げずに、シンはブルーを連れて家路へと向かった。
   遠くに祭囃子を聞きながら───。



今の時期、皆さんがきっと萌えていらっしゃるネタに、私も例にもれず萌えました(^^)
この話を思いついたきっかけは、ブルーファンのA様からのメールで「今日は夏祭りで道路が渋滞してて……」を読んだ時です。
夏祭りの一言から、浴衣、ブルー、色っぽい……と妄想がめくるめきまして〜v
しばらくA様と夏祭り妄想でいろいろ盛り上がりましたv
そして我慢できず、いま現在時間の余裕などまったくないくせについ書いてしまいました。
シンブルの後、シン子ブル、子ジョミブル、子ジョミ子ブルと思いつきましたので、順番に書いていきたいと思います。

ブルーはシンを「ジョミー」と呼んでいますが、ジョミーの性格が一応シン設定なので、この話はシンブルです。
やっぱり幼馴染みなのにファミリーネームで呼ぶのには無理があるし。
イメージ的に日本の夏祭りを考えてますが、ジョミーは金髪、ブルーは銀髪……。まあパラレルですから!
きっとここは日本のどこか、アルテメシア県アタラクシア市シャングリラ…とかなんですよ!(く、苦しい…)
苦しい、といえばブルーの浴衣ですが、別に女装をさせたかった訳ではありません。でも女体ブルーという気分でもありませんでした。
でもうなじを見せたい! きっと似合うし、って事で。
バカみたいというかおバカですが、ネットでどんな浴衣が二人に似合うか、あれこれ探しました(^^;)
もうもう、とにかく広い心と妄想力で読んでやって下さい(^^;)

ちなみに二人はこの後、自宅でちょっとだけ……ですv
シンが悪い虫になっちゃう話なんて、読みたい人います?



2008.07.19





               小説のページに戻る           次に進む