おにいちゃんといっしょ・おまけ 1
〜コーヒーとカフェオレ〜


   その日もブルーは隣のシンの家に遊びに来ていた。
   3時のおやつはシンの母マリアの手作りのアップルパイだ。
   甘いものが大好きなブルーは、いつも大喜びでそれを食べた。
  「わあ、おいしい〜!」
  「ブルーちゃんが喜んでくれるから、作り甲斐があるわ。ジョミーはそんなに食べてくれないし……。たくさん食べてね」
  「うん!」
   ブルーの喜ぶ声に、キッチンからマリアが嬉しそうに答えた。
   シンは甘い物も食べるが、そんなに大好物という訳ではない。
   今もパイをほんの数センチ、2口ほど食べたくらいで、後はコーヒーを飲みながら、向かいの席でパイを食べるブルーを見つめ
  ていた。

  「……なあに?」
  「別に」
   シンの視線がふと気になったブルーだったが、シンは言葉少なに微笑んだだけだった。
   ブルーはなぜか頬が勝手に熱くなって、慌てて視線をシンから外した。
   この間、一緒に夏祭りに出かけてから、時々どうした事か胸がもやもやしたり、顔が赤くなったりしてしまうのだ。
   と、ブルーの下げた視線はシンの手元のカップの中身、コーヒーに釘づけになった。
  「それ、苦くないの?」
  「これ? そりゃあ苦いけど、だからいいんだよ」
   シンの飲んでいるコーヒーの色は真っ黒だ。砂糖もミルクも入っていない、ブラックコーヒー。
   対してブルーの手元のカップの中身は、微かにコーヒー色をしたカフェオレだった。
   ブルーは最初、シンと同じくコーヒーを飲みたがったが、夜眠れなくなるから駄目だとマリアが許してくれなかった。
   残念がるブルーに、マリアが代わりにと作ってくれたのが、このカフェオレだった。
   いや、カフェオレといえばきこえはいいが、実際はコーヒーの粉は小さじ半分も入っていない。
   ほんの少しのコーヒーと、たっぷりの砂糖の入ったホットミルク、というのが本当のところだった。
   カフェオレだと作ってもらったそれを、疑いもせずにブルーは美味しく飲んでいた。
   でもやっぱり、本当はコーヒーが飲んでみたかった。
  「ねえジョミー。それ、ちょっとだけのませて」
  「駄目だよ」
  「どうして?」
  「ブルーにはまだ早い。夜、眠れなくなったらどうするの?」
  「じゃあ一口だけ。一口だけでいいから」
  「……仕方ないな」
   ブルーがあまりに飲みたがるので、仕方なくシンはコーヒーのカップを差し出した。
  「わあ……」
   ブルーが受け取ったカップの中のコーヒーは、よく見ると真っ黒ではなく透明な焦げ茶色だった。
   それを珍しそうに、ブルーはじっと見つめた。

  「一口だけだよ」
  「うん」
   そっと、ブルーはシンのカップに口をつけた。
 
  カップを傾けてコーヒーを一口飲んだ。
   が、その一口は少量ではなかった。
  「あ、こら!」
   慌ててシンがコーヒーを取り上げたが、もう遅かった。
  「……うえぇ、にが〜い!!」
  「当たり前だろう」
   思いっきり眉をしかめて、ブルーは泣きそうになった。
   口直しに慌ててカフェオレをこくこくと飲み干して、ようやく落ち着いた。
  「ああ、すごい味だった……」
  「だから駄目だって言ったろう」
  「そんな苦いの、ジョミーはおいしいの?」
  「美味しいよ」
  「ええー! 僕ものめるようになれるかなあ」
  「ブルーは無理して飲む事はないよ」
  「でも……」
   妙にコーヒーにこだわるブルーを不思議に思ったシンが言った。
  「甘いのが好きか、苦いのが好きかなんて人それぞれなんだから、ブルーは別にコーヒーが飲めなくたっていいんだよ」
   なぐさめたつもりだったが、逆にブルーはそう言われて、ますます顔色を曇らせた。
  「ブルー?」
  「だって、僕もジョミーと同じのがいいし……」
   ぽつりとつぶやいたブルーは、しゅんとうなだれてしまった。
  「……ちょっと待ってて」
   シンは席を立つと、自分とブルーの分のカップを手にキッチンへと向かった。
  「……?」
   ブルーはその後ろ姿がキッチンへ消えるのを、ぼんやりと見つめていた。
   しばらくしてシンは2つのカップを手に持ったまま戻ってきた。
  「ほら、熱いから気をつけて」
  「わあ……」
   差し出されたのは先ほどと同じカフェオレだった。
   湯気のたっているそれは熱そうで、そしてとても美味しそうだった。
   ふとブルーがシンの手元を見れば、そのカップの中身はブラックコーヒーではなかった。
   ミルク色をしたそれは、ブルーと同じカフェオレだった。
  「ほら、同じだろう?」
  「うん、ありがとうジョミー!」
   ブルーは嬉しそうに返事をすると、ふーふーと冷ましながら、美味しそうにカフェオレを口にした。
   シンは、口にしたカフェオレ(正確にはコーヒー風味の甘いホットミルク)に内心閉口していたが、表面上はそれを出さずに、た
  だ黙々と飲んでいた。

   ブルーの笑顔と引き換えなら、カフェオレだって砂糖だって耐えられる。
   何より、嬉しそうなブルーの笑顔が、シンの心を甘くとろけさせた。





拍手の再録です。ホットコーヒーをいれてる途中に、ふと思いついて一気に書き上げたような記憶があります。
シンの甘いもの嫌いはここから始まったのでした。
しかし何なんでしょうね、この甘々は……!


2011.3.27




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