おにいちゃんといっしょ・1



   その日、小学校から急いで帰って来たブルーは、ランドセルを自宅の玄関先の廊下に置くと、大慌てで隣の家へと向かっ
  た。
   そしてチャイムを鳴らすのもそこそこに、扉を開けて叫んだ。
  「マリアおばさん!」
   すると家の奥のキッチンから、一人の女性がブルーの元へとやって来た。
   マリアという名の彼女は、この家の専業主婦だった。
  「あらブルーちゃん、お帰りなさい。今日は早いのね」
  「ただいま! ねえ、ジョミー帰って来た?」
  「まだよ」
  「なあんだ……」
   マリアの返事に、ブルーは目に見えて元気をなくしてしまった。
   ブルーが待っているのはジョミー・マーキス・シン───この家の一人息子のシンだった。
   シンはブルーの家の隣家の高校生、そしてマリアはシンの母親だった。
   今年、小学三年生になったブルーの家は母子家庭で、ブルーの母親は会社勤めをしているため、ブルーは幼い頃から何
  くれとなくシン家のお世話になっていた。
   シンはまだブルーが赤ん坊の頃からあれこれと面倒を見て、またブルーもすっかりシンに懐いていた。
   実の兄弟のように、いやもしかしたらそれ以上に仲の良い二人だった。
   それはブルーが小学三年になった今でも変わらなかった。
   しかし、シンはここ数日不在だった。
   高校二年生のシンは、学校行事で四泊五日の修学旅行に出かけていた。
   そして今日はようやく、シンが旅行から帰ってくる日だった。
   早くシンに会いたくて、ブルーは学校から走って帰って来たのだけれど、まだ帰っていないというマリアの返事にしょんぼり
  としてしまった。 
   そんなブルーの肩を、マリアは抱き締めて言った。
  「急いで帰ってきてくれたのにごめんね。お腹すいたでしょう? ケーキがあるわよ」
  「……ジョミーが帰って来たら、いっしょに食べる」
  「あの子が帰って来るのは夕方過ぎだと思うわよ。それじゃブルーちゃん、お腹減っちゃうでしょう?」
  「でも……待ってる」
   マリアお手製のケーキは、甘党のブルーの大好物だった。
   いつもなら喜んでケーキにとびつくブルーだが、今日は少し様子が違っていた。
   マリアがいくら勧めても、おやつはいいと言うのだ。
  「ジョミーが帰って来るの、待ってる」
  「そう……?」
   健気にそう言ってきかないブルーは、でもとても可愛らしかった。
   マリアはブルーの髪を優しく撫でた。
  「ブルーちゃんはジョミーの事が大好きなのね。ありがとうね」
  「うん」
   マリアは一人息子を慕ってくれるブルーを、まるでもう一人の子供のように可愛がっていた。
   けれどその可愛がりようも、実の息子には遠く及ばなかった。 


   ブルーはニ階のシンの部屋で、その帰りを待つことにした。
   本棚にはずらっと本が並んでいる。難しい漢字が多くて、ブルーにはまだとても読めなかった。
   机の上にはパソコンがあり、いつもどこもかしこも綺麗に片づけられている部屋だった。
   いつも学校から帰って来たブルーは、ここで過ごしていた。
   でも部屋の主のいない一人きりの部屋はやけに広く感じられて、どこか寒々しかった。
   ブルーはシンのベッドに座り、しばらく足をぶらぶらと揺らしていたが、それにも飽きたのかころんとベッドに横になった。
   シーツからは微かにシンの香りがした。
  「……つまんない」
   旅行先からもシンは毎晩、ブルーの家に電話をくれていた。
   けれど受話器から聞こえる声はひどく遠かった。
   修学旅行の出立時間は早く、出かけるその日にブルーはシンに会えなかったから、もう5日も顔を見ていない。
  「つまんないよ、ジョミー……」


   それから数時間後、夕暮れも過ぎ夜の訪れとともにシンが帰って来た。
  「ただいま、母さん」
  「お帰りなさい、疲れたでしょう?」
  「別に……。ねえ、ブルーはどうしたの? 隣、真っ暗だったけど」
   自宅に入る前に目ざとくチェックしていたのだろう。
   居間の床に旅行に持っていった荷物を置きながら、シンが問うてきた。
   普段はクールな息子がやたらと心配そうにしている様子に、マリアは微笑んだ。
  「早く部屋に行ってあげて」
  「?」
  「あなたの帰りを、そりゃあ首を長くして待っているから」
  「え……」
   おやつも食べていないから、すぐに夕食にしましょうねと、マリアは言った。
   シンは足音を忍ばせて階段を上がった。
   そして、自室のドアをそっと開ける───と、暗い部屋でもその姿はすぐに見て取れた。
  「ブルー……?」
   シンが部屋の明かりをつけても、その姿は身じろぎもしない。
   ブルーはシンのベッドの上で、眠ってしまっていた。
   すうすうと可愛らしい寝息。あどけない寝顔。
   自然とシンの顔は綻んだ。
   枕元にブルーのために買ってきたおみやげのお菓子を置くと、シンはベッドに座り、ブルーの耳元に顔を寄せた。
  「ブルー……」
  「…………ん」
  「ブルー、起きて……」
  「んん……」
   シンがブルーの耳元で何度か呼んでも、すっかり眠り込んでしまったブルーは一向に目覚めない。
   シンは苦笑しつつ、さらにつぶやいた。
  「せっかく帰って来たのに、“おかえり”って言ってくれないの?」
   その一言に、ブルーはぱちりと瞼を開いた。
  「…………!?」
   ブルーは何度か瞳を瞬かせた後、すぐ傍らの人影に気づいた。
   視線を向けると、そこには確かにシンの姿があった。
   そう気づいた瞬間、ブルーの顔に喜びの色が広がった。
  「お帰りなさい、ジョミー!」
  「ただいま」
   ベッドから身を起こし、抱きついてくる小さな身体をシンは受け止めた。
  「いつ帰ってきたの?」
  「今さっきだよ」
   ブルーはシンに抱きついたまま離れなかったが、しばらくして少し気が済んだのか、少しだけ身体を離すと、今度はシンの
  顔をじっと見つめてきた。
   何かを確かめるように、小さな手でペタペタとシンの顔に触れてきた。
   それに、シンは苦笑してしまった。
  「僕がいない間、どうしてたの?」
  「ジョミーがいないからつまんなかったよ」
  「毎晩電話したろう?」
  「でも、つまんなかった!」
   シンが帰って来て嬉しいだろうに、この5日間の事を思い出したブルーは、少しだけ拗ねた顔をしてみせた。
   それは寂しいという事なのだろうが、まだ幼いブルーにはそこまでの意識はないのだろう。
   けれどそんなところも、シンにはひどく愛おしかった。
  「……僕もだよ」
   いつもしているように───けれど5日ぶりに、シンはブルーの頬にキスを一つした。




この話は、「なつのよる よいまつり」のシン子ブル話の続編です。そして70000キリリク話と同じ二人です。
「なつの〜」を書いてからずっと、この二人で妄想をしていました。
なんかもう、二人のラブラブぶりを妄想するのが楽しくて、あれこれ妄想が膨らむ膨らむ〜(^^;)
その妄想をちょこちょこ、ある方にメールで送っていました。
彼女は熱烈なブルーファンで、有り難い事に私の小説を読んで下さっている方のお一人です。
そんな妄想垂れ流しの私のメールに、彼女もいろんな妄想を返して下さり、気づけばすっかり一本の話が出来上がりました。
それをどうしても書きたくなって、お願いして書かせてもらう事にしました。
すずか様、承諾して下さってありがとうございました〜v

ちなみにこの話のシンと子ブルは、子ブルの高校入学を機に一緒に暮らし始めます。
シンは高校の英語教師になります。
もちろん、しっかりとそーゆー関係にもなりますv
とはいえまだまだ子ブルは小さいので、シンは我慢と忍耐の日々を続けますが……。
一応シン本人は、子ブルが18歳になるまで待とうと思ってまーす。



2008.08.31



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