おにいちゃんといっしょ・2



   シンが修学旅行から帰って来た日、ブルーの母親───フレイアは残業で帰って来るのが遅くなった。
   あらかじめマリアに連絡してブルーを夜まで見ていてもらっていたが、マリアからの申し出で、帰って来てからシン家で夕
  食をご馳走になった。
   ダイニングテーブルにはマリアとシン、そしてフレイアとブルーの4人が座って夕食をとっていた。
   マリアの夫でありシンの父親であるウィリアム・シンは仕事が忙しく、いつも帰って来るのは夜中だった。
  「夕食までいただいて、ごめんなさいねマリア」
  「いいのよそんな事。3人分作るのも5人分作るのも、同じようなものよ」
  「ありがとう。ん〜、美味しい!」
   目の前に並べられた食事を口にして、フレイアがその美しい顔を綻ばせた。
  「仕事から帰って来てすぐにご飯が食べられるのって、本当に有り難いわ」
   そうつぶやく母親を、やはり食事をしながらブルーは見つめた。
   いつも母親は仕事から帰って来てから、忙しく夕食の支度をしていた。
   幼心に、やっぱり大変なんだと思った。
  「ジョミー君もいいわね、料理上手のお母さんをもって」
  「そうですね」
   食事をしながらフレイアからかけられた言葉に、シンが意外にも素直に頷いた。
  「普段は当たり前に食べてるけど、やっぱり母さんは料理が上手いって分かりましたよ」
  「あら」
   突然息子から褒められて、マリアは嬉しそうだった。
  「旅行で泊まったホテルのどこも、食事がハズレで……母さんの有り難みがよく分かったよ」
  「よかったわね、マリア」
  「もう、この子ったら」
   和気あいあいと交わされる会話。
   何という事はない会話だったが、皆の言葉はブルーの胸の中に残った。


   夕食後、マリアが席を立ちながら口を開いた。
  「皆、今日のデザートはケーキでいい?」
  「うん!」
   すぐさまブルーが嬉しそうに返事をした。   
   それはマリア手作りの、シンの帰りを待ったブルーがおやつに食べ損ねたケーキだった。
  「フレイアはどうする?」
  「疲れたから、ちょっとだけいただいちゃおうかしら」
   親子揃って甘党なブルーとフレイアは、夕食を食べ終えたばかりだというのに、甘い物は別腹なようだった。
  「僕はいいよ」
   マリアの料理は美味しいといったばかりのシンだったが、甘い物はそう好きではないためケーキは遠慮した。
  「……あ、そうだ!」
   ケーキを待っていたブルーが、突然椅子から降りると階段を二階へと上がっていった。
   すぐに戻って来たブルーの手には、先ほどシンからもらったおみやげの箱があった。
  「ママ、ジョミーからおみやげもらったんだよ」
  「まあ、ジョミー君ありがとうね」
  「いいえ」
   テーブルの上におみやげの箱を置き、椅子に座り直したブルーは、丁寧に包装紙を破り始めた。
   その音をマリアが聞きつけて、ケーキを切り分ける手を止めた。
  「あらブルーちゃん、ケーキじゃなくてそっちを食べるの?」
  「ケーキも食べるけど、ジョミーのおみやげも食べる」
  「ダメ、食べすぎだよ」
   ブルーの向かいの席に座っていたシンが、それを取り上げた。
  「あ、ジョミー!」
  「僕のおみやげは今日食べなくたっていいんだから」
  「ええ〜!」
  「お腹壊しちゃうよ」
  「じゃあ一個。一個だけでいいから」
   ブルーは一生懸命、その小さな手をシンに伸ばした。
   甘い物は大好きだけれど、それ以上にシンが買ってきてくれたおみやげだから、すぐにでも食べたいのだ。
   シンはそこまでは気づかなかったが、ブルーがあまりに必死なのでほだされた。
   基本的にシンもブルーには甘いのだ。
  「仕方ないな……。一個だけだよ」
   渋々だったが、おみやげのお菓子を一つだけ、ブルーの手に乗せた。
  「ありがとう、ジョミー!」
   騒ぎが一段落したところに、マリアが切り分けたケーキを運んできた。
  「さあ、ケーキも食べてね。でもお腹いっぱいなら、無理はしないでね」
  「うん」
   ケーキとおみやげのお菓子を目の前に二つ並べて、ブルーはご機嫌だった。
   結局全部は食べきれずケーキは半分残したが、おみやげのお菓子はしっかり食べきったブルーだった。


   そのまま、平和に夜は更けていくかと思われたのだが───そうはいかないのが世の常だ。
  「ほら、帰りましょうブルー」
  「やだ!」
   それはシン家の玄関先で突如起こった。
   そろそろ帰りましょうというフレイアから、ブルーが逃げたのだ。
   なんとか連れ帰ろうとするフレイアから隠れるように、ブルーはシンの背後にまわり込んだ。
   シンの背中のシャツを両手で掴み、そこから離れようとしなかった。
  「せっかくジョミーが帰って来たんだもん。今日はジョミーと一緒に寝る」
  「我がまま言わないの。ジョミー君だって疲れてるんだし、迷惑でしょう?」
   母親の言葉にブルーはびくりとし、そおっとシンを見上げた。
  「ジョミー、迷惑……?」
  「いいや」
   もちろんそんな事などある訳がなかった。
   シンがブルーに微笑むと、途端にブルーも顔を輝かせた。
   シンはフレイアに向き合った。
  「僕は構いませんから、今日はブルーをうちで預からせて下さい」
  「でも……」
   ためらうフレイアに、マリアも言った。
  「ジョミーもこう言ってるし、うちは構わないわよ」
  「でも、悪いわ、マリア」
  「そんな事ないわよ」
   フレイアはマリアを、シンを、そして最後に我が子を見た。
   ブルーはシンの背中から、不安そうにフレイアを見つめていた。
   だた自宅に連れて帰ろうとしているだけなのに、なんだかフレイアが悪い事をしているような気分になってきた。
   こちらにそう思わせるような瞳の色だった。
  「……いい子にしているのよ、ブルー」
  「ありがとう、ママ!」
   了承の言葉をもらえて、ブルーは飛び上がらんばかりに喜んだ。
  「じゃあブルー、早くお風呂に入っておいで」
  「はーい。じゃあママ、おやすみなさい」
  「おやすみなさい、ブルー」
   ブルーはフレイアに手を振ると、シンに言われた通りにシン家の浴室へと向かった。
  『ブルーはうちの子だったわよね……』
   その後姿を見送りながら、つい自問自答してしまうフレイアだった。


   ブルーが入浴してしばらくして、シンも入浴をすませて部屋へと戻った。
   二階の自室のドアを開けると同時に、枕が飛んできた。
  「!」
   突然で驚いたが、シンは寸でのところでそれを片手で受け止めた。
  「こら、ブルー」
   ブルーは自分用のパジャマを着て、シンのベッドの上に座り込んで笑っていた。
   頻繁にシン家に泊まるブルーは、パジャマも下着も歯ブラシも常時一式置いていた。
  「ねえ、修学旅行でみんな枕投げとかした?」
  「そんな事しないよ。子供じゃないんだから」
  「……ふーんだ」
   正確には一部の生徒たちはしていたのだが。
   そのまま正直に言うとブルーが「僕もしたい」なんて言い出しそうだから、シンはそこまで話すのはやめにした。
   枕をベッドに戻して、シンはブルーの横に一度座った。
  「さあ、ブルーはもう寝て」
  「ええー、もう?」
  「もう10時過ぎてるよ。子供は寝る時間だよ」
  「ジョミーも寝よ」
   ブルーがシンの夜着の袖をちょんちょんと引っ張った。
  「僕はまだやりたい事があるから、先に寝て」
  「ジョミーもいっしょじゃなきゃやだ」
  「ブルー……」
   10時なんて高校生のシンにとってはまだまだ宵の口なのだが。 
  「ね」
  「…………」
   小首をかしげながらねだってくるブルーに、否の返事はできなかった。


  『……眠れないな』
   シンはベッドの中で、何度目かのため息をついた。
   確かに旅行帰りで疲れているはずなのに、やけに眼が冴えて眠れない。
   原因は決まっている。
   同じベッドの中───傍らにある温もりのせいだ。
   ブルーはシンがベッドに入ると、すぐに小さな身体を寄せてきた。
   しばらく嬉しそうにはしゃいでしたが、程なくして眠り込んでしまった。
   肩口に感じる微かな寝息。
   あどけない寝顔。
   眠るブルーを起こさないようにそっと、その髪に頬を寄せれば、甘い香りがした。
   離れていた5日間の分を取り戻すように。
   夢路にたどり着けるまで、シンはブルーの寝顔を飽かずに見つめていた。




なんだかこの二人だと、いくらでも甘い話が書けそうです。
パラレルですが日常が舞台なので、現実でのささいな出来事が萌えに繋がって、書くネタには困りません。
てゆうか、ネタがありすぎて逆に困るというか…(^^;)
でもあんまり細かく書くと、子ブルがなかなか大きくなってくれないので、その辺が難しそう。
実はプロットも大まかにしか立ててないのですが……まあなるようになるでしょう。

ブルーの母親の名前について。
今までなんとか名前なしで、お好きに想像してもらおうと書いてたのですが、やっぱりないと書き辛いので、某国の王妃様の名前をお借りしました。
ビジュアルはどうぞお好きに想像してください。ただブルーの母親なので、美人さんでお願いしま〜すv
最近は、それぞれいいように想像してもらおうと、できるだけぼかせるところはぼかす私です。
ブルーの家が母子家庭の理由も、そんなこんなではっきりとは書いていないのですが。
ママがこの名前だと、さしずめパパがママの元彼との仲を疑って、怒ったママが離婚届を突きつけた……とかかしら(^^;)

ちなみに、シンはもう子ブルとは一緒にお風呂には入っていません。
さすがに小学生相手に襲いかかりはしませんが、余計な煩悩を増やさないためです。
えらいね、シンお兄ちゃん!



2008.09.18



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