おにいちゃんといっしょ・10



   もうすぐ眠る時間だと言うのに、ブルーはテレビに釘づけになっていた。
   画面に映る気象予報士の女性が、明日の天気予報をしていた。
  「……早いところでは明日の未明から昼ごろまで、広い範囲で雪が降るでしょう」
  「ママ、あした雪だって!」
  「ええ!?」
   入浴を済ませ、洗面所で濡れた髪をドライヤーで乾かしていたフレイアは、慌ててブルーの隣にやって来た。
   テレビの画面にはどの地域にどのくらいの降雪の可能性があるか、細かい予報が映し出されていた。
   フレイアたちの住んでいる街のある場所も、降雪確率は10センチと高かった。
  「雪、降るかなあ」
  「そうね。ついに降りそうねえ……」
   雪について話すブルーとフレイアには微妙な温度差があった。
   ブルーは雪が降ってほしいとわくわくしながら、フレイアは降ったら通勤が大変だと内心げんなりしていた。
   ブルーの小学校の三学期の始業式は明後日なので、ブルーは明日も一日、隣のシン家に預けられる事になっていた。
   もっとも例え冬休みでなくても、ブルーが隣家に顔を出さない日はないといってよかった。


   そして翌朝───ブルーの期待通りに、今冬ついに初雪が降った。
   予報通り未明から降り出していたのだろう。そのせいか朝になった時には既に雪は止んでいた。
   いつもより30分ほど早く朝食を済まし、フレイアはブルーをシン家に預けに行った。
  「じゃあ、今日もブルーをよろしくお願いします」
  「任せてちょうだい。雪が積もっているから、フレイアこそ気をつけてね」
  「ありがとう」
   フレイアは玄関先でマリアと短い会話を交わしてから、ブルーに向き合った。
  「ブルー、いい子にしていてね」
  「いってらっしゃい、ママ」
  「行ってきます」
   可愛い我が子に見送られ、フレイアは慌ただしく出勤していった。
   そこへ、朝食を済ませたシンがやってきた。
  「おはよう、ブルー。今日は早いんだね」
  「おはようジョミー。ねえ、雪だよ雪! いっぱいつもってるよ!」
   ブルーは純粋に雪が降ったのを喜んでいた。
   そんなところは本当に子供らしい。
   高校生にもなると、嬉しい気持ちも確かにあるが、通学が大変だとか、今日がまだ冬休みでよかったとかいう気持ちの方
  がどうしても優ってしまう。
   だからブルーの素直さが、逆にとても微笑ましかった。
  「僕、雪だるま作る。ジョミーも作ろうよ」
   意気込んでブルーは言った。
   学校は明日からなのだ。こんな日に雪で遊ばない手はなかった。
   楽しそうに喜ぶブルーの気持ちが、シンには手に取るように分かった。
  「よーし、競争しようか」
  「うん!」
   今にも家から飛び出しそうな二人に、マリアが待ったをかけた。
  「二人とも、外で遊ぶにならちゃんとあたたかい格好をしていってね!」
  「はーい」
  「はいはい。ブルーおいで。もう一枚着ておこう」
   ブルーはすでにコートを着込んでいたが、シンはブルーを家の奥へと連れて行った。
   セーターとコートを着込み、マフラーをし、手袋をし───天体観測の時のように温かい格好をした二人は、家を出てその
  まま門の外へまで一緒に出た。
  「へえ。けっこう積もったんだね」
  「すご〜い……!」
   足を一歩踏み出すごとに、サクサクと白い雪が音を立てた、
   一晩で降った積雪は5センチほど。
   音もなく静かに、雪は世界を白く変えていた。
   見なれた街並みなのに、白く染まっているだけでまるで別世界のように思えて不思議だった。
  「よし。雪だるまを作ろう」
  「僕、今年はジョミーより大きいの作る」
  「ブルーに作れるかな?」
  「作れるよ!」
   雪の量にもよるが、二人は今までも何度も雪だるまを作っていた。
   けれどいつも、ブルーの雪だるまよりもシンの作る雪だるまの方が大きかった。
   それがブルーはくやしいらしい。
   早速手袋をした手でキュッキュッと雪玉を作り、それを真っ白な雪の上に置いた。
   そしてそのを雪の上でコロコロと転がしていく。
   最初は小さな雪玉が、転がる度に少しずつ大きくなっていった。
  「負けない……もん」
   けれど雪玉が大きくなると、転がすのにも力が要るようになる。
   小さなブルーは頑張って雪玉を転がしていた。
  「さて……と」
   一生懸命なブルーを微笑ましく見つめながら、シンも雪だるま作りに取りかかった。


   そして小一時間後───シン家の門の前に、二体の雪だるまが出来あがった。
   並んで立つ雪だるまは右がブルーの作った雪だるま、左がシンの作った雪だるまだ。
   ブルーの雪だるまは、今までブルーが作った中で一番大きなものだった。
  「ブルー、今年は大きいの作れたね」
  「…………」
   シンはそれを褒めたが、ブルーは不満そうだった。
   ブルーが一生懸命作った雪だるまの身長は、ブルーの背を越してはいない。
   対するシンが軽々と作った雪だるまは、ブルーの雪だるまはもちろんのこと、ブルーの身長さえも軽く超えていた。
   高校生と小学生では、やはり高校生のシンの方がどうあっても力があるのだ。
  「……ジョミーが僕の分の雪も使っちゃうんだもん」
  「ごめんね」
   ふくれっ面のブルーに、シンは苦笑しながら謝った。
   確かにシンとブルーが雪だるまを作ったおかげで、シン家とフレイア家の前は、わざわざ雪かきをしなくてもいいくらい雪
  が少なくなっていた。
  「ブルー、雪だるまに目をつけようか」
  「……うん」
   シンがそう持ちかけると、ブルーはまだふくれっ面ではあったけど素直に頷いた。
   シン家の玄関の横には南天が植えられており、シンはそこから赤い実と緑の葉を摘み取ると、それをブルーに手渡した。
  「はい」
  「ありがとう、ジョミー」
   ブルーは小さい雪だるまの目の位置に赤い南天の実を二つ付けた。
   そしてジョミーに少しだけ抱き上げてもらい、大きい雪だるまの目の位置に緑の葉を二枚付けた。
  「できたぁ!」
   その時にはブルーの機嫌もすっかり直っていた。
   シンと一緒に二体の雪だるまを眺め、そしてシンを見上げながらブルーは嬉しそうに言った。
  「ジョミーと僕だね!」  
  「そうだね」
   そんなブルーを見れるのが嬉しくて、シンも微笑んで答えた。


   雪の止んだ空は晴れ、シンとブルーは雪遊びを続け、家の中になかなか入らなかった。
   マリアの待つ家に帰って来たのは昼食時だった。
   昼食を食べた後、ブルーは疲れたのかうたた寝を始めた。
   風邪を引かないようにシンはブルーを自室のベッドに寝かせた。
  「……ん……」
  ぐっすりと眠ったブルーが目覚めたのは、午後3時近くだった。
   ベッドから起き上がって窓の外を見れば、空はまだ青く、気温は雪が降った後とは思えないほど暖かだった。
  『……あ! 雪だるま、どうしたかな』
   ブルーは心配になった。
   慌てて階下に降りて行くと、シンはリビングでテレビを見ていた。
  「ジョミー、雪だるまは?」
  「ああ、どうなっただろうね。見に行こうか」
   シンは腰を上げると、ブルーとともに家の外に出た。
   そして門の外に出ると───。
  「あーっ!」
   ブルーは驚いて声を上げた。
   シンとブルーの作った雪だるまは解けかかっていた。
   なんとか立ってはいるが形は小さくなり、おまけにブルーの作った雪だるまは斜めに傾いで、シンの雪だるまにもたれか
  かっていた。
  「とけちゃってる……」
  「今日はいい天気だったからね」
  「……せっかく作ったのに」
   雪で作ったのだから解けてしまう事なんてブルーも分かってはいるのだが、やはり残念な気持ちはなくならなかった。
   沈んだ様子のブルーを見ていたシンは、ブルーの肩をそっと抱き寄せた。
  「ジョミー?」
   ブルーはどうしたのかとシンを見上げた。
  「ほら、こうすれば───」
   シンはにっこりと笑って言った。
  「雪だるま、僕とブルーのようだね」
  「……!」
   本当だった。
   ジョミーに抱き寄せられたまま再び雪だるまを見れば、解けかかって倒れそうな雪だるまが不思議な事にまるで寄り添い
  あっているように見えた。
  「ね?」
  「うん!」
   ブルーは嬉しくなった。
   寂しいと思う気持ちは、もう心の中から消えていた。
   そして雪だるまに負けないように、思いっきりシンに抱きついた。
   シンもブルーを、もう一度抱き締め直した。
   そんな二人の様子を見た雪だるまの顔も、まるで笑顔のようだった───。



2ヶ月ほど前だったか、天気予報で雪の予報を示す雪だるまのマークを目にした時にこのネタを思いつきました。
雪が降りそうになったらぜったい書こうと、心密かに雪が降るのを待っていました。
本当の雪だるまはけっこう土や小石がついちゃうんですけど、まあその辺りは気にしないでください。
シンと子ブルが一緒にいるだけで、あてられて雪も解けそうですね(^^;)


2009.1.9



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