おにいちゃんといっしょ・11



   2月14日バレンタインデーのその日、、シンとブルーは都内の某テーマパークへと遊びにやって来ていた。
   昭和30年代の街並みを模した屋台やリラクゼーション施設など様々な趣向が凝らされているが、このテーマパークで大
  きく取り上げられているものに「お菓子」があった。
   ここでは季節により様々なお菓子の博覧会を催しており、今はチョコレート博覧会なるものが開催されていた。
   チョコレート博覧会。純粋に美味しいと思える物から変わり種まで、日本中から200種以上のチョコレートが集められてい
  た。
   中でも今回の目玉は「チョコレートファウンテンフォレスト」というチョコレートのフォンデュだ。
   定番のスイートチョコだけでなく、ストロべリー、レモン、ホワイト、抹茶、マンゴー、ミントの七色のチョコレートが味わえる
  というものだった。
  「わあ……!」
   謳い文句の「七色のチョコレートの噴水」の通り、色とりどりのチョコレートが流れ落ちる7つの山を目にしたブルーは、文
  字通り瞳を輝かせた。
   専用の機械から絶えず流れ落ちるチョコレート。
   そんなものを見たのはブルーは初めてだったし、それが一同に7つも並んでいるとあっては目を見張るしかなかった。
   チョコレートが大好きなブルーにとっては、正に夢のような光景だった。
   シンはチョコレートファウンテンの前で固まってしまったブルーに苦笑しながら、レジを済ませた。
  「はい、ブルー」
  「ジョミー」
   シンから手渡されたのは、トレイに乗った苺とマシュマロだった。
   串に刺された苺が3本、マシュマロが4本。
   トレイを手にしたブルーはシンを見上げた。
  「これにチョコをつければいいの?」
  「そう。どれでもブルーの好きなチョコをつけていいんだよ」
  「わあ、どれにしようかな」
   少しだけブルーは迷ったが、すぐにあるチョコレートの前に立った。
   テーマパーク側は子供用にと足元にちゃんと台座を用意してくれていた。
   それに乗ったブルーは恐る恐る、黒いスイートチョコの噴水に苺を差し入れた。
   すると苺にあっという間にチョコレートが絡まった。
  「わあジョミー、このチョコ、トロトロだよ!」
   ブルーにとってチョコレートはもっぱら齧るものだったので、流れるほどとろけたチョコレートというものは驚きだった。
   次はマシュマロにストロベリーチョコ、また苺にホワイトチョコと、ブルーはチョコをつけるのに夢中になった。
   嬉しそうにチョコをつけるブルーの様子にシンは目を細めた。
   そして自分の分の7本に、ブルーは7色のチョコをそれぞれつけ終えた。
   マンゴーチョコなんて珍しかったし、やはり全部のチョコレートを食べてみたかったからだ。
   楽しそうなブルーの目の前に、シンは自分の分のトレイを差し出した。
  「ブルー、僕の分もチョコつけてくれる?」
  「いいの?]
  「いいよ。ブルーの好きなようにつけて」
   シンはブルーのトレイと自分のトレイを交換した。
   ブルーはいいのかなと少しためらったが、シンに微笑みで促されて、また楽しそうに苺やマシュマロにチョコをつけるのに
  夢中になった。
   二人分の苺とマシュマロにすべてチョコをつけ終わり、二人はパーク内に数多く用意されたテーブルと椅子のうち、一組を
  選んで向い合せに腰を下ろした。
  「いただきます」
  「はい、どうぞ」
   ブルーはまずホワイトチョコと苺の串を手に取り、ぱくんと口にした。
  「おいしい……!」
  「そう、よかった」
   ブルーは喜々として次はマシュマロ、また次は苺と食べ続けた。
   シンはそんなブルーを見つめながら、ミントチョコのかかった苺を一本だけ食べたが、後は一緒に買ってきたブラックコーヒ
  ーを口にしていただけだった。
   そんなシンの様子がブルーは気になった。
  「ジョミー、食べないの?」
  「食べてるよ」
   ブルーが既に半分以上食べたのに対し、シンはまだ6本も残したままだった。
   シンが甘い物が嫌いなのはブルーも知っていたけれど、シンから誘ってくれたからきっと食べられるのだと思っていたブル
  ーはちょっと不安になった。
  「ジョミー、食べてよ」
  「分かったよ」
   ブルーに勧められたシンは、マシュマロの串を手に取るとそれをブルーの口の前に差し出した。
  「はいブルー」
  「!」
   急に差し出されたそれに、ブルーはつい条件反射的にぱくんと齧りついてしまった。
  「美味しい?」
  「うん、でも……」
  「ならよかった」
   ためらいながらもぐもぐとチョコマシュマロを食べるブルーに、シンは嬉しそうに微笑んだ。
   甘い物が嫌いなシンにとっては、実は甘い香りだけでも一種の拷問だった。
   しかしブルーの笑顔を目に出来るなら、そんなものには耐えられた。
   元からシンは、自分の分もブルーに食べさせようと考えていたのだ。
   それから二人の攻防戦が始まった。
   ブルーが自分の分をすべて食べ終えた後、シンは残っていた自分の苺とマシュマロをすべてブルーに差し出した。
  「ジョミーも食べてよ」
  「はい、あ〜ん」
  「ジョミー……」
   ブルーが頼んでも、シンは笑顔でブルーの目の前に苺やマシュマロの串を差し出した。
   ブルーはそれをちゃんとシンに食べてほしかったが、笑顔のシンに苺で唇をつんつんとつつかれたりするうちに、根
  負けするのはいつもブルーの方だった。
   何と言っても苺もマシュマロもチョコレートも、ブルーの好物であったから。
   シンは最後にブルーの齧りかけのマシュマロを一口食べたが、結局二人分のチョコレートフォンデュはほとんどブルー
  が食べてしまった。
  「美味しかったね」
  「うん、でも……」
   シンの分もほとんど食べてしまったブルーは申し訳なさそうだった。
   対してシンは嬉しそうだ。
  「僕もお腹いっぱいだよ」
  「うそ」
  「本当だよ。……正確には胸だけど」
  「?」
   シンの言葉にブルーは首を傾げたが、シンは微笑むばかりでそれ以上教えてくれなかった。
   ためらいつつも苺やマシュマロを食べると、ブルーはとても幸せそうな笑顔を見せた。
   それがシンには何よりのご馳走なのだが、ブルーにはそんな事は分かる筈もなかった。


   それからシンとブルーが、テーマパーク内の様々なアトラクションで遊んだ。
   テーマパーク内はたくさんの来園者で賑わっていたが、その中でも二人の姿はちょっと異色だった。
   テーマパークにやって来たのは家族連れやカップル、友人同士が主だった。
   その中で高校生のシンと小学生のブルーは、兄弟に見えなくはないが、それにしては顔が似ていない。
   けれど二人とも───特に高校生のシンはこの上ない美形であったため、周囲の注目を密かに集めていた。
   もっともシンは普段から周囲の視線は無視する質だったし、ブルーはアトラクションやパーク内に出展している様々な洋
  菓子店のウィンドウに目を奪われて、それらの視線には気がついていなかった。
   数件の洋菓子店でもチョコレート博覧会に合わせて、チョコをテーマにした限定品のお菓子を出していた。
   サッハトルテや生チョコプリン、チョコモンブランなどなど、ブルーは興味深そうに見ていた。
   そんなブルーの様子にシンが気づかない訳がなかった。
  「帰りに買って帰ろうか」
  「いいの?」
  「いいよ。母さんたちの分も買おう。そしたらフレイアおばさんもまさか食べちゃだめとは言わないだろうし」
  「ありがとう、ジョミー!」
   ブルーの母親のフレイアは、ブルーが甘い物が食べ過ぎるのを少し心配していた。
   けれどシンはやはりブルーの笑顔が見たいのだ。
   嬉しそうに抱きついてくるブルーの髪を、シンは優しく撫でた。


   テーマパーク内では餃子やカレーなど様々な飲食ができたが、シンとブルーは昼食に佐世保バーガーを食べることにし
  た。
   時刻も午後になり、来園者で賑わう中で、座れる場所を見つける事が段々困難になって来た。
   ようやく座れる場所を見つけたが、それは店から少し離れた場所だった。
  「ブルー、僕が買ってくるからここにいて」
  「僕が行く」
  「ブルーが?」
   ブルーの申し出に、シンはちょっと驚いた。
  「ちゃんと買って帰って来れる?」
  「僕、小学三年生だよ。そのくらいできるよ」
   心外そうに頬をふくらますブルーに、シンはじゃあと財布を差し出した。
  「僕はここで待っているから、佐世保バーガーとウーロン茶頼める?」
  「うん、ちょっと待っててね」
   ブルーはシンから財布を預かると、行ってきますと駈け出した。
   シンは一人で椅子に座って待ち始めたが、手持ち無沙汰なのかしばらくして携帯電話を手にした。
   電話をかけると、すぐに相手は電話に出た。
  「もしもし、母さん?」
  「ああ、ジョミー」
   シンが電話をしたのは自分の家だった。
  「ブルーちゃんはどうしてる? もうお昼は食べたの?」
  「僕らはこれからお昼だよ。それよりそっちはどんな様子?」
  「今年もすごいわよ」
   受話器の向こうのマリアの声は、少し興奮気味だった。
  「ジョミー、来年までチョコは買わなくてもいいかもね」
  「…………」
   からかうようなマリアの言葉に、シンは無反応だった。
   毎年シンの元には山のようにチョコが届いた。
   それは年を追うごとに数を増し、しかし甘い物が嫌いなシンは遠慮なくチョコを受け取らずにいた。
   それでも怯まない女性は数多く、特に今年はバレンタインデー当日が土曜日のため、自宅に押しかけられそうな気配が
  高かった。
   それから逃げる算段もあり、シンは今日出かけて来たのだ。
  「帰る前にもう一度電話するから、そのチョコは全部隠しておいて」
  「はいはい」
  「じゃあ」
   チョコの始末をマリアに頼んで、シンは電話を切った。
   チョコの山を目にすれば、ブルーは驚くと同時に、シンにそれを贈った相手の事を想像して元気をなくしてしまうだろう。
   可愛い嫉妬を見たくもあるが、それよりブルーにはいつも元気でいてほしい。
   それにどうせ喜んでもらえるなら、シンが贈るチョコでブルーを喜ばせたかった。
   今日ここへブルーを連れて来た一番の理由は、何と言ってもブルーの喜ぶ顔が見たかったからだ。
  「ジョミー!」
   そんな事を考えていると、ブルーが帰って来た。
  「ブルー、大変だったろう?」
  「ううん、大丈夫」
   ブルーはジョミーの向かいの席に座り、机にトレイを置いた。
   トレイの上には大きな佐世保バーガーとカップに入ったウーロン茶が二つずつ。
   それともう一つだけ、山盛りのフライドポテトが載っていた。
  「あれ? 珍しいね」
   フライドポテトを目にしたシンは不思議がった。
   ブルーは甘い物はいくらでも食べたがるが、それ以外はそんなに量は食べられないのだ。
   佐世保バーガーはかなりなボリュームがあり、シンでもそれだけで充分そうで、ブルーは食べきれないかもとシンは思っ
  ていた。
   そんなシンにブルーは笑顔で言った。
  「これはジョミーのだよ」
  「僕の?」
  「さっきジョミー、あんまり食べられなかったでしょ。だからこれは僕からジョミーに」
   言いながらブルーはシンに財布を返した。
   いつも二人で出掛ける時にはブルーはシンに甘える事が多いのだが、少しはお小遣いだって持っているのだ。
   そして、先ほどのお返しとばかりに、フライドポテトを一本つまんだブルーはそれをシンに差し出した。
  「ジョミー、あ〜んして」
  「ブルー……」
   差し出されたポテトに、シンは珍しく面くらった顔をした。
   しかしブルーも負けてはいなかった。
  「はい、あ〜ん」
  「…………」
   ぱくりとシンがフライドポテトを口にすると、ブルーは満足そうに笑った。
  「おいしい?」
  「美味しいよ」
  「よかったぁ!」
   シンの返事に、ブルーはまた弾けるような笑顔を見せた。
   程よい塩加減のポテトなのだが、不思議な事にシンにはどこか甘く感じられた。
   そして二人はその後も、周囲のどのカップルよりも仲良く、楽しい一日を過ごした。



先日遊びに行ったナンジャタウンで、いろいろ妄想してきました。
ここではチョコレート博覧会の他、チーズケーキ博やロールケーキ博、プリン博などなど、時期によりいろんな博覧会が開催されます。
なんとなく子ブルを甘いもの好きの設定にしたおかげで、美味しそうなお菓子を見る度に「子ブルに食べさせたい!」と思ってしまう私。
まるで気持ちはシンのようで〜す(^^;)

ちなみにチョコ博の変わり種では、梅干しショコラやカブトムシの幼虫そっくりなチョコとかありました。
試せませんでしたけど、梅干しショコラとかどんな味なのかしら…。


2009.2.14



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