おにいちゃんといっしょ・15
五月の第二日曜日。
時刻は正午前、シンとブルーは連れ立って近所のスーパーにやって来た。
二人は毎年母の日には、フレイアとマリアのために一緒にカレーライスを作っていた。そのための材料の買い出しにやって来
たのだ。
普段は料理をほとんどしないシンも、この日だけはブルーと一緒にキッチンに立った。
スーパーの入口を二人で通ると、シンはひょいと脇に積まれていた買い物かごを手にした。
「僕が持ちたい」
「かごは僕が持つから、ブルーは材料を選んで」
買い物かごを持ちたがるブルーに、シンは言った。
「おいしいカレーになるように、いい材料を選んで。ブルーにできる?」
「うん!」
ブルーは大役を任されて、目を輝かせた。
店内に入ると、色とりどりの花々が二人を迎えてくれた。
「わあ……!」
ブルーは喜んで小走りに駆け寄った。
それは母の日のプレゼント用の花だった。
普段は旬のフルーツを置いている場所だったが、この時期ばかりは主役は花だった。
カーネーションを主に赤やピンクの色鮮やかな花が、鉢植えや切り花で棚一杯に並べられていた。
「とってもきれいだね」
「買っていく?」
花に見惚れているブルーにシンが声をかけると、ブルーからの返事は意外なものだった。
「ううん、いい」
本当は買っていきたいとブルーは思っていた。
カレーだけでも充分だろうけど、こんな綺麗なカーネーションを贈ったら、フレイアもマリアもさぞ喜んでくれるだろうとは思っ
た。
けれどブルーのお小遣いでは花代には足りなかった。
「行こ、ジョミー」
「うん」
未練を振り切るようにブルーの方が先に花々の前を離れ、シンもそれに続いた。
そして二人はカレーの材料を選んでまわった。
今年は初めてトマトカレーを作ってみようという話をしており、定番のジャガイモや玉ねぎ、にんじん、肉の他に、トマトもカゴ
の中に入れた。
美味しいカレーができるように、ブルーは真剣に材料を選んだ。
その一生懸命な様子はとても微笑ましかった。
けれど一番難航したのはカレールー選びだった。
ブルーは棚から中辛のカレールーを手に取ったが、シンがそれに待ったをかけた。
「ブルーも食べるんだから、甘口の方がいいよ」
「ううん。ママたちのために作るんだから、中辛がいい」
フレイアが作ってくれるカレーは、いつもブルーに合わせて甘口だった。
けれど本当はフレイアは中辛のカレーが好きな事を、ブルーは知っていた。
マリアも中辛派だった。
「あ、でもトマトを使うから、辛口の方がいいのかな……?」
料理の本には、トマトを使うと甘味が出るとあった。
トマトカレーを作るのは初めてなので、ブルーは真剣に迷ってしまった。
迷うブルーは素直に、自分の事はそっちのけでフレイアとマリアの事ばかり考えていた。
ちなみにシンは辛口カレーが好きだった。
きっとシンのために作るカレーなら、ブルーは迷わず辛口のルーを選んだだろう。
「ブルー。中辛だったらそう味も偏らないだろうから、中辛にしようよ」
「そっか……うん、そうだね」
シンの提案に、ブルーはなるほどと頷いた。
シンは本当は中辛ならブルーにもなんとか食べられるだろうと思ったからなのだが、それは口にはしなかった。
シンの考えにブルーも同意し、買い物かごの中には無事に中辛のカレールーが入れられた。
レジを済ませて、二人して買った材料をスーパーの袋におさめた。
この後帰宅して昼食を食べた後、二人してカレーを作る予定だった。
そして夕食にマリアたちにカレーライスを食べてもらうのだ。
「さあ、帰ろう」
「うん」
シンが重いジャガイモやにんじんの袋を持ち、ブルーはカレールーと肉のパックの入った袋を手にした。
本当は袋は一つでもよかったのだが、ブルーが持ちたがるので二つに分けたのだ。
二人は仲良く連れ立って歩き出したのだが、ふとブルーの足が止まった。
「ブルー?」
不思議に思ったシンも足を止めた。
そこはスーパーの入口兼出口の近く───カーネーションの花々の前だった。
『やっぱりきれいだなあ……』
何度見ても花は素晴らしく綺麗で、ブルーは見惚れてしまっていた。
そんなブルーの様子を見たシンは、花に見入っているブルーの耳元にそっとつぶやいた。
「……カーネーション、母さんたちに買っていこう」
驚いてブルーは視線を花からシンに移した。
「え、でも僕……」
「お金は僕が出すよ。もちろんフレイアおばさんの分も」
ブルーの事情を察して、シンが事もなげに言った。
高校三年生のシンは、それなりの小遣いももらっていたし貯金もある。
花くらい買えない事はないのだ。
「きっと母さんたちも喜ぶし」
「ジョミー、でも……」
「その代わりブルーはカレー作りを頑張って。僕はブルーの助手だから。ブルーがおいしいカレーを母さんたちに作ってくれれ
ばいいよ」
花代をシンに出させるのが申し訳ないのだろう、ためらうブルーにシンは言った。
ブルーが負担を感じないようにと思っての言葉だった。
「ジョミー……」
ブルーはよほど驚いたのか、手にしていた袋をぽとりと床に落としてしまった。
「ブルー?」
シンは身を屈め、それを拾った。
するとそのシンにブルーがいきなり抱きついてきた。
「ありがとうジョミー!」
ブルーからのお礼の言葉。そして抱擁とともに、シンは自らの頬に柔らかな感触を感じた。
「……!」
普段からシンがブルーの頬にキスをするのはよくあることだったが、その逆は実は珍しかった。
ブルーはシンから離れると、喜々としてどの花がいいか選び始めた。
その傍らでシンは密かに、先ほどの柔らかな感触に酔っていた。
その日の夕食の時間、シン家のキッチンはフレイアとブルーも加わりにぎやかだった。
「はいママ、今年はトマトカレーだよ」
「まあ、美味しそうね」
シンがお皿にご飯とカレールーを盛り付け、ブルーがテーブルについて待つ母親たちの前に運んだ。
ブルーとシンがいっしょに作ったトマトカレーは、美味しそうに出来あがっていた。
今日の主役のフレイアとマリア、そしてウィリアム、カレーを作ったシンとブルーの5人前のカレーがテーブルに並び、夕食が
始まった。
「ママ、いつもありがとう!」
「こちらこそありがとう、ブルー」
「母さん、ありがとう」
「ジョミー、今年もありがとうね」
息子たちが日頃の感謝を母親に伝えあい、いよいよトマトカレーを食べる事になった。
ブルーがドキドキしながら見守る中、フレイアとマリアはカレーを口にした。
「……あら、美味しい!」
「本当! トマトとカレーってあうのねえ」
トマトカレーはトマトの甘さがカレーの辛さとほどよく混じり合い、美味しく出来上がっていた。
母親たちの喜びの言葉に、ブルーは顔をほころばせた。
「よかったあ!」
「本当だ。こりゃあうまい。ブルーもジョミーも頑張ったなあ」
一緒に食べ始めたウィリアムもトマトカレーを褒めてくれた。
「よかったね、ブルー」
「うん!」
ブルーも喜んでカレーを食べようとしたが、シンがそれにストップをかけた。
「ちょっと待ってブルー。食べる前にあれを渡さなくちゃ」
「あ、そーだった」
こそこそと耳打ちしあった二人は、ちょっと待っててねと言ってキッチンを後にした。
そして二階のシンの部屋に上がり、戻って来た時には二人とも両手いっぱいの花を抱えていた。
「はい、これもママ達へのプレゼントだよ」
「まあ!」
「綺麗ねえ……!」
シンとブルーからフレイアとマリアにそれぞれ手渡されたのは、カーネーションの花束だった。
けれどプレゼントは花束だけでなく、カーネーションの鉢植え、そして花籠と、次から次へと出てきた。
フレイアとマリアの二人は、山ほどのカーネーションを抱え込んだ。
「あ、あらまあ……」
「こんなにたくさん……?」
最初は素直に喜びを露わにしていたフレイアたちだったが、あまりの量に戸惑ってしまった。
「ありがとう、ブルー。でもこんなにたくさん買って、お金は大丈夫だったの?」
「う、うん……」
フレイアの心配はもっともだった。
ブルーは気まずそうに、小さな声で言った。
「僕は鉢植えだけにしようって言ったんだけど、ジョミーが全部買うって……」
「まあ……。ジョミー君、大丈夫なの?」
「ご心配なく」
すまなそうなフレイアに、シンは平然と答えた。
「それにしてもすごい花の量ね、ジョミー」
花を抱えて驚いたままのマリアに、シンは苦笑しながら答えた。
「ちょっと嬉しくて衝動買いをしちゃって……」
「あら、何かいい事があったの?」
「ちょっとね」
しかしどんなに聞いても、シンはどんないい事があったのか、マリアたちには教えてくれなかった。
当事者の一人であるブルーは、何がシンをそんなに喜ばせたか少しも気づかず、トマトカレーを食べ始めていた。
トマトカレーはブルーにも食べられるくらいマイルドな味になっており、とても美味しく出来上がっていた。
つい数日前まで母の日ネタは何も考えてなかったのですが、いきなり妄想が高ぶり更新しました。(妄想なんてそんなものです)
妄想したのは子ブルからのチュウに嬉しくなって、衝動買いをしてしまうシンです。
やっぱり子ブルからしてもらったら、嬉しいだろうなあ〜と思いまして。
母の日にはカレーを作る子供さんが多いというのは、すずかさんから教えてもらいましたv
ところで皆さんのお宅のカレーのお肉は主に何が多いですか?
ちなみに我が家は豚肉です。
2009.5.10
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