おにいちゃんといっしょ・17



   その日、シンが帰宅すると、家の奥からマリアが慌てて飛び出してきた。
  「ただいま」
  「おかえりなさい! ……あら、ジョミーだったの」
   落胆したのかマリアは肩を落とした。
   実の息子に対して言うにはあんまりな物言いだったが、シンは特に気にしなかった。
   それよりも気になるのは、ブルーだった。
   いつもシンが帰宅すると、喜んで出迎えてくれるブルーが今日はいないのだ。
  「ブルーは?」
   今日は七夕で、シンが帰ってきたら一緒に短冊を書こうという約束をしていた。
   シン家の庭先には昨日から竹が用意されていて、ブルーもとても楽しみにしていたのに。
   待ちくたびれて昼寝でもしているのかとシンが問えば、マリアが心配そうにつぶやいた。
  「ブルーちゃんが帰ってこないのよ」
  「帰ってこない?」
  「ええ、いつもならとっくに帰ってきていい時間なのに……」
   ブルーは毎日4時ごろ、小学校から帰宅すると、自宅にランドセルを置いてから必ずシン家に来るのだ。
   シンが時間を確認すれば、もうすぐ5時になろうとしていた───。


   その頃ブルーは一人、公園の片隅にいた。
   けれど正確には一人ぼっちではなかった。
   ブルーの腕の中には一匹の子猫がいた。
   青い瞳と真っ白な毛並みの、可愛らしい子猫だった。
   ブルーがその子猫を見つけたのは、朝の登校途中だった。
   家の近所の公園の入り口近くに、段ボール箱に入れられた子猫を見つけたのだ。
   ブルーの両の掌に収まってしまうくらい、その体はまだ小さかった。
   ブルーは小学校に行かなくてはいけなかったから、すぐにその場を離れたけど、一日中子猫の事が気になって仕方がな
  かった。
   学校が終わったブルーは、真っ直ぐ公園に向かった。
   フレイアから寄り道してはいけないと言われていたけれど、どうしても子猫の事が気になって仕方がなかった。
   誰かに拾われていてくれればいいと願いながら公園に行けば、そこに子猫の姿はまだあった。
   給食の牛乳とパンをこっそり持ち帰ったブルーは、子猫に与えてみた。
   子猫はパンは食べなかったが、牛乳は美味しそうに飲んだ。
   けれどその後、ブルーは困ってしまった。
  『どうしよう……』
   連れて帰りたいけれど、それはできなかった。
   犬や猫を拾って来てはいけないと、フレイアに何度も言われていたからだ。
   今までもブルーは捨て犬や捨て猫を見つけるたびに、放っておけずに家に連れ帰っていた。
   けれどブルーの家は、大家との約束で動物が飼えなかった。
   フレイアはブルーを叱りはしなかったけれど、その度に貰い手を探すので大変な思いをしていた。
   隣家のマリアは動物が苦手で、やはり飼うのは無理だった。
   このまま子猫を放っておけない。
   かといって家にも連れて帰れない。
   ブルーは子猫を抱き上げると、公園の一画に置かれた土管を模した大きな遊具の中に腰を下ろした。
   夏の日暮れは遅いといっても、いずれ夜になってしまうだろう。
   シンとも約束をしているのに帰れない。
   腕の中では、子猫がミィミィとか細い声で鳴いていた。
   困り果てたブルーは子猫をキュッと抱きしめた。


   子猫を抱いたまま、いつの間にかブルーは眠り込んでしまった。
   誰かが自分を呼ぶ声で目を覚ました。
  「ブルー、起きてブルー」
  「ん……」
   ブルーが眠い目を開けると、目の前にシンがいた。
  「ジョミー……!」
  「こんな所にいるなんて……。帰ってこないから心配したよ」
   ブルーが帰ってこないので、シンはあちこちを捜しまわった。
   もしやと思い公園内を端からあたり、ようやくブルーを見つけたのだった。
   子猫を抱きしめながら眠り込んでいるブルーを見つけた時は、安堵するとともに苦笑してしまった。
  「また猫を拾ったんだね」
  「ごめんなさい……」
  「謝ることはないよ」
   しょんぼりとするブルーに、シンは優しく微笑んだ。
  「いいよ。とにかく家に帰ろう」
  「この子も連れてっていい……?」
   恐る恐るといった風に、ブルーはシンを見上げて言った。
  「もちろんだよ。僕からもフレイアおばさんに話すよ」
  「ありがとう、ジョミー!」
   シンの返事に、ブルーは弾けるような笑顔を見せた。
   そして二人は仲良く手を繋ぎ、子猫を連れて家へと帰った。


   ブルーが連れ帰った子猫を見て、フレイアもマリアも驚いたが、ブルーの優しい性格を知っていたので怒りはしなかった。
   シンの口添えもあり、貰い手が見つかるまでならという限定で、フレイアも子猫を家で世話することを許してくれた。
   ブルーは大喜びだった。
   もちろん、その夜の七夕の短冊に、ブルーは「子猫のもらい手が早く見つかりますように」と書いた。
   そしてその願いは数日後にすぐにかなえられた。
   ぜひ子猫を引き取りたいという人が現れて、子猫は無事に貰われていった。
   子猫との別れをブルーは少し寂しがったが、それよりも喜びの方が大きかった。
   そして「七夕様が願いをかなえてくれたんだ」と、とても驚いていた。




先日訪ねた知り合いのお宅で、小学生の子供さんが子猫を抱いているのを見て、妄想が爆発。
子ブルだったらぜったい、捨て猫や捨て犬を見つけたらそのまま帰れないだとろうと思いました。
七夕更新を考えていたのに、オフ原稿に取りかかっていたせいで遅れに遅れました。
シンと子ブルの一年のあれこれを書きたいと思ってるんですが、これがなかなかね…(^^;)


2009.7.19



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