おにいちゃんといっしょ・18



   夏休みが始まって二週間が過ぎようとしていた。
   が、楽しいはずの夏休みなのに、シンは悩んでいた。深く深く悩んでいた。
   理由はもちろんブルーだった。
   ここ最近、ブルーの様子がおかしいのだ。
   毎年夏休みになると、ブルーは一日中シンの家で過ごすのが常だった。
   子供が夏休みでも会社は休みではないので、フレイアは仕事に出かけていく。
   そのためシンとマリアが毎年、ブルーを預かっていたのだ。
   フレイアが仕事を終えて帰ってくるまでの一日中、シンとブルーは一緒に遊んで過ごしていた。
   けれど今年はどうした事か、ブルーは一人で自宅で過ごしているのだ。
   夏休みが始まったばかりの数日はそれでも、今までと同じくブルーはシンの家にやって来ていた。
   その足がぱったりと遠のいてしまったのだ。
   それでもお昼になると、ブルーは昼食を食べにやって来る。
   フレイアから頼まれて、マリアがブルーの分の昼食も用意しているからだ。
   けれどそれが済むと必ず家に帰ってしまうのだ。
   シンが引き留めてもマリアが引き留めても、ブルーは宿題があるからと言って家に帰ってしまう。
  「ごちそうさまでした」
  「はい」
   今日も昼食を食べ終えたブルーは、食器をキッチンに持っていくと洗い始めた。
  「いいわよ、おばさんが洗っておくから。それよりお昼寝でもしなさいな」
  「ううん、いい」
   マリアが声をかけても、ブルーは手を止めなかった。
   結局、皆の分も手早く食器を洗い終えてしまった。
  「ありがとう、ブルーちゃん」
  「うん。じゃあ、僕これで……」
   お礼を言うマリアに会釈をして、ブルーは玄関に向かおうとした。
   そんなブルーをシンが呼びとめた。
  「ブルー?」
  「僕、宿題しなきゃだから帰る」
  「僕の部屋でやればいいじゃないか」
   今まではそうしていた。
   シンが勉強する部屋でブルーも宿題をし、分からないところがあればシンが教えていた。
   けれどブルーの返事はつれないものだった。   
  「……ううん、いい」
   そしてブルーは隣の自宅へと帰ってしまった。
   その様子を見送りながら、マリアとシンはそろってため息をついた。
  「どうしちゃったのかしら、ブルーちゃん」
  「…………」
   ブルーの様子が変わった理由が、シンにもマリアにもまったく思い当らなかった。
  「もしかして反抗期かしら」
  「小学四年生で?」
  「そうよねえ……」
   しかしそう言うシンも、内心それを疑っていた。
   ブルーが反抗期だったらしばらくこれが続くのかと、暗たんたる思いだった。


   午後三時、シンはブルーの家を訪れた。
  「ブルー、いる?」
  「ジョミー」
   シンが家に上がると、ブルーは遊びにも出かけず、たった一人で大人しく宿題をしていた。
   他に誰もいない家で一人きりで過ごすのは、とても寂しく思われた。
  「ブルー、西瓜を切ったよ。一緒に食べよう」
   西瓜はブルーの大好物の一つだった。
   シンはおやつの誘いに来たのだ。
   ブルーは一瞬だけ嬉しそうな表情をしたが、すぐにそれを消してシンから顔を逸らして俯いてしまった。
  「僕、いい……」
  「どうしたの?」
   いつものブルーならお腹がいっぱいでも食べたがるのに、その様子は明らかにおかしかった。
   シンはブルーの隣に座ると、その顔を覗き込んだ。
  「どこか具合でも悪いの?」
  「ううん、元気だよ。でも僕、今は食べたくないから……」
   そう言うブルーは明らかに元気がなかった。
   シンは単刀直入に切り出した。
  「ブルー、どうして家に来ないの?」
  「…………」
   俯いたままのブルーの返事はない。
   やはりブルーは意識的に、シンの元へ来る事を避けていたのだ。
   けれどそんな風に避けられる理由が、シンには思い浮かばなかった。
   考えつくことといったら反抗期か、そうでなければ一つくらいしかない。
  「……もしかして、僕と一緒にいるのが嫌になった?」
  「そんな事ないよ!」
   シンが問えば、驚いた様子のブルーが即座に否定した。
   泣きそうな顔でシンを見上げるブルーの様子に安心しつつ、シンは重ねて聞いてみた。
  「じゃあどうして僕を避けるの?」 
  「それは……」
   ブルーは迷った。
   母親のフレイアに、シンとマリアには黙っていましょうと言われていたからだ。
   けれどシンにそんな風に思われるのは嫌だった。
  「あのね……ママがね」
   おずおずとブルーは口を開いた。
  「ジョミーは受験生で、勉強が大変だろうから、今年の夏休みはできるだけ遠慮しなさいって……」
  「!」
   夏休みが始まった当初、ブルーは毎日シンと遊んでいた。
   楽しい毎日の事を絵日記に書いていたら、それを読んだフレイアから注意されたのだ。
   フレイアの言ったそれは、受験生の家に子供を預ける母親として当然の配慮だった。
   けれどシンにとっては余計なお世話以外の何物でもなかった。
   まさかそんな理由でブルーに避けられていたとは、夢にも思っていなかった。
  「ブルーがいてくれないと、僕の元気が出ないよ」
  「ジョミー」
  「だから気にせずおいで」
  「でも……」
   シンの言葉にブルーは少しだけ表情を和らげたが、やはり首を縦には振らなかった。
   焦れたシンは、実力行使に出た。
  「いいからおいで」
  「わぁ、ジョミー!」
   腰を上げようとしないブルーを、シンは強引に抱き上げた。
   昔に比べてブルーの体重は重くなっていたけれど、高校生のシンにとってはなんという事はなかった。
   そのままブルーを抱き上げたまま、玄関へとさっさと足を進めた。
  「ジョミー、おろしてよ!」
  「駄目」
  「ジョミー……!」
   じたばたともがくブルーを、シンはそのままマリアが待つ家まで連れて行った。
   ブルーはどこか居心地が悪そうだったが、マリアにおやつの西瓜を出されると少しだけ笑顔を見せた。
   まだまだ子供のブルーは、西瓜の誘惑には抗えなかった。
   結局二人で西瓜を食べ、食べ終えた後もシンはそのままブルーを帰しはしなかった。


   夕方を過ぎ、フレイアが会社から帰って来た。
   ブルーが昼食だけでなく世話になった事に、フレイアは感謝するとともに遠慮をしてみせたが、それはシンが説得した。
   ブルーが来ていても、受験の邪魔になんかならないと。
   シンの成績は進学校で有名な学内でもトップクラスで、教師からも合格間違いなしとの太鼓判をもらっていると。
   それよりもブルーを一人で放っておく方が、気が散って仕方がないと言い張った。
   事の次第を知ったマリアも口添えをしてくれ、ようやくフレイアもブルーがシンと一緒に過ごす事に頷いてくれた。
   そして同時に、ブルーにはある重要な役割が与えられた───。


   午後10時半、シンの部屋のドアがノックされた。
  「はい、どうぞ」
   シンが返事をするとドアが開き、ブルーがちょこんを顔を出した。
  「ジョミー、夜食持って来たよ」
  「ありがとう、ブルー」
   ブルーがトレイに乗せて持って来たのは、お皿に乗ったおにぎり2個と麦茶だった。
   今しがた階下で、シンのためにマリアと二人で作ったものだった。
   フレイアと相談し、夜中に受験勉強をするシンのために、ブルーも夜食作りをする事になったのだ。
   ブルーが少しでも遠慮をしないよう、シンがフレイアに頼んだのだった。
   もちろん当のブルーは、シンの受験の手伝いができると大喜びだった。
   10時半は夜食を食べるには早い時間だったが、小学四年生のブルーに夏休みとはいえあまり夜更かしはさせられな
  い。
   勉強の手を止めたシンの前に、ブルーがトレイを置いた。
   海苔のいい香りがした。
  「美味しそうだね」
  「あのね、こっちが梅干しでこっちがおかかだよ」
   ブルーが嬉しそうに、おにぎりを一つ一つ指差した。
  「ブルーも食べる?」
  「ううん、ジョミーの夜食だもん。ジョミーが食べて」
  「じゃあ、いただきます」
   ブルーが見ている前で、シンはまず梅干しのおにぎりを口にした。
  「……うん、美味しい」
  「よかったあ」
   おにぎりを食べたシンの感想に、ブルーはにっこりと笑った。
   シンの受験勉強の手伝いが少しでもできて、とても嬉しいのだ。
   そしてまたブルーと一緒に過ごせる事に、シンも喜んでいたのだった。




子ブルの応援があれば、シンの受験は絶対合格間違いなしですv


2009.8.3



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