おにいちゃんといっしょ・21
高校三年生のシンは、目前に大学入試センター試験を控えていた。
成績優秀なシンの受験は教師にも太鼓判を押され、誰の目にも楽勝だと映っていた。
高校は既に自宅で自主学習の状態で、当日の試験が受けられない事などないようにと体調だけに気を配っていた。
しかし試験日を一週間前に控えて、思わぬ大問題が起こった───。
シン家では、外出しようとするシンをマリアが必死で止めていた。
「行っちゃダメよ、ジョミー!」
「もう熱が下がって2日経ってるんだろう?」
「それでもまだ咳が出るんですって。試験が終わるまではやめた方がいいわ」
「平気だよ」
シンはマリアを押しのけて玄関へと向かおうとしたが、マリアはその腕に必死で縋りついた。
シンが向かおうとしている先は、隣のブルーの家だった。
ブルーが新型インフルエンザに感染し、高熱を出したのだ。
今までブルーが風邪などで発熱した時は、マリアが看病を引き受けてフレイアは会社に行ったりしていた。
けれど、新型インフルエンザではそう言う訳にはいかなかった。
なんといってもシン家には受験生がいるのだ。
ブルーは学校を休み、フレイアも会社を休み、自宅で養生していた。
ブルーの高熱の方はすぐに病院に行き薬を処方してもらったので、翌日には下がった。
新型インフルエンザは熱が下がっても3日間は外出しないように求められていた。
今日でもう4日目だったのだが、ブルーはまだ少し咳が出ていた。
マリアとフレイアは電話で話し、念のためシンの受験が終わるまではお互い行き来をするのをやめようという事にした。
どうせ数日の事ではあるし、シンの受験に万が一にも障りがないようにという配慮だった。
そのせいでシンは、ブルーが熱を出してからまったく会っていなかった。
今日は金曜日。明日にはセンター試験の初日だった。
けれどついにシンの我慢も限界だった。
センター試験前日になって、ブルーの見舞いに行くと言い出したのだ。
慌てたのはマリアだった。
マリアもブルーの事はもちろん心配だったが、フレイアから大丈夫だという話を聞いていた。
シンの受験も大切なのでマリア自身も見舞いを控えていたのだが、肝心のシンがブルーに会っては元も子もなかった。
「もしもジョミーにうつったらどうするの?」
「うつらないかもしれないだろ」
「新型はうつりやすいのよ。日曜までの我慢なんだから、ね」
なんとかシンを止めようとするマリアに、ついにシンはキレた。
「いいよ、うつっても」
「ジョミー!」
「受験なんかどうでもいいよ。それよりブルーのお見舞いに行く方が大事だよ」
そう宣言するとシンはマリアの手を振りほどき、玄関へと向かった。
シンはとっくに体格的にも体力的にも母親のマリアより上だった。
本気で行動したら、マリアにはとても止められなかった。
だからマリアはシンの背中に向かって必死で叫んだ。
「もしもジョミーが熱を出して受験に失敗したら、ブルーちゃんは自分のせいだって気に病むわよ!」
「……!!」
その言葉に、シンはぴたりと歩みを止めた。
確かにマリアの言う通りだった。
優しいブルーの事だ。もしもシンが熱を出したら、それが新型インフルエンザじゃなくても、自分のせいだと気に病むだろう。
ブルーには会いたい。
けれど万が一試験が受けられなかったら───ブルーの沈んだ顔がシンの頭に浮かんだ。
家から飛び出す勢いのシンだったが、玄関の扉の前で立ちすくんでしまった。
マリアはシンの背中に手を添えて、そっとつぶやいた。
「日曜日には会えるんだから……。ね、ジョミー」
「……わかったよ」
一言返事をしたシンはくるりと踵を返し、二階の自室へと上がって行った。
「ああ、どうなる事かと思ったわ……」
その姿を見届けたマリアは、安堵に胸を撫で下ろした。
そして、土曜日と日曜日の二日にわたって行われたセンター試験。
2日間の試験を終えてシンが真っ直ぐ帰宅すると、家の奥からブルーが飛び出して来た。
「おかえりなさい、ジョミー!」
「ブルー……!」
走り寄るブルーを、シンはしっかりと抱きしめた。
約一週間ぶりに会うブルーは、元気そうな様子だった。
それでもシンはブルーの額に手をやりながら、心配そうに聞いた。
「ブルー、もう体は大丈夫なのかい? 熱は? 咳は?」
「うん。熱は下がったし、咳も止まったよ」
シンの手の冷たさにブルーは一瞬瞼を閉じたが、すぐに答えた。
シンを見上げてくるブルーは顔色もよく、指先に感じる体温も平熱でシンは安心した。
「そう、よかった……。本当によかった」
ブルーもシンの事を心配していた。
「夜食、最後まで作れなくてごめんね」
「いいんだよ。ブルーだって大変だったんだし」
シンにそう言われて、ブルーは少し表情を明るくした。
「ジョミー、試験どうだった?」
「大丈夫だよ。僕にはブルーがくれたお守りがあったから」
シンはそう言うと、上着のポケットからお守りを取り出してみせた。
ブルーがプレゼントしてくれたお守りを、シンはしっかり身につけて試験に臨んで行った。
ブルーはそれを見て、にっこりと笑った。
「よかったぁ」
試験が無事に終わったことも嬉しかったし、何よりシンに会えた事がブルーを笑顔にさせていた。
それはシンも同じだった。
そんな二人の様子を、マリアとフレイアは微笑ましく見つめていた。
「おかえりなさい、ジョミー」
「お疲れ様、ジョミー君」
「母さん、おばさん」
ブルーを抱きしめて悦に入っていたシンに、二人は声をかけた。
「じゃあ今日はブルーちゃんの全快祝いと、ジョミーの合格祝いね」
「まだ合格したかどうか分からないよ」
「ジョミー君なら大丈夫、前祝いよ!」
気の早いマリアにシンは念のために言ったが、フレイアもマリアと同意見だった。
普段ならすぐに料理の支度を手伝うと言い出すブルーだったが、今日はシンから離れなかった。
「ジョミー、試験の会場ってどんなところ? 何人くらい受けたの?」
「ああ、それはね───」
シンもブルーを離そうとはしなかった。
嬉しそうに話し続ける二人を見て、母親二人はさっさとキッチンに引っ込んだ。
「まったくあの子ったら……どこまでブルーちゃんが好きなのかしらねぇ」
クリスマスの朝にフレイアがつぶやいたのと同じ言葉を、マリアは偶然にもつぶやいた。
我が子ながらシンはクールな質だとマリアはずっと思っていた。
けれどあんなに取り乱したシンを見たのは、幼い頃のブルーの引っ越し騒ぎ以来だった。
「あら、私もこの間そう思ったわよ」
「あらまあ。でもあの子ったら、試験なんかどうでもいいからブルーちゃんのお見舞いに行くなんて言ったのよ」
「そうなの?」
「もうダメかと思ったのよ」
金曜日の騒ぎをマリアから聞かされて、フレイアは目を丸くした。
けれど仲の良いのはいい事だと、母親二人はそろって笑った。
一時はどうなる事かと思われたシンの受験だったが、結局は無事に合格した。
本人も喜んだし、マリアもウィリアムもフレイアも喜んだが、もちろん一番喜んだのはブルーだった。
寒くて寒くてPCの前に座る時間が格段に減っているんですけど、なんとかセンター試験に間に合うように書きました。
しかしセンター試験って、実はよく分からない…!
まあその辺りは適当に想像していただけたら助かります(^^;)
とりあえず取り乱すシンが描けて楽しかったです。
2010.1.17
小説のページに戻る 次に進む