おにいちゃんといっしょ・22



   春まだ浅き三月、巷は卒業の季節を迎えていた。
   例にもれずシンの高校も卒業式が開かれ、高校三年生は全員無事に卒業を迎えた。
   来なくてもいいというシンの言葉をあっさりと聞き流し、マリアは一人息子の卒業式に出席した。
   卒業式の行われた体育館。卒業生はもちろん、保護者席に座る者たちも我が子の成長と節目を感じて皆が胸を熱くしていた。
   もちろんマリアも例にもれず、来月から大学生となるシンの姿に感動しきりだった。
   しかし当のシンはクールなもので、卒業式の後は友人との打ち上げ会があるといって、マリアに荷物を預けてさっさと行ってし
  まった。
  「もう、ジョミーったら!」
   マリアはシンの卒業証書やアルバムを抱えたまま、先ほどまでの感動はどこへやら、怒りながら一人で高校を後にした。


   それから数時間後、もうすぐ日が暮れるという頃になってようやくシンが帰宅した。
  「ただいま」
  「ジョミー?」
   先に帰宅したマリアと一緒に、シンの帰りを待っていたブルーが家の奥から駆け出してきた。
  「ブルー、ただいま」
  「お帰りなさい、ジョミー!」
   シンを出迎えたブルーは、その胸に卒業アルバムを抱きしめていた。
   マリアが先に持ち帰っていたものだったが、シンと一緒に見たくて待っていたのだ。
   シンが帰ってきたらすぐに一緒に見ようと言うつもりだったが、ブルーが発した言葉は用意していたものではなかった。
  「ジョミー……どうしたの?」   
   帰って来たシンの姿を見たブルーは目を丸くした。
  「ボタン、一個もないよ」
  「ああ、これは……」
   不思議そうに首をかしげるブルーの目の前で、シンは苦笑した。
  「卒業の記念にって、皆に取られたんだ」
   シンの高校の制服はブレザーだ。
   詰襟の学生服ほどの数はないにせよ、ブレザーのジャケットにボタンは三個ついていた。
   それが一個も残っていなかった。
  「ボタンが記念になるの?」
  「そうらしいね」
  「ふうん……」
   シンの返答に、心なしかブルーは顔色を曇らせた。
  「ブルー?」
  「何でもない」
   ブルーはアルバムを抱きしめたまま、シンを残してたたたっと小走りにその場を後にしてしまった。


  「ブルーちゃん、フレイアには連絡しとくから、今日もお夕食一緒に食べましょうね」
  「うん……」
   キッチンからマリアが声をかけたが、ブルーの返事は元気のないものだった。
   いつもなら進んで夕食の手伝いをするブルーだったが、今日はどうした事かリビングの椅子から動かず、テーブルの上で両腕
  を組んで顔を伏せていた。
   さっきまで抱きしめていたアルバムは、テーブルの端に放り出すように置かれていた。
   ブルーがつい考えてしまっているのは、なくなったシンのボタンの事だった。
   ボタンをもらったのはきっと女の子だとブルーは思った。
   別にブルーはボタンを欲しいとは思っていなかった。
   けれど誰かがシンのボタンをもらっていった───そう思うと、なんとなく胸がもやもやした。
   そのままブルーがしょんぼりとしていると、隣の席に人が座る気配がした。
   シンが着替えてリビングにやって来たのだ。
  「ブルー?」
   ブルーの隣の席に座ったシンは、ブルーの様子が気になった。
  「どこか具合が悪いのかい?」
  「……ううん、平気」
   ブルーは顔も上げずに、それでも元気だと返事をした。
   実際、胸がもやもやする以外はブルーは元気だった。
   でもそのもやもやが少しずつ大きくなるので、どんどん元気もなくしてしまっていた。
  「ならいいけど……」
   シンはブルーの様子をじっと見つめた後、テーブルの中央のカゴに置かれていたミカンをひょいと手に取った。
  「ミカンでも食べようかな。ブルーも食べるかい?」
  「……いらない……」
   ブルーはとてもミカンを食べる気にはなれなかった。
   シンはミカンの皮をむくと、それを一房口に入れた。
  「ああ、甘いね、このミカン」
   甘い物は嫌いなシンだったが、果物や野菜の甘みは嫌いではなかった。
  「ブルーも食べればいいのに、ほら」
   シンは顔を伏せたままのブルーのすぐ傍に、ミカンを一個置いた。
  「とっても甘いよ」
  「…………」
   甘い物に目がないブルーは、シンからそう言われて、のろのろと顔を上げた。
   目の前のテーブルの上には、ミカンが一個置かれていた。
   そして、ミカンの上にちょこんと置かれたもの───。
  「これ……」
   ブルーはそれを見つめた。
   それはボタンだった。
   シンのブレザーについていたうちのボタンの一つが、目の前のミカンの上にあった。
   ブルーが視線を隣に向けると、すかさずシンが答えた。
  「第二ボタンだよ」
  「誰かにあげたんじゃないの?」
  「第一ボタンと第三ボタンはあげたけどね、これはあげなかったんだ」
   卒業式の今日、シンは何人もの女生徒に第二ボタンを欲しいと言われた。
   けれどシンはいち早くそれを自分で外して胸ポケットに隠し、もうないからとしらを切り通した。
   ちなみに同じクラスの有利さで、第一ボタンは短大に進学するニナが、第三ボタンは看護学校に進むカリナが奪って行った。
   大学に進むルリは、苦笑しながらその様子を見ていた
  「はい、ブルー」
   シンはボタンを指でつまむと、ブルーの手の上に差し出した。
   反射的にブルーが掌を上にした。
   シンはそれをブルーの掌の中にそっと置いた。
  「これはブルーにあげる」
  「いいの……?」
  「もちろん。僕の卒業の記念にもらってくれる?」
  「うん!」 
   ブルーは第二ボタンにどんな意味があるかなんて知らないし、シンも教えない。
   けれどブルーは嬉しかったし、シンもブルーに渡したかった。
  「ありがとう、ジョミー」
   ブルーの掌の上でコロリと転がるボタンは、三年間シンと一緒に高校生活を過ごしてきたもの。
   ブルーはボタンを、大事そうにきゅっと握りしめた。
  「じゃあ、僕が卒業した時は、ジョミーにボタンをあげるね」
  「それは嬉しいな。じゃあ僕も第二ボタンがいいな」
  「うん、わかった」
   すっかり嬉しくなったブルーは意味も分からず、無邪気にシンに約束をした。
   しっかりちゃっかりと、第二ボタンをもらう約束を取り付けたシンだった。
  「卒業アルバム、一緒に見ようか」
  「うん、見る……!」
   シンがそう持ちかけると、先ほどまでのしょんぼりした様子はどこへやら、すっかり元気を取り戻したブルーは元気よく返事をし
  た。




思いついたのも3月下旬だったのですが、だらだらしてたら4月になってしまいました〜。
今も卒業式の第二ボタンとかには意味があるのか分からなかったので、中学生のお子さんのいる会社の先輩にそれとなくリサーチ。
第二ボタンの意味は、今も昔も変わらないようです。
そして、子ブルの宝物が一つできましたv


2010.4.4




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