おにいちゃんといっしょ・25



   一緒に行った花火大会で華やかな花火を満喫し、シンとブルーは家へと帰って来た。
   会場の屋台で買った食べ物は二人で半分ずつ食べたが、りんご飴だけはそうもいかずにブルーが手にしたまま帰宅した。
  「りんご飴、帰ったら食べるの?」
  「食べたいけど、ママが怒るから明日にする」
   ブルーの母親のフレイアは、ブルーが夜に甘いものを食べる事にいい顔をしなかった。
   理由は簡単、ブルーは昼間にも既に甘いものを食べているからだ。
  「僕の家に寄って食べていく?」
  「ううん。もうお腹いっぱいだからいい」
   シンと分けあったとはいえ、実際ブルーは既にチョコバナナとフランクフルトとアメリカンドックときゅうりの一本漬けを食べて
  満腹だった。
   チョコバナナを頬張るブルーの姿を思い出し、シンは幸せな気分に浸っていた。
   まずブルーに食べさせてから残りをシンが食べたのだが、どれも卑……いや、胸躍る光景だった。
   顔には出さないようにしていたのに何かが伝わったのか、隣を歩くブルーがシンを見上げてきた。
  「ジョミー、何かいい事があったの?」
  「どうして?」
   内心ドキリとしながら、それを押し隠してシンが問い返すと、ブルーは不思議そうにつぶやいた。
  「なんとなく。ジョミーが嬉しそうな感じがしたから」
  「そりゃあ嬉しいさ。だってブルーと一緒に花火が見れて、楽しかったから」
   シンが笑顔でそう言うと、ブルーもにっこりと笑った。
  「僕も楽しかった」
   シンだけが視覚的に楽しかった出来事は口には出さず、二人は仲良く家路を辿った。


   ブルーの家の前で、二人は別れた。
  「おやすみなさい、ジョミー」
  「おやすみ、ブルー」
   浴衣姿でりんご飴を片手に、もう片手を振るブルーにシンも手を振り返した。
   その姿が家の中に消えるまでシンは見届けると、自らの家へと向かった。
   帰ったらまず浴衣を着替えようと足を踏み出した時───……。
  「──────!!」
   隣家から叫び声がした。
   ブルーの声だ。
  「ブルー!?」
   慌ててシンは駆け出した。
   ブルーの家の玄関先に辿り着き、玄関のドアを開く前に、中からブルーが飛び出してきた。
  「ジョミー!!」
  「ブルー、どうしたんだ!?」
   浴衣の裾を肌蹴させ、素足でシンの胸の中に飛び込んできたブルーの瞳には涙が滲んでおり、今にも泣き出してしまいそう
  だった。
   泥棒とでも鉢合わせたのか、非科学的だがまさか幽霊でも出たのか、シンは緊迫した心持ちでブルーの返事を待った。
   ブルーは震える唇で、なんとか言葉を発しようとしていた。
  「ゴ……ゴ……っ」
  「ご?」
  「ゴキブリが出たー!!」
   必死でしがみついてくるブルーを抱きしめ返しながら、激しく脱力したシンだった。


  「いないなあ……」
   殺虫剤と丸めた新聞紙をそれぞれ手に持ち、シンはブルーの家の中をゆっくりと歩いて回っていた。
   探しているのはもちろん、先ほど出たという1匹のゴキブリだ。
   家の住人であるブルーはフレイアと身を寄せ合いながら、部屋の隅にいた。
  「よかったわ、ジョミー君が来てくれて」
  「うん」
   フレイアもゴキブリが苦手だった。
   まあゴキブリが好きだという人の方が稀だとは思うが、見るだけで逃げ出すくらいは嫌いだった。
   けれどブルーのゴキブリ嫌いは半端ではなかった。
   昔、一緒に遊びに行った化石の展覧会でゴキブリの化石を目にしたブルーは、鳥肌を立てていたほどだ。
   カブトムシやクワガタは大好きなのに、見た目が似ているのにゴキブリだけなぜ嫌いなのか。
   理由をどうこう言う前に、生理的にもう受け付けないらしかった。
   シンは怖くも何ともなかったが、ブルーが怖がるならとゴキブリ退治を買って出た。
   しかし30分以上探しても、ゴキブリの姿は見つけられなかった。
  「いないようですね」
   ため息交じりにシンはつぶやいた。
  「どこかに逃げちゃったのかしら……」
  「そんなの分からないよ!」
   ブルーは涙目でフレイアに訴えたが、フレイアも困ってしまった。
   時刻はもうすぐ夜10時になろうとしていた。
   大学生とはいえ隣家のシンに、いつまでもゴキブリを探させる訳にもいかなかった。
  「もういいわ、ジョミー君。今夜はこのまま休むから」
  「ママ!」
   ブルーは驚いてフレイアにしがみついたが、フレイアは楽観的に答えた。
  「これだけ探していないって事は、きっとどこかに行っちゃったのよ。心配なら今度の土曜日にバルサンをたくから」
  「やだ……」
   どこかに行ったかもしれないが、行っていないかもしれないではないか。
   それに今日は日曜日だ。
   今度の土曜というのは、6日後だ。
   その間、ゴキブリがいるかもしれない家で過ごすなんて、ブルーは耐えられなかった。
   ブルーはフレイアから離れると、シンの腕にしがみついた。
  「ブルー?」
  「ブルー、どうしたの?」
  「僕、ジョミーの家に泊まる…!」
   突然のブルーの宣言に、フレイアもシンも驚いた。
  「ブルー、何を言い出すの? ジョミー君に迷惑でしょう!」
  「だって……ジョミー、ダメ?」
  「僕は全然構わないよ」
   むしろブルーをお持ち帰りできるなんてラッキーだ!と思っているシンは、自分を見上げて来るブルーに笑顔で答えた。
  「ありがとうジョミー!」
  「ブルー、駄目よ……!」
  「だって、ジョミーはいいって言ったもん」
   いつもはフレイアの言いつけをよく聞くブルーだったが、今回は譲らなかった。
   それだけゴキブリが怖いのであろうが……。
   こうしてその晩から、ブルーはシン家に泊まる事になった。


  「ブルー、帰ってきて」
  「やだ」
   火曜日の夜、フレイアがシン家にブルーを迎えに来たが、ブルーは頑として帰ろうとしなかった。
   昨日の夜もシンと一緒に眠り、今夜もそうするつもりだった。
   しかしたまらないのはフレイアだ。
   母一人子一人の暮らしなのに、ブルーがいないと必然的に一人になってしまっていた。
  「あれから一度も出てこないのよ。きっと逃げちゃったのよ」
  「でも……」
  「お願いだから帰って来て。ママ一人じゃ寂しいのよ」
  「だって……まだいるかもしれないし……」
  「ブルー!」
   宥めてもすかしても全然帰ろうとしないブルーに、とうとうフレイアは雷を落とした。
  「ブルー、いい加減にしなさい。ジョミー君にだって迷惑でしょう!」
  「僕は全然。むしろブルーがいてくれて嬉しいくらいですから」
  「ジョミー」
   シンの言葉に顔を綻ばせたブルーだったが、次の一言に瞬時に顔色を変えた。
  「だってゴキブリが1匹出た家には、隠れて30匹いるって言うからね」
  「30匹!?」
   実はブルーを返したくないシンの確信犯的な言葉に、フレイアもブルーも真っ青になった。
  「ジョミー君!」
  「僕、絶対に帰らない!!」
   シンの腕にしがみついたブルーは、フレイアにそう宣言した。
   そんなやり取りを眺めていたマリアが、なぐさめるようにフレイアに声をかけた。
  「フレイア、うちは構わないわよ。ブルーちゃんがいてくれて、ジョミーも私ももう楽しくって」
  「私が寂しいのよ〜!」
   声を大にして叫んだフレイアは、そのままある決意を固めた。
  「……仕方ないわ。明日半日有休もらって、バルサンたくわ……」
   実際バルサン使うのは簡単だが、その後の家中の拭き掃除が大変なのでフレイアは次の土曜日にしようと思っていた
  のだ。
   しかし可愛い息子を取り戻すためなら、貴重な有休を使う事も惜しくはない。
   フレイアは明日ゴキブリ退治をする事を固く決意した。


   水曜日にバルサンをたいても、それでもブルーはまだ怖がっていた。
   30匹というのがよほど衝撃だったのか、結局ブルーが家に帰ったのは金曜日の夜だった。
   フレイアは息子の帰宅を喜んだが、その反対に残念がったのはシンとマリアだった。
   特にシンは毎晩ブルーと一緒に寝ていたために、秋の到来はまだだというのに、急に一人寝が堪えるようになった。




季節はもう冬も目前だというのに、夏の話を書くって……(−−;)
サイトのSSと連動させたいと思っていたので、拍手の方も子ブルは夏休みのままです。
ホントかどうかは別ですが、ゴキブリが1匹いる家には30匹いるって話、聞いた事ありますよね?

チョコバナナやフランクフルトの下りは、如月籐佳さんに捧げます〜v


2010.10.31




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