おにいちゃんといっしょ・26



   秋だというのに暑い日が続いていたと思ったら一転、急に寒さが厳しくなった。
   今年は早めに冬用のコートが必要かもしれないと思いながら、シンはいつも通りに大学から帰宅した。
  「ただいま」
   玄関の扉を開いて、帰宅を告げた。
   けれどシンを出迎えたのは沈黙だけ。
   いつも出迎えてくれる可愛い足音が、今日はしなかった。
   不思議に思いながらもシンは靴を脱ぎ、そのままキッチンに顔を出した。
  「ただいま。母さん、ブルーは?」
  「あら、お帰りなさいジョミー」
   キッチンにいたのはマリアが一人だけ。
   いつもマリアの手伝いをしているブルーの姿はなかった。
  「ブルーちゃんならリビングにいると思うわよ。でもその前に洗面所に行ってね」
  「はいはい」
   シンが小さな頃から、マリアは帰宅したらまず手洗いをうがいをしてねと言い続けていた。
   そうしないと後がうるさいので、シンは言われた通り洗面所に向かった。
   その後リビングをのぞくと、そこには見慣れない物と見慣れた姿があった。
   リビングの中央には炬燵があり、そこでブルーが眠っていた。
   驚いたシンは、キッチンにいるマリアに声をかけた。
  「母さん、もう炬燵出したの?」
  「だって、寒いんですもの」
  「まあ今日は寒かったけどね……ちょっと早すぎじゃないかなあ」
   実はシン家では、ほぼ一年中炬燵が出ていた。
   理由はマリアが寒がりだからだ。
   完全に炬燵が取り払われるのは7、8月だけ。梅雨寒や、それまでどれだけ暑くても、今日のようにちょっとでも寒いと
  感じる日があったら、マリアは即座に炬燵を出していた。
   その炬燵に肩まで入り、うつぶせになったままブルーは眠り込んでいた。
   シンはブルーの横に座り、足を炬燵に入れた。
   マリアが用意した炬燵布団はまだ薄手の物だったが、炬燵は充分に暖かさを伝えてきた。
   しかしシンの帰宅に気づかないまま、ブルーは相変わらず眠り込んだままだ。
   しばらくシンはその安らかな寝顔を見ていたが、それだけでは飽き足らず、ブルーのすべらかな頬を指先でつついた。
   頬の次には鼻の頭、その次は唇、そしてシンの指先はまた頬に戻った。
   二度目に頬に触れるに至って、ブルーの意識はようやく目覚めた。
  「ん……」
   瞼を数度瞬かせたブルーは、すぐに自分を覗き込むシンの姿に気がついた。
  「!」
   ブルーは慌てて身を起した。
  「あ……おかえりなさい、ジョミー」
   まだ寝ぼけまなこでシンにそう言うブルーは、可愛らしかった。
   幸せな気分に浸りながら、シンは答えた。
  「たたいま、ブルー」


   しかし次の日も、そのまた次の日も、ブルーの出迎えはなかった。
   シンが帰宅すると、ブルーは必ず炬燵で眠りこけていた。
   そんな日々を過ごした後の土曜日の夜、二家族での夕食時に、ブルーがマリアに謝って来た。
  「ごめんなさい、マリアおばさん。僕、最近、お手伝いもしなくって……」
  「いいのよ、ブルーちゃん。それに今日、いーっぱい手伝ってくれたしね」
  「炬燵でおやつを食べてるとね、いつのまにか眠くなってくるの」
  「ああ、あるわよね」
  「分かるわあ」
   ブルーの言葉に、フレイアとマリアがすぐに同意した。どうやら何か食べた後に炬燵に入っていると眠くなるのは、一種の
  世の法則らしい。
   恐るべき炬燵マジックだ。
  「少しくらいのうたた寝はいいけど、風邪ひかないでね、ブルー」
  「うん、僕もう炬燵では寝ないようにする」
  「それは無理じゃないかしら」
   笑いながら言ったフレイアの予想は的中し、その後もブルーの炬燵でのうたた寝の日々は続いた。
   ブルーは風邪こそひきはしなかったが、これは由々しき問題だと、シンは問題解決への糸口を探った。


   その日もブルーは炬燵ですやすやと眠っていた。
   すると眠っていたブルーの頭に、何かがトンと触れた。
  「……?」
   その感触に目覚めたブルーは目を開くと、目の前が真っ白だった。
  「え……?」
  「ただいま、ブルー」
   頭上からした声の方向を見上げれば、そこには大学から帰宅したシンが立っていた。
  「あ、ジョミー、おかえりなさい!」
  「また今日も眠ってたんだ」
  「う……」
   苦笑するシンに、ブルーは顔を真っ赤にした。
  「はいこれ、ブルーにおみやげ」
  「おみやげ?」
   シンが差し出したのは、白いビニール袋に入っている品物だった。
   先ほどブルーの視界を遮った物だ。
  「これ、なあに?」
  「開けてごらん」
   促されるまま、ブルーは袋の中に入っていた物を取り出した。
  「着る……毛布?」
  「そう。ブルーにプレゼント」
  「毛布を着るの?」
  「そう。着てみてくれる?」
  「うん……」
   初めて知る商品にブルーは首を傾げていたが、シンに促されて早速封を開いた。
   しかし着てすぐに、ブルーは喜んだ。
  「わあ……!」
   シンの買ってきた着る毛布は袖付きで丈も長く、腕はもちろん足先まですっぽりと隠れる物だった。
   冬場でも暖かく過ごせると、最近人気の商品だ。
   色は数色ある中から、ブルーに似合うようにと薄い紫色のものを買ってきた。
  「暖かい?」
  「うん。それにまるでマントみたい! ねえジョミー、カッコいい?」
  「カッコいいよ、ブルー」
   着る毛布を着込んだブルーはもこもことして、恰好いいというよりも愛らしさが増したのだが、賢明なシンはそんな正直な
  感想は控えた。
  「これで炬燵に入らなくても暖かいよ」
  「ありがとう、ジョミー!」
   毛布を着たまま部屋の中を歩いていたブルーは、嬉しそうにシンにお礼を言った。   
   

   そして次の日、帰宅したシンを出迎えてくれる足音があった。
  「おかえりなさい、ジョミー!」
  「ただいま、ブルー」
   ブルーは着る毛布を着用したまま、嬉しそうにシンの帰宅を喜んだ。
  「今日は炬燵には入っていないんだね」
  「だって、僕にはこれがあるもん」
   楽しそうにシンの前でくるりと体を回しながら、ブルーはシンを見上げてきた。
   ブルーが自分を放ったまま眠りこけているのが実はかなり面白くなかったシンは、上機嫌で微笑み返した。
   そして自分を出迎えてくれた小さな身体を抱き締めた。


   ちなみに後日、ブルーの着る毛布をマリアとフレイアに羨ましがられ、シンは予定外の出費がかさむ事となった。
   しかしシンの思惑は、一応は成功したといっていいだろう───。

 




実は7、8月しか炬燵を撤去しないのは、私の家です。
炬燵ってどうしてああもあったかいんでしょうね。
発明した人は天才だと思います…!

そして着る毛布のお題は、あるチャットに参加させていただいた時にいただきましたv
おしゃべりして下さった方、その節はありがとうございました。


2010.11.28




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