おにいちゃんといっしょ・27
今年のふたご座流星群の極大日は平日だった。
ブルーはシンからもらった着る毛布を着込み、流星を見る気満々だったが、フレイアからストップがかかった。
理由は次の日も学校があるからだ。
フレイアに強制的に「明日も学校でしょ!」と布団に入れられたブルーだったが、それでも星を見たがった。
そこでフレイアは「目覚まし時計なしで夜中に起きられたら、見てもいいわよ」と微妙なOKを出した。
そう言われたブルーは夜中まで寝ないつもりでいたのだが、結局は布団の温かさに負け───……目覚めたのは翌朝だった。
その一週間後、今度は皆既月食が日本のほとんどの地域で見られるという事で、今度こそとブルーは楽しみにしていた。
けれど当日は運悪く、月の出の時刻頃から雨が降りだした。
結果、ブルーは月食も見れなかった。
ひどくがっかりしたブルーのために、シンは何かないだろうかと思案した。
そして次の日曜日、シンはブルーと一緒にプラネタリウムにやって来た。
行ったのは住んでいる街から電車で30分ほどの市民向けの施設で、そこでプラネタリウムも併設していた。200名ほどの座席数が
あるプラネタリウムだった。
広い室内の中央には、プラネタリウムの投影機があった。
天井は白くなだらかで大きな球体をしており、いかにもプラネタリウムだといった感じだった。
人の混みようは思っていたほどではなく、シンとブルーは解説員の席近くの、なかなかいい場所の席を確保する事が出来た。
「はやぶさ、見れるんだね」
シンの隣の席に座ったブルーは、嬉しそうにつぶやいた。
シンとブルーの二人が見ようとしているのは、今年地球に帰還した、小惑星探査機「はやぶさ」を扱った作品だ。
今年、はやぶさが地球に帰還したニュースはまだ記憶に新しく、ブルーはシンが「はやぶさのプラネタリウムを見に行こう」と誘っ
た時から瞳を輝かせてた。
シンがブルーの様子を伺えば、ブルーは今か今かといった様子で、上映が始まるのが待ちきれない様子だった。
そんな様子を微笑ましく見ていたシンだったが、ある事を思い出し、隣のブルーにそっとある物を差し出した。
「はい、ブルー」
「?」
シンが差し出したのはタオル地の、少し大きめなハンカチだった。
「僕、ハンカチなら持ってるよ」
出がけにフレイアが持たせてくれたハンカチを一枚、ブルーはちゃんとコートのポケットに入れて持っていた。
脱いで、膝の上に折りたたんでいたコートのポケットからブルーはそれを取り出してシンに見せたが、シンは自分が差し出したハ
ンカチをブルーの手に握らせた。
「こっちの方が吸水性がいいから」
「! ……僕、泣いたりしないよ!」
シンの云わんとする事がブルーにも分かり、ブルーは咄嗟に言い返した。
けれどシンは珍しく、ブルーの言葉に耳を貸さなかった。
「いいから持ってて」
「ジョミー!」
「しーっ、始まるよ」
ブルーはシンにハンカチを返そうとしたが、そんなやりとりをしているうちに上映開始を告げるベルが鳴った。
いつの間にか室内は8割以上の席が埋まっていた。
そして解説員の女性が登場し、客席に向かって挨拶を始めた。
「皆様、本日は当プラネタリウムへお越し下さり、ありがとうございました───」
短い挨拶と上映中に関する注意が説明された後、室内はすぐに暗くなった。
仕方なしにブルーはシンから渡されたハンカチを膝の上に置いたまま、頭上に視線をやった。
一時間後、プラネタリウムの上映が終わった。
室内にいた人々は皆席を立ち出口に向かっていたが、シンとブルーはまだ席を立たなかった。
いや、正確には立てなかった。
「ブルー、大丈夫?」
「…………」
ブルーはシンの言葉に、無言でこっくりと頷いた。
しかしその両目にはシンが手渡したハンカチがしっかりと当てられていた。
上映が始まった早い時間から涙を零し始めたブルーだったが、上映が終了する頃には涙が止まらなくなっていた。
周囲にたくさんの人がいたため、声を上げてこそ泣きはしなかったが、常から紅いブルーの瞳は涙に濡れてますます色を濃くして
いた。
あまり物事に感動する質でないシンでさえも、上映されたはやぶさの足跡には感動したのだから、ブルーが泣いてしまうのは当然
と言えば当然だった。
「……ごめんなさい、ジョミー……」
すっかり人の気配の少なくなった室内で、ブルーが申し訳なさそうにシンに謝った。
恥ずかしいやら悔しいやら、ハンカチはまだとても手放せそうになかった。
涙の止まらないブルーに、シンは微笑んだ。
「いいよ、ゆっくり帰れば。……そうだ、喫茶室に美味しそうなケーキがあったよ。食べて帰ろうか?」
「食べる……!」
シンの提案に涙を零しながら、それでもブルーはしっかりと返事をした。
そして、喫茶室で美味しそうなチーズケーキを前にして、ようやくブルーの涙は止まった。
まだ鼻をぐすぐすさせながら、それでも嬉しそうにブルーはケーキを口にした。
「……おいしい」
「そう、よかった」
ようやく笑顔をみせてくれたブルーを見つめながら、シンもブラックコーヒーを口にした。
ケーキも食べ終わったプラネタリウムからの帰り際、シンはブルーにはやぶさの3Dクリスタルをプレゼントした。
小さいけれどしっかりとはやぶさの姿が刻まれたクリスタルを、ブルーは大層喜んだ。
「ありがとう、ジョミー!」
「気に入った?」
「うん。本当のはやぶさは地球の大気になったけど、これがあったら忘れないから」
「そうだね……」
泣いたり笑ったりと忙しい一日だったが、ブルーはとても楽しんだようだった。
そんなブルーを見れて、シンも嬉しかった。
笑顔のブルーとシンは、一緒に帰路に着いた。
はやぶさのプラネタリウムは感動ものでした〜v
涙もろい人はハンカチは必需品です。
2010.12.25
小説のページに戻る 次に進む