おにいちゃんといっしょ・29
ここ数年のバレンタインデーは土日だったが、今年は月曜日。
チョコを期待する男性だけでなく、チョコを売り出す店側にとっても嬉しい日程だった。
様々なパティスリーやデパート、身近な所ではコンビニやスーパー。様々な場所で特設コーナーが設けられ、色とりどりのチョコ
レートが並べられていた。
シンとブルーの近所のスーパーももちろんそうだった。
二人は去年そうしたように、お互いが食べるチョコを買うべく、連れ立ってスーパーへとやってきた。
時刻は夕方。陽はまだ落ちていないが雪が降るという予報が出ており、空はほの白く曇っていた。
「ジョミー、早く!」
「ブルー、そんなに急がなくてもチョコはなくならないよ」
スーパーに入り真っ直ぐバレンタインの特設コーナーに向かうブルーの後を、シンは苦笑しながらついて行った。
バレンタインデー当日ではあったが、特設コーナーにはまだたくさんのチョコレートが置かれていた。
「ほらブルー、好きなチョコを選ぶといいよ」
「うん!」
売り切れているチョコはまだなく、ブルーは瞳を輝かせながら特設コーナーのチョコの山を見て回った。
しばらく迷った後、ブルーはある小箱を手にした。
「僕、これにする」
「これ?」
ブルーが選んだのは青い小箱に入ったチョコレートの詰め合わせだった。
「この羽根のチョコがいい」
艶やかな黒いチョコレートたちの中で一つ、ホワイトチョコレートで作られた天使の羽根の形をしたチョコがあった。
ブルーはそれが気に入ったようだった。
「じゃあ、それを買って帰ろうか」
「まだだよ。ジョミーのチョコを買わなきゃ!」
そう言うとブルーは特設コーナーとは別の、通常のお菓子売り場へと駆け出した。
去年見つけた、甘いもの嫌いのシンでも食べられるカカオ成分高めのチョコを買うためだ。
シンがブルーにチョコをプレゼントするのと一緒に、ブルーもシンにチョコをプレゼントする約束だった。
そのためにブルーはきちんと自分のお小遣いを持ってきていた。
そしてお菓子売り場にやって来て、チョコの棚を見上げたブルーだったが、しばらくしてその表情が曇った。
「あれ……?」
様々なチョコレートが置かれた棚のどこにも、去年買ったチョコがないのだ。
ブルーは不安そうに、隣にやって来たシンを見た。
「もしかして……ない?」
「ああ、本当だ。もう置かなくなったんだね」
棚に置かれた商品は、どれも甘いチョコばかりだった。
スーパーとしても売れない商品は棚から外し、少しでも売れる商品を置くだろう。
確かに甘くないチョコレートよりも、甘いチョコを好む人の方が断然多いだろう。
シンのチョコを買うのは一年に一度きりなので、普段二人ともまったく気にしていなかった。
「どうしよう……」
「いいよ。僕は特別チョコが好きって訳じゃないし、ブルーの分だけ買って帰ろう」
「それじゃダメだよ」
ブルーは頑として言い張った。
当のシンは元々特別チョコが好きな訳ではないし、別に買えなくとも全然構わないのだが、ブルーはどうしてもシンにチョコを買いた
いようだった。
「じゃあブルー、僕はこれでいいよ」
お菓子の棚を見回したシンがひょいと手に取ったのは、ポテトチップスだった。
「それ、チョコじゃないよ」
「そうだけど、ブルーがどうしてもって言うなら、僕はこれでいいよ」
「え〜……」
バレンタインデー=チョコという図式が頭の中にあるブルーは、どうにも納得がいかないらしい。
けれどシンが甘いもの嫌いというのも知っていたので、甘いチョコは買ってあげられない。
「じゃあ……僕もチョコはいい」
シンに買えないのなら、ブルーも買ってもらう訳にはいかない。
チョコ大好きなブルーは残念そうにつぶやいたが、それにはきっぱりとシンが反論した。
「それはダメ。僕がブルーにプレゼントしたいんだから」
「ええ〜! そんなのずるいよ」
「ずるくないよ」
「ジョミー!」
あれこれとわめくブルーを軽くいなして、シンはブルーが選んだチョコを手に、さっさとレジに並び代金を払ってしまった。
「はい、ブルー」
「……ありがとう……」
シンからチョコを手渡されたブルーは、嬉しそうだが不満そうでもあった。
結局自分はシンに何もプレゼントできなかったからだ。
シンとしてもブルーからのプレゼントをもらえなかったのは残念だが、かといって甘いチョコを食べるのも遠慮したかった。
何よりブルーにチョコを贈れたし、それだけでシンは満足だった。
二人連れ立ってスーパーを出る───と、空から舞い落ちて来るものがあった。
「ブルー、雪だよ」
「わ……!」
いつの間にか、曇った空から白い雪がちらちらと降り始めていた。
「どのくらい積もるかな……? たくさん積もったら、明日雪だるま作ろうか」
「うん……」
雪が降るといつも大喜びするブルーであったが、チョコの事があったせいか、少し沈みがちだった。
けれど今さら、シンにもどうにもしてあげられない。
「ほら、寒いから早く帰ろう」
念のために持ってきていた傘を差し、雪の降る中、二人一緒に帰った。
雪はそれからますます勢いを増し、街並みを白く染め上げた。
フレイアはブルーと一緒にシン家を訪れ、マリアと一緒に今年もシンがもらった大量のチョコに舌鼓を打っていた。
夜になって帰宅したウィリアムは、雪の影響でなかなかタクシーに乗れずに大変だったようだ。
「いやあ、よく降るな。これは明日の朝は積もって大変だぞ」
そう聞いても、ブルーにやはり喜ぶ様子はなかった。
シンからもらったチョコにも手をつけようとせず、どこかしょんぼりとしていた。
どうしたものかとシンは考えていたが、窓越しに降り続ける雪を見ているうちに、ふとある事を思いついた。
「ブルー、寒いけどちょっとだけ庭に出よう」
「どうして?」
「いいから」
シンは外へ出るべく、上着を着込んだ。
着る毛布を着ていたブルーも、その上にさらに上着を着せられた。
そして促されるままシンの後をついて行った。
玄関の扉を開けると、冷え切った空気が途端に流れ込んできた。
「わあ、寒ぅ……!」
ブルーはあまりの寒さに身震いした。
「ごめんね。ちょっとだけ付き合って」
シンはブルーを連れて雪の降る中、外に出た。
家の外一面───シン家の庭にも既に5pほどの雪が降り積もっていた。
シンは庭石の上に積もった雪を集めると、手早く小さなうさぎを作った。
「ほら、ブルー。雪うさぎ」
「わあ、かわいいね」
木の葉できちんと耳をつけられたそれは、ちゃんとうさぎに見えた。
ブルーはそれを受け取ろうとしたが、シンはそれを庭石の上に置いてブルーに向き直った。
「ブルーも僕に何か作ってくれる?」
シンにお願いされたブルーはきょとんとした顔をしたが、すぐにこくんと頷いた。
「いいよ……? うさぎでいいの?」
「チョコがいいな」
「……うん! いいよ!」
シンにチョコレートをリクエストされたブルーは、途端に嬉しそうに庭を見回した。
そして綺麗そうな、庭木に積もった雪の上の部分だけ集め、小さなハート型をした雪玉を作った。
「はい、ジョミー」
「ありがとう。……ホワイトチョコレートだね」
ブルーから手渡されたその雪のチョコを、シンは受け取った。
そして冷たいそれを、サクサクと食べてしまった。
「うん、美味しいよ。今年もチョコをありがとう、ブルー」
「ジョミー……!」
シンはブルーに微笑んだ。
ようやくシンにチョコが贈れて、ブルーも笑顔を見せた。
笑いあう二人に、家の中からフレイアとマリアが二人を心配して声をかけてきた。
「二人とも何してるの?」
「早く中に入りなさい」
呼ばれて、シンはブルーに手を差し出した。
「ほら、風邪引いちゃうから、もう中に入ろう」
「うん」
ブルーはシンと手を繋いだ。
お互いの手は冷え切っていたけれど、そんな冷たさはかけらも気にならなかった。
今年シンが食べたたった一つのチョコレートは、冷たいけれどとても温かな味がした。
そしてそれはブルーの心まで温め、二人に笑顔をもたらした。
去年のバレンタインネタは、そういえばコピー誌で書いたんでした。
今回、チョコが買えないネタだけ思いついて、後はどうしようかなと悩んでいたんですが、実際に雪が降ってきて「これだ!」と思いました。
ありがとう雪!
通勤にはちょっと困るけど、オチをありがとう雪!
2011.2.15
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