おにいちゃんといっしょ・30



   日差しが暖かい、ぽかぽか陽気の如月のある日の午後。
   ブルーはいつも通り、シンの家を訪れた。
   けれどシンは買い物に出かけていて外出中だった。
   キッチンで家事をしていたマリアは手を止めて、ブルーに教えてくれた。
  「もうすぐ帰って来ると思うけど、ブルーちゃんどうする?」
  「じゃあ僕、おばさんのお手伝いする!」
   マリアは皿洗いの途中だった。
   自分の服の袖口を捲ろうとしたブルーだったが、それをマリアが止めた。
  「ありがとうね。でももうすぐ終わっちゃうから、ブルーちゃんはジョミーを待ってて」
  「いいの? じゃあジョミーの部屋にいるね」
  「後でお部屋にカフェオレ持って行ってあげるわね」
  「ありがとう、マリアおばさん」
   ブルーはそう言うとキッチンを出て階段を上がり、シンの部屋へ向かった。


   ブルーがシンの部屋に入ると、いつもとちょっとだけ様子が違っていた。
   普段はきちんとベッドの上に敷かれている布団が、ベランダに面するガラス戸の手前に置かれていた。
   さんさんと差し込む陽の下で、布団を干しているのだ。
   シン家ではマリアが花粉症なため、家の中に少しでも花粉を持ちこまないように、この時期は洗濯物も布団も室内干しだった。
   シンの部屋に入ったブルーは、布団のないベッドに座った。
   部屋は暖房は入ってはいないが、さんさんと差し込む日差しのおかげで暖かだった。
   ベッドに座り、足をぶらぶらとさせて、ブルーはシンをしばらく待った。
   けれどなかなかシンが帰って来る気配はなく、ブルーの視線は自然と陽だまりに向いた。
   暖かな日差しの下、シーツや布団の白さが目を引いた。
   ふと思いついて、ブルーは陽だまりに置かれた布団やシーツに近づいた。
   布団の横に両膝をぺたんとつけて座り、片手を伸ばして干された布団に触れてみた。
   思った通り、布団は陽に照らされて、ほかほかとした暖かさをブルーの掌に伝えてきた。
   しばらく手だけでその暖かさを感じていたブルーだったが、暖かさの誘惑に負けて、ころんと布団の上に寝転んでみた。
  「わあ、あったか〜い!」
   日差しを充分に吸収した布団は、布団そのものが陽だまりのようだった。
   そして布団が伝えてくれる、暖かさ以外のものにもブルーは気づいた。
  『あ、ジョミーの匂いがする……』
   シンにの傍にいる時に、ほんのりと感じる爽やかな香り。布団からもそれを感じる事にブルーは気づいた。
   なんだかとても嬉しくなって、ブルーはすり、と布団に頬を寄せた。


   シンが帰宅すると、キッチンからマリアが顔を出した。
  「お帰りジョミー。ブルーちゃんが部屋で待ってるわよ」
  「ブルーが?」
  「いまカフェオレいれるから、持って行ってくれる?」
   マリアの頼みごとに、シンは頷いた。
  「一度部屋に荷物置いてから取りに来るよ」
  「よろしくね」
   短い会話を交わした後、シンは二階へと上がって行った。
   マリアはその間に、ブルーに甘いカフェオレを、シンにブラックコーヒーをいれた。
   しかしすぐに来ると言ったシンは一向にキッチンにやって来なかった。
  「ジョミーったら何してるのかしら……。せっかくいれたのに冷めちゃうじゃない」
   二つのマグカップからはほんのりと湯気が立っているのに、シンが階下に来る気配はない。
   仕方なしにマリアはその二つをトレイにのせると、二階のシンの部屋へと向かった。
  「ジョミー?」
   コンコンと部屋の扉をノックしても、中からの返事はない。
   けれど部屋にいる事は確実なので、マリアはもう一度ノックしてからドアを開けた。
  「ジョミー、どうしたの?」
   マリアはドアを開けたが、部屋の中に入る事はできなかった。
   床に腰をおろしてマリアに顔を向けたシンが、自らの唇の前で人差し指を立てていたからだ。
   それは静かにして、という合図だ。
   慌てて口を噤んだマリアはどうしたのかと思ったが、すぐにその理由が分かった。
   シンの座るすぐ横───干していた布団を見れば、ブルーがその上で眠り込んでいた。
   ブルーを起さないように、シンが返事をしない理由を理解したマリアは、足音を忍ばせて二人に近づいた。
   ブルーは陽だまりの中、布団の上でほんの少し背中を丸めて眠っていた。
   くうくうと眠るその寝顔は幸せそうで、思わずマリアまで笑顔になった。
  「ブルーちゃん眠っちゃったのね……。でも布団、どうしようかしら」
  「いいよ母さん、このまま寝かせておいてあげて」
   小声で囁くマリアに、シンもまた小声で答えた。
  「そう? ジョミーがそう言うならいいわ。はい、コーヒー」
  「ありがとう」
   マリアからトレイを受け取ったシンは、ブルーの寝顔に再度視線を向けた。
   その視線は優しく、ブルーの寝顔から離れない。
   二人をそのままに、マリアは一人部屋を後にした。
  「……ジョミーは本当にブルーちゃんに甘いわねえ」  
   呆れ、また感嘆したように、マリアはドアの前でつぶやいた。
   部屋に残ったシンは陽だまりの恩恵に感謝をしつつ、ブルーの可愛い寝顔をたっぷりと堪能した。




子ブルが花粉症で「くしゅん!」なんてくしゃみをする姿は可愛いだろうな〜とも思うのですが、花粉症の私としてはやっぱり
子ブルをそんな目にはあわせたくないので、代わり?にマリアになってもらいました。


2011.3.21



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