おにいちゃんといっしょ・31
土曜日の午後、いつものごとくシン家のリビングでは皆がくつろいでいた。
マリアとフレイアはおしゃべりに花を咲かせ、シンとブルーは久しぶりにオセロゲームで遊んでいた。
オセロを一度始めると、ブルーはなかなかやめようとは言い出さない。
何度対戦しても、どうしてもシンには勝てないからだ。
シンの方はそう勝敗に拘ってはおらず、時折それとなくブルーに勝ちを譲ろうとするのだが、そうするとブルーは必ずシンの意図に
気づいて怒りだすのだ。
今日はもう5度目となる対戦だが、今のところ勝敗はブルーの4戦0勝4敗だった。
まだゲームの途中だが、盤面の石の色はシンの持ち石の白の色の方が優勢だ。
ブルーは黒い石を片手に持ったまま、次の手を考え込んでいた。
内心苦笑しながら、手持ち無沙汰なシンはテレビに目をやった。
テレビはちょうどニュース番組で、3月に中国から東京の動物園にやって来た、パンダの公開の様子が映し出されていた。
小さい頃、シンも両親に連れられてパンダを見に行ったが、さすがに大学生にもなるとそう大した興味はない。
だから漠然とニュース映像を見た後、真正面に座るブルーに視線を戻した。
するとブルーの方がテレビ画面にくぎ付けになっていた。
「ブルー?」
「…………」
シンの呼びかけにも応えず、ブルーの視線はテレビに映るパンダの姿に注がれたままだ。
パンダのニュースが終わってから、シンは改めてブルーに声をかけた。
「ブルー」
「なに、ジョミー?」
今度はブルーもシンの声にきちんと返事を返した。
「ブルーはパンダに興味があるの?」
「うん……ちょっとだけ」
もう別のニュース内容に代わり、テレビにパンダの姿は映っていなかったが、ブルーはちらりとテレビを見ながら答えた。
「僕、パンダって見た事ないから、どんなのかなあって思って。この石みたいに目の周りが黒いんだよね?」
そう言いながらブルーは、両手の指で黒い石をつまみ、自らの瞳の前にかざした。
その仕草にシンは微笑んだ。
そんな可愛い姿を見せられたら、どんな願いでも叶えたくなるではないか。
「ブルー、明日パンダ見に行こうか?」
「ホントに? うん、行きたい!」
シンが動物園行きを提案すると、ブルーは喜んで同意してきた。
それから話は明日の事になり、いつまでも続くかと思われたオセロゲームは図らずもそこで中断する事となった。
翌日、約束した通りにシンとブルーの二人はパンダのいる動物園を訪れた。
表門を入って歩いて行くと、すぐにパンダのいるパンダ舎が目に飛び込んできた。
パンダの公開からそろそろ二ヶ月が経とうとしていたが、まだ午前中だというのにもうたくさんの人がパンダを見るために行
列を作っていた。
とりあえず二人も列に並んだが、どこぞの遊園地ではないが、列の横には90分待ちの看板が出ていた。
「うわあ、すごい人……」
「パンダは人気があるからね」
長い列に並びながら、二人は話をした。
「ジョミーはパンダを見た事ある?」
「あるよ。小さい頃、父さんと母さんと一緒にここに来たから」
「どんなだった?」
「白黒で、もこもこしてて、ずっと竹を食べていたなあ」
「可愛かった?」
「ブルーほどじゃないけどね」
シンがブルーの髪を撫でながらそう言うと、ブルーは頬を染めて怒った。
「僕、パンダじゃないよ!」
他愛無いおしゃべりをしながら二人は列に並び続けたのだが、30分ほど経ってもまだパンダ舎の前の長い行列の中だった。
列は少しずつだが進んでいるのだが、なにしろ長蛇の列なのでなかなか前に進んでいるという実感がない。
するとブルーがシンを見上げながら、突然言い出した。
「ジョミー、売店に行ってきてもいい?」
「どうしたの?」
「ジュース買ってきていい?」
「それはいいけど……」
どうやらブルーは喉が渇いたようだった。
列に並んでいるために、二人一緒に列を離れる訳にはいかない。
「じゃあ僕が買ってくるよ」
「ううん、僕が行きたい」
シンがそう提案したが、ブルーは自分で行きたがった。
来年はもう中学生だからと、最近とみに自立心の出てきたブルーだった。
心配ではあったが、パンダ舎は目立っているから戻って来るのも簡単だろうとシンは考え、ブルーを一人で行かせる事にした。
「ジョミーは何か飲みたいものがある?」
「じゃあ、コーヒーを頼める?」
「わかった、行って来るね」
列を離れるブルーに、シンは声をかけた。
「ブルー、迷子にならないようにね」
「ならないよ!」
またまた赤くなりながらシンに言い返し、ブルーは列を離れた。
ブルーはしばらく園内を歩き、目当ての売店を見つけた。
そこでシンに頼まれたアイスコーヒーと、自分のためのオレンジジュースを買った。
手にそれぞれのカップを一つずつ持ち、さて戻ろうとしたブルーの目にサル山が飛び込んできた。
「わあ……!」
サル山にはたくさんのサルがおり、毛づくろいをしたり寝そべったりしてくつろいでいた。
サル山の前にも大勢の人がいたが、パンダの行列の比ではなく、ブルーは間近でサルを見る事が出来た。
そしてサル山の隣には、カピパラたちがいた。
「うわあ、カピパラだ!」
生まれて初めて本物のカピパラを目にしたブルーは、目を輝かせながらそちらに寄って行った。
もうすぐ正午になろうかという頃、動物園の案内書に一人の青年が飛び込んできた。
「迷子の子が来ていませんか?」
大層美形なその青年は、心配そうにそう尋ねてきた。
聞けば、一緒にパンダを見に来た子供が、売店に行ったきり戻って来ないのだという。
「30分以上経っても帰ってこないんです」
たまらずシンは列を離れて売店に行ってみたが、ブルーはいなかった。
売店の店員はブルーが飲み物を買っていった事を覚えていたが、付近を捜してもブルーの姿はどこにもなかった。
シンは携帯電話を持っているが、ブルーは持っていないのだ。
困ったシンはブルーが迷子になってはいないかと案内所を訪ねたのだ。
応対した女性従業員は、園内放送をかけるためにとシンにあれこれ質問してきた。
「子供さんのお名前は?」
「ブルーです。男の子です」
「弟さんですか?」
「違います。隣の家の子です」
「お歳は?」
「11歳、小学6年生です」
「どのくらいの背恰好で、特徴があったら教えてくださいますか?」
「小柄で、身長は140センチくらいで、まだ小4くらいにしか見えません。それと銀髪で、赤い瞳をしています」
「赤い瞳……ウサギみたいなんですね?」
「そうです。ウサギやパンダよりももっとずっと可愛い子です!」
「は、はあ……」
冗談なのかと思いきや、シンの様子は真剣そのものだ。
「じゃあ、放送をしてみますね」
気をとりなおした女性従業員が席を立とうとした時、案内所の入り口で声がした。
「ジョミー!」
その声にシンが振り向くと、そこにいたのはまさしくブルーだった。
「ブルー……!」
シンはブルーに駆け寄り、その小さな身体を抱き締めた。
「よかった、心配したんだよ!」
「ごめんなさい……」
話を聞くと東園にいたブルーは、動物たちを見るうちに、いつのまにか西園に迷い込んでしまったらしい。
園内を迷っていたブルーは、たまたま親切な家族連れの目にとまり、この案内所の手前まで送ってもらったのだそうだ。
シンはブルーの顔を覗き込みながら問いかけた。
「ブルー、怖くなかった? 泣いたりしなかった?」
「泣いたりなんかしないよ!」
そう言い張るブルーの瞳はほんの少しだけ潤んでいたが、シンはそれ以上は聞かない事にした。
「僕は大丈夫だったけど、でも、これ……」
ブルーは両手で大事そうに、カップを一つ持っていた。
それは冷たくなったコーヒーだった。
「それ、僕の?」
「うん。僕のは飲んだんだけど、ジョミーのコーヒー、冷めちゃった……ごめんなさい」
「そんなの、どうでもいいよ」
「わあ、ジョミー! こぼれちゃうよ!」
再びジョミーに強く抱き締められて、ブルーは慌てて叫んだ。
そんな二人のやりとりを見ながら、女性従業員は先ほど聞いた事をなるほどと、密かに納得していた。
園内で昼食をとり、パンダ舎の前に再び並び直し、二人がパンダを見られたのは午後3時を過ぎていた。
けれど疲れた様子もなく、パンダの姿を見たブルーは喜んでいた。
「わあ、可愛い! 本当に白黒だ!」
周囲の子供たちと同様にはしゃぐブルーを見て、シンも目を細めた。
室内にいる雄のパンダのリーリーは、いわゆるパンダ座りをし、もぐもぐと竹を食べ続けていた。
ガラス越しではあったが、その様子はよく見て取れた。
雌のシンシンの方は、部屋の真ん中に寝転んで昼寝をしていた。
ブルーはどちらかというと、昼寝をしているシンシンの方を熱心に見つめていた。
「ブルー、リーリーの方が起きてて面白いよ?」
「うん。でもシンシンってジョミーと同じ名前だから、僕こっちのパンダの方が好き」
「!」
ブルーは何のてらいもなく、笑顔で言った。
またもブルーを抱きしめたくなったシンだったが、周囲に大勢の人がいる中、かろうじてそれは我慢した。
シンの名(迷?)セリフはすずかさんからいただきましたv
すずかさんからその台詞をお聞きし、我慢できずにSSを書かせてもらいました。
すずかさん、ありがとうございました!
そういえばパンダの名前を聞いた時、私はシン様120%攻(受度0%)なので、なんで雄の名前がシンシンじゃないんだよ〜と思ったものです。
でもこうしてネタにさせてもらったから、まあいいか(^^)
2011.5.30
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