おにいちゃんといっしょ・34



   今年もハロウィンの季節がやって来た。
   マリアとフレイアは早くから意気込んで、シンとブルーの仮装のための衣装の用意に取りかかっていた。
   何といっても仮装して堂々と外を歩ける機会などそうはない。
   年に一度のハロウィンに、二人の母親は張り切りまくっていた。
   けれどブルーはどうした事か、今年はハロウィンの仮装をしないと言い出した。
  「どうして?」
  「ブルーちゃん、何か用事でもあるの?」
  「用事はないけど……だって恥ずかしいよ」
   フレイアとマリアが驚いてブルーを追及すると、ブルーは言い辛そうにつぶやいた。
   しかしそんな理由で、二人が引き下がる訳もない。
  「恥ずかしくなんかないわよ。ハロウィンはお祭りなんだからいいじゃないの」
  「あちこち回ったら、お菓子だってたくさんもらえるのよ」
  「でも……」
   お祭りは楽しいし、お菓子だって欲しい。
   けれどさすがに小学6年生ともなると、恥ずかしいという気持ちが強くなってきたようだった。
   おまけに以前、狼の仮装をして子犬に間違われた苦い経験がブルーにはあった。
   可愛い可愛いと訪ねた家々で散々言われまくり、ブルーはすっかり臍を曲げてしまった。
   それからどうもブルーはハロウィンに乗り気ではないのだ。
   フレイアとマリアが散々誘っても、どうにもブルーは仮装をするとは頷かない。
   そこで二人は作戦を変えた。
   いわゆる「押してもだめなら引いてみな」作戦だ。
  「せっかくジョミーとブルーちゃんに、お揃いで吸血鬼の衣装を用意したのに」
  「近所の皆さんからぜひ見たいって言われて、今年は今までよりも頑張って作ったのに」
  「吸血鬼?」
   その単語に、ピクリとブルーが反応した。
   以前、シンは吸血鬼の仮装をした事があった。
   黒マントや黒服を身に付けたシンは、それはそれは恰好良かった。
   自分が仮装をするのは嫌だが、シンの吸血鬼姿はまた見たいとブルーは素直に思った。
  「ジョミーは着るよね?」
  「僕?」 
   それまで黙って事の成り行きを見つめていたシンが、ブルーに問われてようやく口を開いた。
  「ブルーが着ないなら僕もいいや」
  「え〜!」
   シンにコスプレ、もとい仮装の趣味はない。
   それでも母親たちの用意した衣装に袖を通すのは、ブルーのボディガード兼ブルーの仮装姿が見たいからだ。
   ブルーがしないのなら、シンにもする理由はこれっぽっちもなかった。
   シンの返事に困ったのはブルーだった。
   仮装はしたくない、けれどシンの吸血鬼姿は見たい。
  「ジョミー、本当に着ないの?」
   困り顔のブルーがシンに再び聞いていた。
   それに笑顔でシンは答えた。
  「ブルーとお揃いの仮装なら、してみたいな」
  「お揃い……」
   シンの言葉に、ブルーはほんのり頬を赤くした。昔からブルーは、シンとのお揃いが大好きだった。
   そしてその一言で、ブルーの心は決まった。
   母親たちはブルーから見えない影で、シンに拍手を送っていた。


   この時期、あちこちの家の前にはジャック・オ・ランタンが飾られ、シン家の前にも皆で作ったカボチャが笑顔を振りまいていた。
   そして待ちに待ったハロウィン当日。
   夕方になってシンとブルーは、マリアとフレイアがこの日のためにと用意した衣装を着込んだ。
  「ああ、やっぱり素敵!!」
  「か
……カッコイイわ!」
   息子二人の晴れ姿(?)に、マリアとフレイアは歓声を上げた。
   白のブラウスに黒のスラックス。その上にスカーフと象牙色のベスト。手には黒のグローブをし、最後に黒マントを纏った。
   黒マントの裏地は赤に金の模様があしらわれた生地を使っていた。
   一日だけの仮装のためとはもったいないぐらいの手の込みようだ。
   デザインはまったく同じで、シンは濃い紺色、ブルーは弁柄色のスカーフをしていた。
  「お揃いだね、ブルー」
  「うん」
  「とってもカッコいいよ」
  「ホント?」
   シンに言われて、ブルーは嬉しそうに笑った。
  「ジョミーもとってもカッコいい!」
  「そう? ありがとう」
   仮装を渋っていたブルーだったが、シンとお揃いの服が着れると知ってからは、まったく嫌だと言わなかった。
   実際、シンの吸血鬼姿は文句なく格好良かった。
   近所から吸血鬼姿のリクエストが来るのも頷けた。
   サイズ違いの、シンとまったく同じ仮装をしたブルーの方は、正直格好良さよりも可愛さの方が勝っていた。
   しかしここで「可愛い」などと言うものなら、ブルーが拗ねてしまうのは分かり切っていたので、シンもマリアもフレイアもその一言は
  心の中だけで叫ぼう決めていた。
   もちろん近隣への対策も抜かりはない。
   予めブルーが立ち寄りそうな近所の家には、決して「可愛い」とは言わないでほしいと頼んでおいた。
   これで今年のハロウィンは、無事過ごせる筈だった。
   そうこうするうちに辺りは薄暗くなり、いよいよハロウィンの時間となった。
   家を出る時、ブルーはマリアとフレイアにお願いをした。
  「僕とジョミーの分のお菓子、ちゃんと取っておいてね」
  「大丈夫よ、ブルー」
  「ちゃんと取っておくから、安心していってらっしゃい」
  「じゃあ行こう、ブルー」
  「うん!」
   今年も作ったカボチャのお菓子を確保し、安心したブルーはシンと出かけて行った。


  「Trick or treat!」
  「Trick or treat!」
   既にあちこちの家の前では、黒猫や幽霊に仮装した子供たちの元気な声が上がっていた。
   ブルーとシンは連れ立って、まずは顔見知りの老婦人のお宅にお邪魔した。
   家の前では老婦人が一人で、子供たちの訪れを待っていた。
  「Trick or treat!」
   ブルーがお決まりの言葉を元気よく口にすると、老婦人は笑顔を深くした。
  「まあ、かわ……素敵な吸血鬼ね。はい、お菓子」
   フレイアたちから頼まれていた彼女は、なんとか「可愛い」の言葉を押しとどめてくれた。
  「ありがとう、おばあちゃん!」
   もらったクッキーの袋を手に、ブルーは上機嫌だった。
  「ジョミー君には特別にこれ」
  「?」
   今まではシンにも同じようにお菓子が渡されていたのだが、老婦人がシンに手渡したのは、ワインの小瓶だった。
  「もう大人じゃ、お菓子じゃなんですものね。吸血鬼、格好良いわね」
  「……ありがとうございます」
   心遣いは有難いが、先日禁酒を誓った身では、貰っても困る品物だった。
   お菓子をもらったって食べないが、それはブルーにあげれば喜んでくれる。
   しかしまさか要りませんと返す事も出来ずに、これは父親に渡すかとシンは完璧な笑顔でそれを受け取った。


   マリアとフレイアの事前の根回しが功を奏して、今年ブルーは「可愛い」と言われる事もなく、ハロウィンを楽しんでいた。
   けれど今年のハロウィンは今までと少しだけ違っていた。
   ブルーが貰うのはお菓子だが、シンが貰うのはなぜかお酒や、酒のつまみになりそうな食べ物ばかりだった。
   おまけにマリアが言っていた、近所から吸血鬼のリクエストがあったという話は嘘ではなかったらしい。
   あちこちの家でデジカメが用意されており、行く先々で記念撮影という事になった。
   正直、撮影など御免だが、顔見知りの近所の人だと無下にも断れない。
   結果あちこちの家で、足止めされてしまった。
   そんな繰り返しに先に飽きたのはブルーだった。
   シンの黒マントの引っ張り、シンを見上げながら言った。
  「ジョミー、もう行こうよ」
  「そうだね、失礼しようか」
  「待って待って、もう1枚だけ!」
   シンではなくデジカメを構えたその家の奥さんが二人を制止した。
   じゃあ一枚だけ、と撮影を終えれば、彼女は今度はシンだけで撮りたいと言い出した。
   その一言に、とうとうブルーは我慢が出来なくなった。
  「僕、先に行ってるね!」
  「あ、ブルー!」
   シンが止める間もなく、ブルーはその家の門を飛び出すと一人で次の家へと走り出した。
   曲がり角を左折し、次の家へ───と思っていたのだが、目の前が突然真っ白になった。
  「え?」
   誰もいないと思っていた道には、頭からシーツを被った幽霊の仮装をした人が立っていた。
   目の部分だけに二つ穴を開けた、仮装としてはなんともお手軽な仮装だ。中の人が男か女かも分からなかった。
  「こ、こんばんは」
   ブルーは挨拶をし、その脇を通り過ぎようとした。
   すると幽霊からも返事があった。
  「こんばんは。そんなにふくれっ面をして、どうしたんだい?」
  「えっ」
   慌ててブルーは自分の頬に両手でそれぞれ触れた。
   自分では分からなかったが、そんなに怒っていただろうか。
   そして同時に、幽霊が男の人だとその声で分かった。
  「せっかくのハロウィンの夜なのに、どうしたんだい?」
  「……」
  「うん?」
   促されてブルーはぽつりと答えた。
  「同じ格好してるのに、ジョミーばっかりカッコいいって言われるんだもん……」
   一緒に吸血鬼の仮装をするのは、とても嬉しかった。
   けれど幾つもの家を回って、カッコいいと褒められるのはシンの方が多かった。
   ブルーは今年、可愛いとは言われなかったが、カッコいいと言ってくれる人はいなかった。
   おまけに行く先々の家の女性にシンは人気があり、見ているうちに段々嫌な気分になって来た。
   ブルーが知らず知らずのうちにまたふくれっ面になると、幽霊が勢い込んで口を開いた。
  「格好良いよ!」
  「え?」
  「すごくよく似あって、どこから見ても格好良い! さすが僕の息……いやなに、さすが男の子だ」
   幽霊が誰だかブルーには分からなかったが、その言葉が本当に本気だという事は、その声から伝わって来た。
  「本当?」
  「ああ。ただそのジョミー…君はもう大人なんだろう? だから君の格好良さとはまた違うだけだよ。君がジョミー君の歳になったら、
  それこそもっともっと格好良くなる筈だよ」
  「ありがとう、幽霊のおじさん」
   手放しで頭から褒められて、捩じれてしまったブルーの気持ちはいつの間にか元に戻っていた。
  「じゃあ、格好良い子にはプレゼントをあげよう」
   そう言うと幽霊は、シーツの中から手にしていた箱を差し出してきた。
   その箱を開くと、箱の中にはキラキラと輝く高級チョコレートが一面に並んでいた。
  「わあ……!」
   瞳を輝かせるブルーに、幽霊は食べろというように箱を差し出してくる。
  「えーと……Trick or treat?」
   ブルーがそう言うと、幽霊はシーツの下で確かに笑った。
   切れ長の瞳が笑うのが、シーツに開けた穴から確かに見えた。
   そして幽霊はブルーの両手にその箱を押し付けてきた。
  「あの、僕こんなに食べられません」
   すでにブルーの手には沢山のお菓子があった。
   けれど幽霊はその上に、無理やりチョコレートの箱を持たせた。
   困ったブルーは取りあえず受け取ったが、何十粒ものチョコをもらっていいものかどうか困ってしまった。
   すると背後からブルーを呼ぶ声がした。
  「ブルー!」
  「ジョミー!」
   ようやく撮影を終えたシンが、ブルーの元に駆けてきた。
  「一人で行っちゃダメだよ」
  「あのねジョミー、この人がね」
  「どの人?」
  「あれ?」
   先ほどまでブルーの目の前にいた幽霊の姿は、いつの間にか忽然と消えていた。
   まるでシンの姿を見て、逃げ出したかのようだった。
   シンはブルーが抱えていたチョコレートの箱に目を止めた。
  「たくさんチョコレートをもらったんだね。誰にもらったの?」
  「えーっとね、……幽霊」
  「幽霊?」
   シンは首を傾げたが、気前の良い人もいるのだろうと、それ以上追及する事もしなかった。


   その年のハロウィンは、結果的に皆が楽しんだ。
   ブルーはたくさんのお菓子で笑顔になり、来年のハロウィンはシーツを被って幽霊をやるんだと張り切っていた。
   ウィリアムもシンからお酒等をもらって喜んだ。
   シンとマリアとフレイアは、ブルーの可愛い吸血鬼姿をたっぷりと楽しんだ。
   そして遠くの街では、ブルーにチョコを渡したぞと大喜びする幽霊もいた。
   すべてを見ていたジャック・オ・ランタンの笑顔が、どこか苦笑している風にも見えた───。




すーっかり遅くなりましたけど、ハロウィンネタです。
ブルーが狼の仮装をして子犬に間違われたのは、確かコピー誌で書いたような…。
幽霊のチョコレートも、確かオフ本で書いたような…不親切ですみません(^^;



2011.11.13



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