おにいちゃんといっしょ・35
12月10日の夜、シンとブルーはしっかりと厚着をした姿で、庭先から夜空を見上げていた。
夜空に遠く輝く月は、先ほどから少しずつその姿を変えていた。
興奮した声でブルーが月を指さした。
「ジョミー、月が欠けてきたよ!」
「ああ、本当だ」
今日は月全体が地球の影に隠れる「皆既月食」の起こる日だった。
それも日本全国で欠け始めから終わりまで観測できるという、絶好の機会だった。
先ほどまで少し雲が出ていた空も晴れ渡り、月を見上げる者の視界を隔てるものは何もない。
星が大好きなブルーは、しばらく前からこの日を楽しみにしていた。
明日は日曜日。そして部分食の始まりが午後10時前ということもあり、今回はフレイアもあっさり夜更かしの許可をくれた。
「ブルー、寒くない?」
「うん、大丈夫」
白い息とともにブルーはシンに答えた。
季節は冬、家の外は冷え込んでいた。
けれどブルーは何枚も服を重ね着し、コートを羽織り、帽子とマフラーと手袋も身につけてモコモコに着ぶくれていた。
その上背後からシンにしっかりと抱き締められていたので、あまり寒さを感じなかった。
シンもしっかりとコートなどを着込み、おまけにちゃっかりとブルーを抱き締めているものだから、寒さなど二の次だった。
庭先に出たままいつまで経っても戻らないシンとブルーに、一時間ほどしてマリアとフレイアが声をかけた。
「二人とも、一度中へ入りなさい」
「お茶を淹れたから、温まりなさいな」
「でももうすぐ月が全部隠れるから……」
ブルーは月から目を離さずにつぶやいた。
月は三分の二以上が欠けており、あともう少し待てば皆既食が始まるのだ。
「ブルー、一度家の中へ入ろう」
「でも……」
「せっかく母さんたちが用意してくれたんだし、飲んだらすぐにまた戻ればいいんだから。ね」
「……うん」
シンに促され、ブルーは家の中に戻った。
屋根の下に入り月が見えなくなるまで、ブルーはずっと月を見上げていた。
危ないのでシンが手を繋いで、ブルーを家の中に誘導した。
「わあ、あったかいね!」
家の中は暖房が入り暖かだった。夢中になって月を見ていたので外の寒さは苦にならなかったが、その温度差にブルーは驚
いた。
コートなどを脱いでコタツに入ったブルーは、その暖かさに頬を緩めた。
シンもブルーの隣に腰を下ろし、コタツに入った。
「はいブルー、生姜湯よ」
「しょうが湯? わあ、僕初めて」
フレイアがブルーの目の前に置いたマグカップの中身は、熱々の黒糖入りの生姜湯だった。
体が温まるようにと、マリアとフレイアが用意したものだった。
「熱いから火傷しないようにね」
「はーい」
「ジョミーのは黒糖少なめにしたわ」
「ありがとう」
生姜湯の入ったマグカップを両手で包み、ふーふーと息をふきかけながらブルーは生姜湯を一口飲んだ。
「どう?」
「ちょっとだけからいけど、でも甘くておいしい!」
生姜湯はほんのりととろみがあり、そして黒糖の甘さがとても飲みやすいものにしてくれていた。
「うん、おいしいね」
黒糖を少な目にしたのが口に合ったのか、シンも気に入ったようだった。
「また外に出るんでしょう? 風邪をひかないように、少しでも温まりなさいね」
「うん!」
フレイアに元気よく返事をしたブルーは、こくこくと生姜湯を口にした。
素晴らしい天体ショーの今日、しかしフレイアには皆既月食よりも気になる事があった。
頼まれていた通り、極力不自然でないようにマリアがその話題を切り出した。
「……そういえばもうすぐクリスマスねえ」
「ああ、そういえばそうね!」
多少ぎこちなく、マリアとフレイアが笑顔で頷き合った。
「ブルー、今年はサンタさんに何をお願いするのかもう決めた?」
ブルーにはさすがに、サンタがプレゼントをくれるのは小学六年生までだと話してあった。
フレイアがそう聞くと、ブルーはすぐに返事をした。
「うん、決めたよ」
「何をお願いするの?」
「えっとね……お金!」
「「「お金!?」」」
ブルーの返事に、フレイアもマリアも、そしてシンも同時に驚いた。
まさかお金をプレゼントに欲しがるとは、夢にも思っていなかったからだ。
「お金って、本当にお金なの……?」
「うん、僕、お金がほしい」
「幾らぐらい……?」
「いくらでも、サンタさんがくれるだけ欲しい」
恐る恐る聞いて来るフレイアに、ブルーは無邪気かつ明快に答えた。
話す間に生姜湯も飲み終わり、ブルーはためらいなく立ち上がった。
「はやく行こう、ジョミー! 月食が終わっちゃうよ」
「あ、そうだね。行こうか」
シンとしてはこのままコタツに入っていたいが、まさかブルーを一人で外に居させる訳にはいかない。
もう一度コート等を着込み、急いで玄関へと向かうブルーの後をシンも追った。
残されたマリアとフレイアは、困惑したまま話をしていた。
「お金……お金って、現金の事?」
「どうしちゃったの、あの子ったら!」
日付の変わる頃、ブルーはフレイア達に促されてようやく天体観測を終えた。
月食の終わる最後まで見たがったが、さすがに深夜ともなるとフレイアの許可も出ず、ブルーは渋々と風呂に入った。
それでも皆既月食の赤い満月を無事に見れたので、ブルーは満足して就寝した。
しかしブルーが眠った後も、母親たちの話し合いは続いていた。
「お金って幾らくらいがいいのかしら……」
「ブルーちゃん、もらえるだけ欲しいって言ってたわねえ」
「でも最後のクリスマスプレゼントが現金だなんて、そんなのつまらないわ……!」
「ブルーちゃん、何でお金が欲しいのかしらねえ」
「それなんだけど」
湯上りのシンが、二人の話し合いに加わった。
ちなみに「一緒にお風呂に入ろ」というブルーの誘いを今日も固辞し、ブルーの次に入浴したシンだった。
「ブルーは自分のためにお金が欲しい訳じゃないみたいだ」
「どう言う事?」
マリアの問いに、皆既月食を見ながらブルーと話した事をシンは話し始めた。
ブルーはサンタにお金をもらったら、それを募金したいのだそうだ。
今年は大変な事がたくさんあって、困っている人がまだまだたくさんいる。
ブルーも何度か募金をしたが、小学生のブルーの小遣いは当たり前だが高額ではない。
もちろん気持ちがこもっていれば金額の大きさなど関係ないのだが、シンがそう言ってもブルーは考え込んだまま返事をしな
かった。
だからクリスマスプレゼントにはサンタからお金をもらって、それをそっくり募金したいのだそうだ。
シンからそう聞かされたフレイアとマリアは、ようやく合点がいった。
「ブルーったら、それでお金を欲しがったの」
「ブルーちゃんたら……」
「そう、だからね───」
続くシンの提案に、二人はふむふむを耳を傾けた。
二週間後のクリスマスの朝、フレイアと一緒にブルーがシン家を訪ねてきた。
目的はもちろん、サンタからもらったプレゼントをシンに見せるためだった。
「見て見て、ジョミー! サンタさんからのプレゼント!」
ブルーが持って来たのは真ん丸の物体だった。
よく見れば顔があり、長い耳があり足があり、丸くちょこんとした尻尾がある。
そして背中と思われる部分には、細く短い穴が開いていた。
それは直径25センチほどの、大きな大きな丸いうさぎの貯金箱だった。
「大きな貯金箱だね」
「うん。でもなんで貯金箱なんだろう。僕、お金がほしいと思ってたのに……」
欲しかったものとは違うプレゼントに、ブルーは首を傾げた。
ブルーの一言に、フレイアとマリアは内心凍りついた。
「ブルー、その貯金箱ちょっと見せて」
「うん、いいよ」
ブルーから貯金箱を受け取ったシンは、それをじっと見つめた後、軽く振ってみた。
するとカランカランと硬質な音がした。
「中にお金が入っているみたいだよ」
「え、ホント?」
シンから貯金箱を手渡されたブルーは、改めてうさぎの貯金箱を振ってみた。
すると確かに音がして、中にお金が入っているようだった。
しかし音から察するにそれは少額のようだ。
ブルーは知る由もなかったが、貯金箱の中に入っているのは500円硬貨一枚だけだった。
それにブルーはしょんぼりした顔をした。
「もっと入ってたらよかったなあ……。そしたらすぐに募金できるのに」
「きっとサンタさんはブルーに、頑張ってこの貯金箱をいっぱいにしなさいって言っているんだよ」
「そうなの?」
「うん、きっとね。それにサンタさんからもらったものをそのまま送るよりも、ブルーが貯めたお金を募金する方が、もらった人も
きっと喜ぶと思うよ」
「そっかあ……」
シンとブルーのやりとりを、フレイアとマリアははらはらしながら見守っていた。
「うん、分かった。僕、頑張ってこの貯金箱をいっぱいにするね!」
うさぎの貯金箱を大事そうに抱き締めたブルーは、にっこりと笑った。
最後のプレゼントを無事ブルーに受け取ってもらって、フレイアもマリアも心から安堵していた。
そしてブルーは有言実行し、正月にもらったお年玉は全部うさぎの貯金箱行きとなった。
ブルーの他にもフレイアやマリア、ウィリアム、そしてもちろんシンが頻繁にうさぎに餌代をあげているので、うさぎがお腹をいっ
ぱいにする日はそう遠くないようだった。
年も越したというのに、月食&クリスマスネタです。
できるなら昨年中にアップしたかった…!
そして子ブルのプレゼントを欲しがる理由に、もしも不快になられた方がいたら申し訳ありません。
散々考えたんですけど、子ブルならやっぱりこうかなあ…と。
元旦早々、地震があったりして驚きましたが、逆に大事な事を忘れないでおこうと肝に銘じました。
今年もどうぞよろしくお願いしますm(__)m
2012.1.3
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