おにいちゃんといっしょ・8



   クリスマスイブを数日後に控えた土曜の午後、シン家をブルーとフレイアが訪れていた。
   ブルーはシンの部屋でいつも通りシンと遊び、マリアとフレイアはキッチンでお茶をしながらおしゃべりをしていた。
   けれど今日のフレイアはいつになく考え込んだ様子で、何度も深いため息をついていた。
   気になったマリアはフレイアに問いかけた。
  「どうかしたの、フレイア?」
  「うん、ちょっと……」
  「何か心配事があるなら、遠慮なく相談してちょうだい」
  「……実は───」
   フレイアはマリアに、ここ半月ほど悩んでいる事を打ち明けた。
   それを聞いたマリアは驚き、そしてクスクスと笑いながら胸を叩いた。
  「それならジョミーに頼んでみましょう」
  「ジョミー君なら聞き出せるかしら」
  「ええ、きっとね」


   翌日の日曜日の午後、シンとブルーは街中に買い物に出かけた。
   シンが買い物につきあってとブルーを誘ったのだ。
   ブルーは喜んでついてきた。
   クリスマス間近の街はどこもかしこもイルミネーションやクリスマスツリーで煌びやかに飾られていた。
   あちこちの店から流れる音楽も、クリスマスに関連する曲ばかり。
   数多くのイルミネーションは夜の方がもっと綺麗だろうけれど、小学生のブルーを夜に連れ回す訳にもいかなかった。
   それでも、昼間のイルミネーションでもブルーには嬉しいようだった。
  「わあ、すごい……!」
   真っ白なダッフルコートを着込み、マフラーとミトンの手袋を身につけたブルーははしゃいでした。
   たくさんのお店が趣向を凝らした飾り付けをそれぞれしており、ブルーは歩を進める度に喜びの声を上げた。
  「ブルー、ちゃんと前を見ないと危ないよ」
  「大丈……わ!」
   言っているそばからブルーは前から歩いてきた人と正面衝突してしまった。
   ぶつかったのは一人の老婦人だった。
  「ごめんなさい!」
   慌ててブルーは頭を下げ、シンも駆け寄った。
  「すみません、大丈夫ですか?」
  「大丈夫よ。でも怪我をするといけないから、よく前を見てね」
  「はい……」
   老婦人にやんわりと注意されて、ブルーはしゅんとなった。
   日曜日の街はたくさんの人で賑わっていた。
  「ブルー、怪我はない?」
  「うん、大丈夫」
  「ほら」
   シンが自らの手をブルーに差し出した。
  「ジョミー?」
  「危ないから手を繋いでいこう」
  「うん……」
   シンが差し出した手を、ブルーはそおっと握り返した。
  『ジョミーの手、あったかいな……』
   日中とはいえ12月の風は冷たい。
   お互い手袋越しだが、繋いだ手はとても温かくて、ブルーは嬉しくなった。
   隣に立つシンはすらりとした長身で、コートを着込んだ姿もとても格好良かった。
   繋いだ手から身体まで温かくなって、ブルーは冬の寒さもまったく感じなくなっていた。
   そのまま二人で歩いたが、ブルーは行く先々で目にするイルミネーションの一つ一つに見入ってしまった。
   シンはイルミネーションにもツリーにも興味はないが、ブルーが無邪気に喜ぶ姿を見るのは嬉しかった。
   街角に置かれた大きなクリスマスツリーを見つけたブルーは、一際喜んだ声を上げた。
  「見てジョミー、あのツリーのてっぺんの星、すごいキレイだよ!」
  「本当だね」
   大きなもみの木の天辺に輝く大きな星を指さして、ブルーははしゃいだ。
   ブルーに答えながら、シンの視線はツリーよりも隣のブルーに注がれていた。
   人工的な灯りも美しいけれど、ブルーの喜びに輝く瞳の方が、比べ物にならないくらい綺麗だと思った。
   時々は立ち止まり、そんな風に歩くうちに、程なくして二人は目的の雑貨屋に着いた。
   ここでクリスマスパーティー用のクラッカー等を買うのが、マリアから頼まれたシンの買い物だった。
   もちろん頼まれたのはそれだけではなく、シンにはもっと重大な役目があった。
   店に入るとシンは真っ直ぐ目的の品を探して歩いた。
   そしてマリアから頼まれてた品をすべてそろえると、さっさとレジに向かった。
   シンが支払いを済ませる間に、ブルーは店内のあちらこちらを見て回っていた。
   ブルーはたくさんの雑貨を楽しそうに眺めていた。
   シンがブルーの元に戻ると、ブルーはシンを見上げてきた。
  「買い物、もう終わり?」
  「うん。でもブルーがいたいならもう少しここにいよう」
  「ありがとう、ジョミー」
   シンの言葉に喜んで、ブルーはまた様々な雑貨を見て回った。
   ブルーと連れ立って歩きながら、シンはそろそろかなと話を切り出した。
  「ブルーは今年、サンタから何のプレゼントをもらうか決めたの?」
  「うん!」
   シンに問われて、ブルーは嬉しそうに答えた。
   いつもならここで、サンタに何を頼んだのか、素直に教えてくれるのだが───。
  「何を頼むの?」
  「……ないしょ」
   やはりブルーは教えてはくれなかった。フレイアから聞いていた通りだった。
  「僕には教えてくれないの?」
  「だって……ママに話されたら困るもん」
  「どうして? 去年まで、僕にもフレイアおばさんにも話していたじゃないか」
  「だって……」
   珍しくブルーは口ごもった。
  「ブルー?」
   シンが促すと、ブルーはおずおずと口を開いた。
  「あのね……クラスの友達が、サンタさんは本当はママなんだよって言うんだもん」
   そう。それが今年、ブルーがクリスマスプレゼントを絶対に教えてくれない理由だった。
   クラスメイトの数人が、ブルーにサンタクロースの正体を教えたのだ。
   まだサンタクロースを信じているブルーは、そんな事はないと言い張った。
   けれど毎年、サンタからどんなプレゼントが欲しいかフレイアに話していたブルーは、クラスメイトからの指摘に反論しき
  れなかった。
   だから今年はフレイアにも誰にも話さずにいようと決めたのだ。
   フレイアがどんなに聞いても、サンタクロースには話さないからと言っても、ブルーは「サンタさんにはもうお願いしたもん」
  と言って、どんなプレゼントが欲しいのか教えてはくれなかった。
   困ったのはフレイアだった。
   サンタを信じるブルーの夢は壊したくない。
   けれどブルーの欲しがっている物をきちんとプレゼントしないと、それもまたブルーの夢を壊してしまう事になる。
   困ったフレイアはマリアに相談し、そしてシンにブルーの欲しがっているプレゼントを聞き出すという、重大な役目が回って
  来たのだった。
  「僕、サンタさんはぜったいにいるって証明するんだ。だから今年は誰にも話せないの」
  「ブルーは僕にも教えてくれないの?」
  「ジョミー……」
   シンの翡翠色の瞳に悲しそうに見つめられて、ブルーは困ってしまった。
   サンタクロースは絶対にいるんだと証明するために、ブルーは今年は誰にもプレゼントの事は話さないでおこうと決めたの
  だ。
   けれどシンにまで隠しておくのは心苦しくもあった。
  「……誰にも言わない?」
   ブルーはシンを見上げながら聞いてきた。
   シンはもちろんと頷いた。
  「約束するよ。僕とブルーの2人だけの秘密だね」
  「違うよ。僕とジョミーとサンタさんの3人の秘密だよ」
   ブルーは真剣にシンに言いました。
   そのブルーの純粋さに、シンはブルーの頭を撫でた。
  「ブルーはいい子だね」
  「ジョミー?」
   ブルーはきょとんとして、ただシンを見上げていた。
   シンはもうサンタクロースを信じていなかった。その正体ももちろん知っていた。
   けれどブルーのような純粋な子供のために、サンタクロースの存在は必要だとも思っていた。
  「それで、ブルーは何をサンタに頼んだの?」
  「あのね……」
   誰にも聞こえないようにと、ブルーは声をひそめた。
   シンが身をかがめると、ブルーはシンの耳元でサンタクロースに頼んだプレゼントをこっそり教えてくれた。


   そして、25日のクリスマスの朝───。
   まだ朝食も食べていない朝一番に、ブルーがシンの元を訪ねてきた。
  「ジョミー、サンタさんからプレゼントをもらったよ!」
   ブルーが大事そうに胸に抱えて持ってきたのは、一冊の星座図鑑だった。
   それは確かにブルーがサンタクロースにお願いしたプレゼントだった。
   朝、ブルーが目覚めると、ちゃんと枕元にそれは置かれていた。
  「僕、ママには話さなかったのに……やっぱりサンタさんはいるんだ!」
  「もちろんだよ、ブルー」
   本当は、ブルーの欲しがっていたプレゼントをフレイアに教えたのはシンだった。
   ブルーとの約束は破ってしまったが、けれどブルーの夢を守るためなら、シンは嘘つきになっても構わなかった。
   それよりも、サンタクロースからのプレゼントを素直に喜ぶブルーの夢を守る方が大切だった。
   大喜びのブルーは、マリアやウィリアムにもサンタからのプレゼントを見せて回った。
  「見て見て、サンタさんからもらったの!」
  「よかったわねえ、ブルーちゃん」
  「こりゃあいい。今年の天体観測が楽しみだね」
   マリアたちもそこは心得ていて、ブルーの喜びに水を差すような事はしなかった。
   シンの元に戻って来たブルーは、ふとシンが何も手にしていない事に気がついた。
  「ジョミーにはプレゼントないの?」
   去年もその前の年も、もうずっとシンの枕元にはプレゼントは届いていなかった。
   シンは残念がる風もなく、笑顔で答えた。
  「サンタは子供にしかプレゼントをくれないから」
   本当はシンは両親と相談して、クリスマスプレゼントの分もお年玉を割増してもらっていた。
   けれどそんな事はとてもブルーには話せなかった。
  「それにね、僕の一番欲しいものは、もうずっと前にサンタからもらってるから」
  「それってなあに?」
  「……内緒」
   シンはブルーにプレゼントが何か教えてくれなかったが、とても幸せそうに微笑んだ。
   ますますブルーはそれが何なのか気になった。   
  「ジョミー、教えてよ」
  「ダメ」
  「ずるい!」
   ブルーは頬を膨らませて、ジョミーの胸を空いていた片手でポカポカと叩いた。
   そんなブルーをシンは笑顔のまま抱き締め、胸の奥でこっそりと思った。


   シンがそのプレゼントをもらったのは8歳の時。
   プレゼントをくれたサンタクロースはフレイア。
  『君は僕の宝物』
   ブルーを大切に抱きしめながら、シンはそう思った───。 




シン子ブルのクリスマスネタで、何のプレゼントが欲しいか話さない子ブルから、シンが聞き出すというのは私も想像していたのですが、誰にも話してはいませんでした。
でもある日すずかさんからそう話されてびっくり!
そして「僕とジョミーとサンタさんの3人の秘密だよ」という超純真な子ブルのセリフは、すずかさんがお考えになったものです。
子ブルったらなんて純粋なんだろうと萌え萌えしてしまいました(^^)
そしてシンにとって子ブルは大事な大事な宝物なんですv

ちょっと早いですけど、メリークリスマス!


2008.12.21



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