おにいちゃんといっしょ・9
日付が変わろうかという真夜中、シン家の玄関のチャイムをが鳴った。
「は〜い、寒いから早く入って」
マリアが急いで扉を開けると、そこに立っていたのは約束通り、フレイアとブルーの二人だった。
「こんばんは。こんな遅くにごめんなさい」
「こんばんは。お邪魔します、マリアおばさん」
嬉しそうなブルーとは対照的にフレイアは少し済まなそうだ。
二人を迎え入れたマリアはもちろん笑顔だった。
「そんな事いいのよ、フレイア。ブルーちゃん、いらっしゃい」
「マリアおばさん、ジョミーは?」
「二階で用意して待ってるわよ」
「僕、行ってくるね」
ブルーはフレイアを見上げて言うと、フレイアはブルーの首元のマフラーを巻き直しながら言った。
「ブルー、風邪をひかないように気をつけてね」
「後で飲み物を持っていくから、待っててね」
「うん!」
ブルーは元気よく返事をすると、一人二階へ続く階段を上がっていった。
その両手にしっかり抱えているのは一冊の星座図鑑。
先日のクリスマスに、サンタクロースからプレゼントされたブルーの宝物の一つだった。
シンが部屋にいない事は分かっていたので、ブルーはノックをせずに入った。
そのまま真っ直ぐ部屋を通ると、カラカラとベランダに続くガラス戸を開けた。
その途端、冷たい空気とともに息が白く煙った。
「ジョミー!」
「やあ、ブルー、待ってたよ」
シンは二階のベランダにいた。
シンの息も寒さで真っ白だった。
自分の家にいるのだが、シンはコートと手袋と靴をしっかりと身につけていた。
コートの下にはセーターを着込み、しっかりと防寒対策済みだった。
「ちゃんと温かい格好してきた?」
「うん、ママがいっぱい着て行きなさいって」
ブルーもしっかりと厚手のコートを着込み、マフラーをし、頭には毛糸の帽子を被っていた。
コートの下も何枚も着込んでいるのだろう。普段、細身のブルーだったが、今夜は着ぶくれてもこもこしていた。
図鑑を抱き締める手にはミトンの手袋をしっかりとはめていた。
「それならいいけど、風邪をひかないようにね」
「この間風邪ひいたのはジョミーだよ。だからジョミー、気をつけてね」
「……そうだね」
珍しく図星を突かれて、シンは苦笑いをするしかなかった。。
ベランダにはシンが小さい頃に買ってもらった天体望遠鏡と、小さな椅子が二つ既に用意されていた。
今夜はしぶんぎ座流星群が見られる日だった。
二年前から折にふれ、シンとブルーは夜中、天体観測をするようになっていた。
シンの部屋の押し入れに天体望遠鏡があるのをブルーが見つけた時から、ブルーが星に興味を持ったのだ。
本当は灯りの少ない山の上にでも行った方がいいのだろうが、夜中に小さなブルーを連れ出すのも憚られた。
だから天体観測をするのは、いつもシン家の二階のベランダだった。
その日ばかりはブルーは早めの夕食を取り、夕方からしっかりと眠り、夜に起き出した。
そうすれば夜更かしのできないブルーでも、なんとか夜中の観測はできた。
「今年は月明かりも少ないし、よく見えそうだよ」
「やったあ」
シンの言葉に喜んだブルーは、さっそくベランダに出てこようとした。
それをシンは両手で押し止めた。
「ブルー、靴は?」
「あ、忘れちゃった」
ブルーの足先は靴下を履いただけだった。
サンタクロースにもらった星座図鑑が嬉しくて、それをシンと一緒に天体観測で使えるのが嬉しくて、すっかり靴を持ってく
るのを忘れてしまっていた。
「本、預かるから持っておいで」
「うん」
シンに図鑑を預けたブルーは、慌てて玄関へ靴を取りに行った。
「そんなに慌てなくていいよ、ブルー」
その背中に、シンは優しく声をかけた。
靴を持って来て履いて、ブルーの身じたくも整った。
そして二人して冬の流星群を見た。
空には満点の星───。
冬の夜空は空気が冷たく澄みきり、雲もなく晴れて星が綺麗に見えた。
今年は月明かりの影響も少なく、流星群を見るには絶好の年だった。
シンの2.0の視力は、すぐに夜空に流れる星を捉えた。
「あ、いま流れたよ」
「え? どこどこ?」
ブルーの視力も1.5と良いのだが、慌てていてすぐに見つけられなかった。
「待ってて、いま望遠鏡合わせるから」
シンは望遠鏡を流星群に合わせると、ブルーにそれを覗かせた。
「わあ……!」
レンズ越しに飛び込んできたのは細い尾を引いて流れる流星だった。
「流れ星だ!!」
「少ししたら、夜空を直接見てごらん」
一度形を捉えてしまえば、肉眼でも見やすくなる。
ブルーはしばらく望遠鏡を覗いた後、シンに言われた通りに夜空を見上げた。
「わあ、見えるよジョミー!」
「よかったね、ブルー」
ブルーはしばらく流星群に見入っていた。
目に見えぬ夜空の一点から、放射状に生まれ流れてくる流星は不思議で、幾つ見ても見飽きなかった。
ゆっくり流星群を眺めたブルーは、星座図鑑をめくった。
「ジョミー、しぶんぎ座ってどれ?」
シンを見上げて問いかけてくるブルーに、シンは教えてくれた。
「しぶんぎ座って星座は今はもうないんだよ」
「ないの?」
「ずーっと昔にあった星座なんだって。今は廃止されちゃったなんて、変な話だね」
「ふーん……」
シンはブルーと一緒に星座図鑑を覗き込んだ。
そしてシンは夜空と図鑑を交互に指さした。
「ブルー、あれが北極星とこぐま座だよ」
「わあ、こぐま座ってこんな形してたんだ」
星空と星座図鑑を照らし合わせて、ブルーはシンと冬の星座を見た。
今までも何度も教えてもらったけれど、今年は図鑑があったので、とても分かりやすかった。
星の名前も星座も、結局は人間が勝手につけただけだとシンは思っていた。
けれどブルーとこんな時間を過ごせるのだから、それを否定するつもりも毛頭なかった。
二人はまた流星群を見て、刻々と移り変わる冬の星座を眺めた。
小一時間ほどしてマリアとフレイアが二階に上がって来て、ベランダにいる二人に声をかけてきた。
「二人とも、一度部屋に入りなさい。ホットミルクを持って来たわよ」
「ありがとう、母さん」
「ありがとう、ママ」
シンとブルーは靴を脱いで部屋に入り、マリアとフレイアが持ってきてくれたホットミルクを飲んだ。
「おいしい!」
「本当だ、温まるね」
フーフーとちょっぴり冷ましながら口にしたミルクは、冷えた身体を芯から温めてくれた。
シンにはミルクだけ、ブルーには蜂蜜を一匙入れた、熱々のホットミルクだった。
本当はシンはブラックコーヒーがよかった。
けれどブルーがいつもシンと一緒のものがいいと言うので、まさか夜中にブルーにコーヒーを飲ませるわけもいかず、天体
観測の日ばかりはシンもホットミルクだった。
マリアはホットミルクを飲むブルーに、聞いてみた。
「どう、星は綺麗に見える?」
「うん、たくさん流れ星見れたよ!」
「よかったわねえ」
マリアの質問にブルーが笑顔で答えた。
フレイアがすまなそうにシンに声をかけた。
「ジョミー君、寒いでしょう? 適当なところで切り上げてね」
「大丈夫ですよ。ブルー、眠くない?」
「僕、ちっとも眠くないよ」
シンに問われたブルーは元気に答えた。
「じゃあこれを飲んだらまた星を見ようか」
「うん!」
嬉しそうにブルーはシンに返事をした。
ブルーのためなら寒さも気にならないシンだった。
そしてフレイアもマリアも、結局はブルーの喜ぶ顔が見たいから、真夜中の天体観測も許してしまうのだった。
「うわあ、寒〜い!」
ベランダに出たブルーは、再び襲ってきた寒さに身を震わせた。
一度温かい部屋に戻ったせいで、一際寒さを感じるようになっていた。
すると一度部屋に戻ったシンが、すぐに出てきて何かをブルーに手渡してきた。
「はい、ブルー」
「?」
シンから手渡されたのは膝かけだった。
「これを膝にかけて」
「こう?」
椅子に座ったブルーは、シンに言われた通りにそれを膝にかけると、感じる寒さが確かに和らいだ。
けれど膝かけは一枚きりだった。
「ジョミーは……?」
「僕は大丈夫」
隣の椅子に座るシンは笑顔で言うけれど、ブルーが寒いのだからシンも寒い筈だった。
ブルーは椅子から腰を上げた。
「ジョミー、ちょっとどいて」
「なに?」
シンが顔を上げると、隣にいたブルーが目の前で、シンの膝にちょこんと座りこんだ。
ブルーの膝には膝かけ、そしてシンの膝にはブルーという形だ。
ブルーはシンの顔を見上げて無邪気に言った。
「こうすればジョミーも寒くないよね」
「……!」
咄嗟にシンは返事ができなかった。
それに、シンの内心が分からないブルーは顔色を曇らせた。
「ジョミー、まだ寒い?」
心配そうにミトンをした手で、シンの頬に触れた。
ブルーのいる膝も、そして触れてくれた頬も、冬の寒さを吹き飛ばすような温かさだった。
「……とっても温かいよ、ブルー」
シンはお返しに、ブルーの両頬を手袋をした手でそれぞれ包んだ。
するとブルーは嬉しそうに、笑顔でそっと目を閉じた。
「よかったあ。……ジョミーといっしょだと、僕もあったかい」
凍えるような星空の下でも、二人一緒ならもう寒くはなかった───。
流星群の時期が来たら、ぜったいこのネタでシン子ブルを書こうと決めていましたv
まあ時間的にちょっと嘘もありますが、そこはお許し下さい。
ちなみに残念ながら私自身は流星を見た事はありません。
高校生の時に学校で観測会があったけど、なぜかうまく見れませんでした。
でも、シンと子ブルに見てもらったからよしとします(^^)
2009.1.3
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