exceeding thousand nights ・ 1
真夜中、ブルーは一人眠れずにいた───。
いつものようにベッドに入ってからもう何時間も、ブルーは照明の光度を落とした部屋の天井を見つめて
いた。
ここは巨大な船の居住セクションの一室、ブルーに与えられた部屋だった。
けれど未だに見慣れないその天井。
何度も瞼を閉じ、寝がえりをうち、ブルーはなんとか眠ろうとしたが、どうしたことか今夜は眠りの波が一
向に訪れてくれなかった。
こんな時間を過ごしていると、いつも敢えて考えまいとしている事ばかりが脳裏に浮かんでくる───。
ブルーは眠るのを諦め、ベッドから起き上がった。
何もする気にもなれなかったが、ふと思いついて、ブルーは夜着のまま部屋を出た。
深夜にあたる時間、夜勤シフトの者以外で起きている者などいる筈もない。
船内の誰もが眠っており、通路をしばらく歩いても誰にも出会わなかった。
ブルー自身、こんな時間に船内を歩くなど初めてだった。
一人歩き続けたブルーは、しばらくしてある場所にたどり着いた。
そこはこの船でブルーが知っているいくつかの場所の一つ───展望室だった。
24時間解放されている、誰でも出入り自由な開放された場所だったが、深夜という事もありそこには
誰の姿もなかった。
部屋の壁一面が透明な強化ガラスで覆われたそこからは、いつでも外が見えた。
ただしそれは、青空でも星空でもない。
展望室から臨めるのは、暗闇と、微かに見える無機質な岩肌だけだった。
この船───シャングリラは、惑星アルテメシアの地下深くに隠れ潜んでいた。
けれどそれでも、少しでも隔てる物が少ないようにとここへやって来た。
展望室の薄明かりが、ブルーのプラチナブロンドの髪を照らし出した。
幼さは残るがその容貌は眉目秀麗というしかなく、何より印象的なのは二つの青い瞳だった。
ブルーはミュウの多くがそうであるような虚弱体質ではなかったけれど、身体つきは14歳という年齢の
平均より細く、頼りない。
ブルーはガラスの前に歩み寄り、冷たいその表面にそっと小さな手で触れた。
「……ママ……パパ……」
深い深い地の底から、ブルーは今はもう遠い母親を───両親を想った。
14歳になったブルーがこの船にやって来てから、早二ヶ月が過ぎようとしていた。
文字通り未知の、ブルーにとって初めて知る、ミュウの人々が隠れ住む船───シャングリラ。
成人検査の日、ブルーはこの船に連れて来られた。
S・D体制の下、サイオンと呼ばれる特殊能力を持つが故に人間に迫害されるミュウたち。
ブルーはそれまでミュウの存在自体知らなかった。誰も教えてはくれず、またそれを知るための情報も
ブルーが育った育英都市アタラクシアにはまったくなかった。
それなのに今、こうしてここにいる。
成人検査の後は、多くの人間と同じように当たり前に「大人」になる───何の疑問も持たずにブルー
はそう思っていた。信じていた。
時折、この現実がまるで夢のように感じられて、ブルーを戸惑わせた。
ここは、14年間暮らしていた世界とはあまりにも違いすぎたから───……。
「……眠れないのかい?」
「!」
無人の筈の展望室で、突然背後から声をかけられて、驚いたブルーは振り返った。
考え事をしていたせいか、気配にまったく気付かなかった。
振り返ったそこにいたのは一人の、金髪の青年だった。
その髪の色はブルーの白みがかった髪とは違い、鮮やかな金色をしていた。
整った顔立ち。その翡翠色の瞳は強い意志そのままに輝いていた。
聴覚に支障があるのか、耳には補聴器を付けていた。
緋色のマントを背に、金糸をふんだんに使ったその服を着るのは、この船では一人しかいない。
ブルーよりも10歳ほど年上に見えるだけなのに、実際はもう100年以上生きているのだと聞いてい
た。
「ソルジャー……」
驚くブルーに、彼は優しく微笑みかけた。
そこにいたのは、ミュウを統べる長───ソルジャー・シンだった。
「どうしてここに……?」
まさか思念が洩れていたのかと問えば、シンからは否の答えがあった。
それなら尚の事、なぜ自分がここに居るのが分かったのか、ブルーの疑問は晴れなかった。
訝しむブルーの前に、シンは歩み寄った。
「君の事なら何でも分るよ。……ずっと君を見守っていたから」
ブルーの前に立ったシンは、その片手を伸ばして、ブルーの頬に触れた。
「君がアタラクシアへ帰りたいと思っている事。そして御両親を心配している事も、会いたいと思って
いる事も───僕は知っている」
「ソルジャー……」
「違うかい?」
シンの問いに、しばらく躊躇った末にブルーは俯いた。
14歳になって「目覚めの日」を迎えた以上、あのまま両親の元にいられる訳がなかった。
それに───。
「……戻れない事は、分かってます」
成人検査に脱落したブルーを処分するために、銃を携えた人間たちがたくさんやってきた。
14年間暮らしていた、あの世界のどこにももうブルーの居場所はないのだと、なくなってしまったのだ
と分かっていた。
ただ、たった一つの事がどうしても気になった。
「ソルジャー・シン」
成人したとはいえまだ成長途中のブルーの背丈は、シンの胸元に届くくらいだ。
ブルーはシンを見上げた。
「僕の両親は……どうしていますか? もしも知っているなら教えてください」
「ブルー……」
ブルーの問いに、シンは押し黙った。
その沈黙に、ブルーの脳裏に最悪の状況が浮かんだ。
「もしかして僕のせいで、パパもママも───」
「君の御両親は無事だ」
その心配をシンは打ち消した。
「よかった……!」
ブルーの表情にようやく喜びの色が浮かんだ。
「今も僕のいたあの家で暮らしているんですか?」
「それ以上、知りたいかい?」
「……はい」
重ねて問えば、どうした事かシンの表情は晴れないままだった。
彼らしくなく躊躇する様子に、ブルーも表情を曇らせた。
けれど無言で彼の言葉を待っていると、シンは重い口を開いた。
「君がいたあの家で……今はもう、新しい子供を養育されている」
「そう、ですか……」
両親の無事を知って、心から安堵するとともに感じる寂しさ。
分かってはいたのだ。
両親にとっては、育てる子供はブルー一人ではない。今までも───これからも。
ブルーが14歳になり「目覚めの日」を迎えた以上、遠からず次の子供の養育に当たるのは当り前の事だった。
ブルーも充分理解していた。
それでもやはり寂しいと感じる気持ちは拭えなかった。
「ブルー」
「…………」
押し黙ってしまったブルーに、シンが重ねて言葉を続けた。
「僕がいる。僕が……ミュウの仲間が君の家族になる」
「ソルジャー……っ!?」
突然、シンの力強い腕に抱き締められて、ブルーは身を固くした。
「このシャングリラが君の家だ」
ブルーに向けられたシンの言葉は、その腕の力とは違ってとても優しいものだった。
だから恐る恐る、ブルーは緊張を解いた。
胸に抱き寄せられ、髪を撫でられ───そのぬくもりは初めて会った日と何一つ変わらない。
抱き締められながら、ブルーは二ヶ月前、ソルジャー・シンに初めて会った日の事を思い出していた。
…という感じで、シン×子ブル小説を始めました。
予定ではジョミ×ブルパラレルコメディ小説を始めるつもりだったのですが(^^;)
きっかけはしばらく前、某サイト様の幸せなシン×子ブル拍手絵に萌えをいただき、一人いろいろ妄想していた
せいです。
そのうちその妄想があらぬ方向へ行っちゃって、気づけばなんだかかなりおかしな別物に…。
でもなんだか書きたくなってしまったので、お許しをいただいて、今回始める事にいたしました。
ブルーの髪と瞳の色は、悩んだ末に上記のようにいたしました。
タイトルの相談にのってくださったのはStrand Journal のgomaさんです。ありがとうございます〜v
そしてこんな辺境サイトですが、萌えの種をいただいた感謝をこめて、この話は天狼星のもてぃ様に捧げさせ
ていただきますm(__)m
2008.03.07
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