exceeding thousand nights ・ 2



   ───待っていた。
   ───待っていたよ。
   ───貴方をずっと待っていた。
   ───貴方が生まれてくる、ただそれだけを。
   ───そして、貴方が「目覚める」その日を、ずっと待っている……。


   目覚まし時計のアラーム音に覚醒を促され、ブルーは目覚めた。
  「……まただ」
   また、同じ夢を見た。
   幼い頃から繰り返し見る、誰かがブルーに呼びかけてくる夢だった。   
   夢の中でブルーに呼びかける声は、いつもとても優しく、けれどどこか悲しそうでもあった。
   ニ階の自室のベッドの中で、ブルーがぼんやりと夢の余韻に浸っていると、階下から母親の声がした。
  「ブルー、まだ寝ているの? 今日は大切な日なのよ!」
  「起きているよ! すぐに行くから」
   母親に返事をしながら、ブルーは慌ててベッドから飛び起きた。
   脳裏からもう夢の事は消えていた。
   母親の言う通り、今日はブルーにとって大切な、重大な一日だった。
   S・D697年。現在の人間社会は、その管理をすべて機械に委ね、特殊政府体制───S・D体制を敷いていた。
   人間は機械の管理の下、人工受精によってのみ生まれ、生まれてきた子供は各惑星の育英都市にて、
  やはり機械が選定した養父母によって14歳まで育てられた。
   子供は14歳の誕生日に成人し、その「目覚めの日」に成人検査を受け、新たに大人の社会の仲間入りを
  するとされていた。
   惑星アルテメシアの育英都市アタラクシアで今日、ブルーという名の少年も14歳の誕生日を迎えた。


   パジャマから服に着替え、身支度を整えてブルーは両親がいる階下のキッチンへと向かった。
   そこには父親が既に食卓に向い、母親が朝食を並べていた。
   いつもと変わらない日常の風景だった。
   けれどもそれも今日で最後となるのだ。当り前のその光景に、一瞬ブルーは見入ってしまった。
   足を止めたブルーに気づいて、両親が声をかけてきた。
  「遅いぞ、ブルー。緊張して眠れなかったのか?」
  「おはよう、ブルー。早く座りなさいな」
  「おはようパパ、ママ」
   朝の挨拶を交わすブルーの姿に、両親は目を細めた。
  「……ああ、やっぱりよく似合っているわね」
   感慨深げに母親がつぶやいた。
   ブルーがいま身に付けているのは、昨夜の内に母親から手渡された服だった。
   「目覚めの日」を迎えるブルーのために、わざわざ新調してくれたそれ。
   ブルーは健康だが身体つきは細く華奢で、クラスの中でも身長は小さい方だった。
   けれどブルーはそれを差し引いても人目を惹きつける、整った華やかな容貌をしていた。
   そして何より幼いながらに思慮深く、勉強熱心で利発だった。
   そんなブルーも、今日からは「大人」だ。
   14歳になって「成人」したからといって、何が変わった訳でもない。
   きっと1日しか着られないだろうに、わざわざ服をあつらえてくれた母親の心遣いが嬉しくて───そして
  ブルーは同時に寂しかった。
  「さあ、朝食にしましょう」
  「うん……」
   最後になるだろう親子三人での食事。
   テーブルの上に並べられた母親が用意した朝食は、ブルーの好物ばかりだった。


   玄関の扉の前に立ったブルーを、母親は涙を零しながら抱き締めた。
  「……立派な大人になってね、ブルー」
  「ママ……」
   幼い頃から数え切れないくらい、ブルーを抱き締めてくれたぬくもり。
   細く優しい腕が、痛いくらいの強さで抱き締めてくれた。
   父親はブルーの頭にその大きな手を乗せて、愛しむように撫でてくれた。
  「君が私たちの息子になってくれて、とても幸せだったよ、ブルー」
  「パパ……」
   血の繋がりなどまったくない養父母。
   けれどほかにブルーが親と慕う人はいない。
   心から愛され、またブルーも愛している。そしてそれは両親もそうだと感じていた。
   14年間、この両親に育てられてとても幸せだったとブルーは思った。
   それも今日でお終いだった。
  「行って……きます。パパもママも、元気で」
   母親の頬にキスをし、父親に礼をし、努めていつも通りの口調で振る舞った。
   心配をかけないように笑顔を見せた。
   それでも涙が滲んできて───ブルーは振り切るようにして家を飛び出した。


   目覚めの日を迎えた者は特別休暇を与えられ、その日は一日自由に過ごす事が許されていた。
   学校へはもう行かなくていい。
   友達たちにももう会えない。別れは昨日済ませていた。
   どこへ行くのも自由だったが、大概の者は幼い頃の思い出が強く残る場所へと足を運ぶことが多かっ
  た。
   家を出たブルーの足取りは鈍く、行く当てもなかった。
  『どこへ行こう……』 
   曇り空を見上げたブルーがふと思い出したのは、幼い頃に両親に連れられて訪れた事のある場所だった。
  『行ってみようか……』
   他に思いつく場所も行きたい場所もなく、ブルーはそこへ行ってみようと決めた。
   バスに乗ってブルーが向かったのは、アタラクシア市内の外れに広がる森林公園の一角だった。
   20分ほどして公園前の停留所でブルーはバスを降りた。緑豊かな公園内の歩道を通り抜け、目的の場所へ
  向かった。
   途中で何人もの人とすれ違ったが、公園自体が広いので人影はまばらに感じられた。
   育英都市に住む者は、基本的に家族がほとんどだ。
   すれ違ったのは、まだ就学前の小さな子供を連れた母親。散歩を楽しむ家族。
  『ママ……、パパ……』
   先ほど別れを告げたばかりの両親を思い出し、ブルーはまた寂しさを感じた。
   何も考えたくなくて、歩道を走った。
   そして、ようやくブルーは目的の場所に辿り着いた。
   公園の一角には、巨大な天体望遠鏡を併設したプラネタリウムがあった
   昔、両親に連れてきてもらったこのプラネタリウムで、幼かったブルーは泣き出してしまった。
   怖かった訳ではない。ただ投影された宇宙の、銀河の映像を見ているうちに、なぜか涙が零れたのだ。
   いつもそうだった。
   幼い頃からブルーは、星空を見上げるのが好きだった。 
   「雲海の星」とも呼ばれるアルテメシアでは、空は曇っている事が多かったが、時には美しく晴れ渡る日もあった。
   そんな日は母親に怒られるまで、何時間でも星空を見上げた。
   なぜか心惹かれて、けれど同時にいつも胸が苦しく───悲しくなった。
   それがどうしてなのかは分からなかった。


   久しぶりに訪れたプラネタリウムは静まり返り、閑散としていた。
   かろうじて数人の施設職員の姿があるだけで来場者はブルー一人だった。
  「……?」
   昔来た時は満席とはいかなくても、半分は人で席が埋まっていたのに。
   不思議に思わなくはなかったが、今日が平日だからだろうかとブルーは考えた。
   それがアタラクシアを統括するユニヴァーサル・コントロールが、他の者はここへ訪れないように誘導して
  いたせいだとは、ブルーは夢にも思っていなかった。
   職員に案内されて、ブルーは200席ほどあるプラネタリウム内の、中央の席に座った。
   今の期間、上映されているのは、銀河系を中心とした映像だった。
   しばらく待っても他には誰もやって来なかった。
   時間がきたのか、開演を告げるベルの音が響いた。
   照明が消され、室内に暗闇が広がった。
   ブルーはすぐに、ナレーションとともに美しい銀河の映像が見られると思っていた。
   けれどブルーの目の前に現れたのは、美しい星空ではなく───禍々しささえ感じさせる異形の機械だっ
  た。




成人検査前の子ブルーでした。
もうぜひぜひ子ブルーには、両親に愛されて育っていてほしいです。
両親に大切にされ、よき友人に囲まれて、健やかにのびのびと育ってたのがいいです。
原作やアニメでは辛い目にたくさんあったから、せめて二次創作では幸せに、と思います。
とはいえそこは私も腐女子ですので、いろいろムニャムニャ〜…ですが(^^;)
少なくともシン×子ブルがお好きな方には幸せに思ってもらえるような話を目指したいです。
(弱気な希望…)



2008.03.15





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