exceeding thousand nights ・12
いつも通りの一日を終えたブルーは、食堂で夕食を食べた後に自室に向かっていた。
隣にはもちろんリオの姿があった。
『もうすぐヒルマン教授の講義も終了ですね』
「うん」
『あなたはとても優秀な生徒だと、教授は褒めていらっしゃいましたよ』
ヒルマンが半年の予定でいた、ミュウの誰しもが学ぶ一般的な知識を、ブルーはその半分ほどの月日で終わらせようとしてい
た。
元々アタラクシアで学んでいた事もあるが、何よりブルー自身が学ぶことに熱心だったからだ。
今までヒルマンが教えた者たちの中でもブルーの優秀さと熱心さは際立っていた。
そんな賛辞を、ブルーは否定した。
「優秀なんかじゃないよ。だって、サイオンの方は全然ダメだし……」
ヒルマンの講義はもうすぐ終了予定だったが、サイオンの訓練だけは引き続き継続の予定だった。
『焦っても意味はありませんよ、ブルー』
「うん……」
リオはいつも励まし慰めてくれたが、自分でももどかしかった。
それでも諦めたらお終いなのだからと、ブルーは自らに言い聞かせて、まったく芽吹く気配の感じられないサイオンの訓練を続
けていた。
わずかに気落ちした様子のブルーに、リオは話題を変えて話しかけた。
『そういえば、ブルーはどんなセクションを希望するんですか?』
「え?」
『この間、ヒルマン教授に言われていたでしょう? いずれどのセクションで働きたいか、考えておくようにって』
「ああ、うん……」
このシャングリラではそれぞれが、何らかの役割を与えられ、各セクションで働いていた。
それはS・D体制下の人間たちとは違い、本人の意思が最も尊重される。
もっとも適性というものもあるから、本人の希望が必ず通る訳ではないが、それでも最大限には考慮された。
ブルーが希望する仕事が専門知識を必要とするものであれば、また更にそれを学ぶための時間が設けられるだろうし、必要がな
ければすぐに配属されるだろう。
『何かもう決めているんですか?』
「うん……。考えてはいるんだけど」
リオの問いかけに、ブルーは曖昧に頷いた。
「いろいろ考えているけど、僕はやっぱり───」
リオと話をしていたブルーの言葉が不意に途切れた。
『ブルー?』
リオが呼びかけても、ブルーの視線は真っ直ぐ前に向けられたままだ。
ブルーの視線の先───廊下の向こうから、こちらに歩いてくる者がいた。
すらりとした長身に緋色のマント。鮮やかな金色の髪と、それと合わせたかのような金糸で彩られたスーツ。
そこにはソルジャー・シンの姿があった。
「ソルジャー……!」
ブルーはリオを置いて駆け出すと、シンの元まで走り寄った。
「ブルー」
そんなブルーを、シンは微笑んで迎えた。
「体調はどう?」
「もう平気です。元気にしてます」
シンの問いに、ブルーは文字通り元気そうに答えた。
ブルーが天体の間で倒れたのは3日前。
倒れた翌日にはメディカル・ルームを出て、ブルーは普段通りの生活を送っていた。
それでも万が一という事もあった。
シンがリオに視線を向けると、それに嘘はないという風にリオも無言で微かに頷いた。
「それならよかった」
それを確認して、シンはその視線を和らげてブルーを見下ろした。
「調子が悪くないなら、少し僕に付き合ってくれないか?」
「え……?」
「君に見せたいものがあるんだ」
「別に、構いませんけど……」
そう言われても、ブルーにはそれが何だか見当もつかなかった。
それでももう今日は部屋で休むだけであったから、シンの言葉にブルーは素直に頷いた。
「じゃあ───」
言いながら、シンはブルーの小さな身体をその腕で抱き上げた。
「ソ、ソルジャー!?」
軽々と抱き上げられたブルーはもちろん驚きの声を上げたが、シンに気にする様子はない。
「あのっ……」
「僕にしっかりつかまって。いいね」
ブルーの抗議の声を聞く前に、シンはリオに視線を移した。
「リオ。すまないがハーレイに少し出てくると伝えておいてくれ」
『ソルジャー、どちらへ?』
「“上”に行ってくる」
シンのする事を黙って見守っていたリオだったが、その言葉にはさすがに顔色を変えた。
『お待ちください、ソルジャー!』
「行くよ、ブルー」
「え……!?」
『ソルジャー!』
リオが止める間もなく、次の瞬間2人の姿はシャングリラの通路から消え失せていた。
何が起こったのかまったく分からず、ブルーは目を瞑り、ただシンの身体にしがみついていた。
そんなブルーの様子にシンは静かに笑った。
「……目を開けてごらん」
「え……?」
耳元で囁かれて、恐る恐るブルーは固く瞑っていた瞼を開いた。
「う、わぁ……!!」
目を開いて飛び込んできた光景に、ブルーは驚いた。
そこには想像もしていなかった光景が広がっていた。
周囲に広がるのは虚空の宙。
そして眼下にはたなびく雲に覆われた惑星の姿。
地平線どころではない、惑星そのものの輪郭が見て取れた。
「ここは……!?」
「惑星アルテメシアの成層圏だ」
下を見れば足元には何もなく、虚空の先───遥か遠くにアルテメシアの大地と海が雲間から微かに垣間見えた。
ブルーはシンにしがみついていた手に、さらに力を込めた。
「ソルジャー……!!」
「大丈夫。シールドを張ってある。落ち着いて上を見てごらん」
悲鳴を上げかけたブルーに、シンは穏やかな声音で言った。
言われてみればシンとブルーの二人は、青い光球にその身体を包まれていた。
そして促されるまま視線を向ければ、そこには素晴らしい景色が広がっていた。
「……!」
その美しい光景に、ブルーは言葉も忘れて見入った。
惑星アルテメシアは、別名「雲海の星」と呼ばれるくらい、雲の多い星だった。
それ故に昼も夜も、滅多に晴れ間を見ない。
雲一つない空など、アタラクシアで暮らしていた間、ブルーはほとんど見た事がなかった。
今もアルテメシアのそのほとんどは雲海で覆われていた。
けれどここは、その雲海の遥か上空の成層圏だ。
視界を遮るものなど何もない。
頭上に広がるのは、数多の星の輝きを散りばめた、無限に広がる宇宙だった。
しばらくの間、声も出せずにブルーはその光景に見入っていた。
「気分は悪くならない?」
「悪くなんか……。すごい、綺麗です!」
シンの問いかけにも、ブルーの視線は宇宙から外れなかった。
恐怖など欠片も感じなかった。
惑星を覆う大気を介さないで見る数え切れないほどの星々は、なんて眩しく輝きも鮮明なのだろう。
フィシスの見せてくれた映像も、それはそれは綺麗だったけれど、実際の星々の輝きは素晴らしかった。
ブルーは興奮した様子で、その青い瞳をさらに輝かせた。
そんなブルーの様子に、シンもその眼差しを細めた。
「そう、よかった」
「でも、どうしてこんな……」
問いかけて、ふとブルーは気づいた。
『もしかして、僕があんな事を言ったから……?』
地の底では星空も見えないと。
倒れた後、目覚めたばかりのブルーは、ずっと残念に思っていたそれをつい口にしてしまっていた。
このシンの行動は、だからなのだろうか。
ブルーは周囲に広がる宙ではなく、間近にあるシンの顔をまじまじと見つめた。
その翡翠色の瞳は、やはり彼方の星々に向けられていた。
抱き上げられているために、シンの逞しい体躯をふと意識して、ブルーはなんだか気恥ずかしくなってしまった。
と、シンの視線がブルーに向けられて、その恥ずかしさはさらに高まった。
それを打ち消したくて、ブルーは慌てて口を開いた。
「あの、ソルジャー……」
「うん?」
「ありがとうございます」
ブルーは慌てながらも、胸に浮かんだ謝意を素直に口にした。
たった一人のミュウの長。皆を束ね、忙しいだろうにこんな時間をくれて───申し訳ないと思うと同時に、ブルーは少しだけ嬉
しかった。
まるで自分が特別に大切にされているようで。
もしかしてシンは、他の者とも時にはこんな時間をもっているのかもしれないけれど。
それでもこの一時が、ブルーはとても嬉しかった。
「こんな綺麗なもの、アタラクシアでは見た事ありませんでした」
素直に喜びを表すブルーに、シンはその表情をふと曇らせた。
「君は……」
「え?」
「君は……地───」
ブルーに何事かを言いかけたシンの言葉が、不意に途切れた。
その時、遥か彼方のアタラクシアから、数個の光が飛び立つのが、シンには感じられた───。
プロットではシンと子ブルはシャングリラ船内で話をしているだけだったのですが、10、11…と書いているうちに、なんだか
シャングリラを飛び出してしまいました。
こうやって少しずつ、話は長くなっていくんですねえ〜(−−;)
いやいや、良くいえばふくらんだとでもいうのか…。
でもネタを思いついて間に合うのなら、書いた方が悔いもないし。
しばらくシンの出番があるので、そういった意味では書くのは楽しいですv
自分の書くものにはもちろん不満も力不足も感じますが、やはり少しぐらいは楽しさもないとね。
あ、もちろん子ブルを書くのもとーっても楽しいですv
2008.05.06
小説のページに戻る 次に進む