exceeding thousand nights ・13
「ソルジャー?」
急に黙り込んでしまったシンを、ブルーが不安げに見た。
シンは厳しい眼差しで、遥か遠くを見つめていた。
アタラクシアの軍事基地から飛び立った爆撃機が数機。
それは市外にある、「夜の半球」と呼ばれている荒野を目指していた。
恐らくは地下深くに潜む、シャングリラを燻り出し、攻撃するためのもの───。
それをシンは感じとっていた。
このまま戦うか、それともブルーをシャングリラへと戻すか。
どうすべきか、シンは一瞬で判断した。
人間に傷つけられる気は毛頭ないが、腕の中の存在を万が一にも危険には晒したくなかった。
「すまない、ブルー。シャングリラに戻るよ」
「え……っ!?」
突然シンにそう告げられて、ブルーは戸惑った。
と同時に周囲が揺らぎ───次の瞬間、ブルーとシンは惑星アルテメシアの成層圏ではなく、シャングリラのブリッジにい
た。
ブルーは初めて足を踏み入れた場所だった。
ブリッジに立ち入りが許されている者はミュウの中でも限られており、関係者以外の入室は禁じられていた。
そこには艦内の各セクションを統括しているのだろう、ミュウたちが円形になって、それぞれの席に座っていた。
その前には曲線的なフォルムが優美な、けれど精巧な計器の数々。
室内の空間には、いくつものスクリーンが浮かび上がっていた。
初めて目にしたブリッジの様子にブルーは目を瞬かせたが、なにより驚いたのは別のものだった。
ブリッジ───そしておそらくはシャングリラ艦内中に、けたたましい警報音が鳴り響いていた。
ブリッジの中心には船長のハーレイと、そして今しがたまで彼と話していたのだろう、リオの姿があった。
二人は突然現れたシンとブルーの姿に、驚きながらも駆け寄って来た。
「ソルジャー、今までどちらへ……! アタラクシアから爆撃機が接近中です!!」
「分かっている」
ハーレイの報告にシンは短く応えると、傍らにいたリオに命じた。
「リオ、ブルーを頼む」
『分かりました』
シンの手が、ブルーの小さな身体をリオに預けた。
「ソル───」
縋るようにブルーが振り返ると、シンは微かに微笑んだ。
けれどブルーが言葉をかける間もなく、その姿はブリッジからかき消えた。
同時に、オペレーターの女性が冷静に状況を報告してきた。
「ソルジャー・シン、地上に出ました! 敵機と接触、交戦中です!」
「交戦って……戦っているの!?」
『ブルー』
青ざめるブルーの肩を、リオの手が支えた。
「君たちはブリッジから出なさい!」
ハーレイの厳しい声が飛んだ。
それに一瞬身を竦ませたが、ブルーは動こうとはしなかった。
『行きましょう、ブルー』
「でも……でも、ソルジャーが……!」
リオが促しても、ブルーは頷こうとはしなかった。
確かにブリッジにこのままいても、ブルーにできる事は何もなかった。
それでも、ブルーはその場を去る事をためらった。
『僕たちがここにいても、かえって邪魔になるだけです』
「…………」
再三リオに促されて、ブルーは緊迫した状態のブリッジからようやく退室した。
それでも不安から、ブルーはブリッジを振り返って見た。
ブルーが最後に目にしたのは、メインスクリーンに映し出される激しい爆発。
そしておそらくはシンのものであるだろう───青い光だった。
警報が鳴り響く船内を、ブルーはリオとともに船体中央部へと向かった。
「リオ、ソルジャーは……!?」
『ソルジャーなら大丈夫です。それよりブルー、僕たちも今は避難しましょう』
通常、シャングリラは地下深くに潜み、なおかつステルスデバイスでその巨大な姿を人類の索敵の目から隠していた。
けれど今日は時折、船体が微かにだが衝撃に揺れた。
爆撃機からの攻撃が近いのだ。
こんな事は、ブルーがシャングリラに来てから初めてだった。
恐ろしさを感じるとともに、もしやという疑問が胸に湧いた。
「リオ。今までもこんな風に、ソルジャーは戦っていたの……?」
『───』
リオの答えはなかった。答えないままブルーの先を走っていた。
無言のそれが、ブルーの推測を肯定していた。
恥ずかしかった。
いくら何も知らされていなかったからといって、警報が発令される度に、ブルーはそれを訓練のようだと思っていた。
何の力もない、何もできないブルーは、ただシンの無事を願った───。
その夜遅く、ブルーは青の間を訪ねた。
あれから程なくして警報は解除された。
爆撃機はすべて退け、シンは無事に帰還したとリオから知らされた。
それにブルーは安心したけれど、どうしても自分の目で確かめたかったのだ。
「……ソルジャー?」
『ブルー……?』
青の間の前で恐る恐る問えば、驚いたようなシンの思念波が返って来た。
「あの、入ってもいいですか?」
『ああ、おいで』
シンの返答を聞き、ブルーは久しぶりに青の間に足を踏み入れた。
以前来た時とまったく変わっていない、暗く静かな部屋だった。
部屋の中央のベッドには、シンの姿はなかった。
「ソルジャー?」
シンの姿のないのにブルーが不安になって室内を見回すと、青の間のさらに奥から、微かな明かりが見えた。
何だろうと思いながら近づくと、シンの姿がそこにはあった。
青の間のさらに奥に作られた小部屋。
そこでどうやらシンは着替えている途中だったらしい。常に身に付けている緋色のマントと、その髪の色と同じ金糸をあし
らった上着を脱いでいた。
黒のアンダーだけを着込んだ姿はやはり逞しい。
けれどその時、ブルーは目にしてしまった。
「ソルジャー!」
驚いてブルーはシンに駆け寄った。
アンダーを着込む時に垣間見えた、シンの上半身のあちこちには傷があった。
「怪我をされたんですか……!?」
真っ青になって心配するブルーの様子に、逆にシンは驚いた。
「怪我などしていないよ」
「でも、いま傷が───」
そう言われて、ようやくシンもブルーが心配する理由に気づいた。
「ああ……これは古傷だ」
「痛まないんですか?」
「もう100年以上前に負ったものだからね。別に今日の戦闘のためじゃない」
アンダーの上から胸の傷に手で触れながら、シンは自嘲気味に微笑んだ。
けれどその笑みは、ブルーを安堵させた。
「……よかった……」
ため息とつぶやき。
同時に───シンを見上げる青い瞳から、涙が零れた。
「ブルー?」
「す……すみません。安心したら、なんだか───」
ブルーは慌てて俯き、手の甲で涙を拭った。
泣くなんて恥ずかしいと思いながら、拭っても拭っても涙は止まらなかった。
シンの無事な姿を確認できて、気が緩んだ。
「ソルジャーが無事で、よかった……」
「───……」
一人涙を零し続けるブルーの姿を、シンは無言で見つめた。
ブルーから青の間にシンを訪ねて来たのは初めてだった。
そしてその来訪の理由が、まさかシンの身を案じたからだとは、シン自身も思ってもいなかった。
「……ありがとう」
いまだ涙の止まらぬブルーを、シンはそっと抱き締めた。
「……君は、優しいね」
つぶやきながら、その胸に抱き寄せた。
ブルーもシンにしがみついてきた。
まるでシンの無事を確認するように。
シンはブルーのその淡い色の金髪に、そっと唇で触れた。
優しい子供だと思った。
かつての「彼」を彷彿とさせるほど、優しい。
君が消えてしまったその時には、この胸が痛みそうなほどに───。
久しぶりの更新です。たったこれだけですが、ようやく、ようやく書けました〜。
やはりオンとオフの両立は難しいですね。
またオフ原稿に取りかかる前に、さくさく更新したいものです。
あー、でも頭の中で一人で妄想していたシーンを書けるのは嬉しいです〜v
なんというかすっきりしますね。さっぱりというか。
今回の泣いてしまう子ブルも、ずーっと書きたかったシーンのひとつです。
私に文才があれば、シンをカッコよく、そして子ブルを健気に書けるのですが……今はこれが精一杯〜(−−;)>
2008.05.30
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