exceeding thousand nights ・14



   人類との戦闘があった翌日、シャングリラの一室でソルジャー・シンと長老たちが顔を揃えていた。
   ブリッジの近くに設けられているミーティング・ルーム。週に一度は定例会議が設けられていたが、今日のそれは急遽開
  かれたものだった。
   以前は───先代の長の時には、その弱った身体を思いやって、会議は青の間で開かれるのが常だった。
   けれどシンがソルジャーとなってから、それが青の間で行われる事はなかった。
   ミーティング・ルームは30人以上は入れるだろう広さを誇っていたが、室内にいるのは5人だけだ。
   ソルジャー・シンと長老たち───ハーレイ、ヒルマン、エラ、ブラウだった。
   シンだけ皆から少しだけ距離を取り、各々普段着席している席に座っていた。
   ゼルだけは自室から、思念波のみで会議に参加していた。ここ数年、足腰の弱ってきたゼルは、直接会議に参加できな
  い事が多くなっていた。
   けれど、それも無理もない。
   ミュウの寿命は人間のおよそ3倍。その外見は自分の望む年齢で時を止められた。
   実際、シンも長老たちも、その外見だけは100年前と少しも変わらなかった。
   とはいえ長老たちの年齢はおおむね270歳。ゼルのように、身体に衰弱の兆候が現れ始めた者もあった。
  「やはり人間たちに、我らの存在を気付かれたのでしょうか」
  「そう考えるのが妥当だろうね」
   不安そうにつぶやいたエラに、ブラウが答えた。
  『あの者の成人検査を妨害したからじゃ。あれでユニヴァーサルに我々の存在を感づかれたに決まっておる!』
   身体が弱ってきたとはいえ、その気骨までは弱っていないゼルが、自室から猛々しい思念波で叫んだ。
  「そうかもしれない。だが、今さらそれを言っても仕方がない」
   船長のハーレイが苦々しく、けれど冷静にゼルに語りかけた。
   会議の議題は、ミュウに対する最近の人類の動向について。 
   シャングリラはもう100年以上、アタラクシア郊外の荒野の地下深くに潜んでいた。
   遥か昔に起こったミュウと人類との大規模な戦いの折、人間たちはミュウを母船ごと破壊したと思い込み、その後シャン
  グリラに索敵の手が伸びる事はなかった。
   それが今や、毎日ではないにせよ頻繁に哨戒機が飛来していた。それだけならまだしも、ついに爆撃機まで現れるよう
  になっていた。
   ステルス・デバイスが功を奏し、いまだ人類はシャングリラの位置を把握できてはいないようで、爆撃機が落とす爆弾も
  的確なものではなかった。
   人類を撹乱する意味も含めて、それらはシンがすべて破壊していた。
   しかし、偶然だと思われるが、昨日はついにそれがシャングリラの間近まで迫った。
   確実に忍び寄ってくる人類の探索の足音に、長老たちは焦りを覚え、口々に不安を訴えた。
   シンは瞼を閉じ、腕を組み、それに静かに耳を傾けていた。
   今さら話し合うも何もない事だった。
   人類には既にミュウの存在を気づかれている。そんな事はブルーを成人検査から救い出そうと決めた時点で、分かりきっ
  ていた事だった。
   それを承知でシンはブルーの元へ行ったのだ。
   長老たちもそれは分かっていたはずなのに、いざ人類の攻撃が身近に迫ると、平静ではいられないようだった。
   長老たちでさえこうなら、他のミュウたちは推してしかるべきだろう。
   シャングリラ船内には昨夜から、重苦しい空気が満ちていた。
   仕方のないことではあったが、ミュウの精神は繊細すぎた。
   口々に不安を吐露する長老たちの声を聞きながらそんな事を考えていたシンの耳に、不意にそれは飛び込んできた。
  「あの子はどうしていますか。……ブルーは」
  「もうすぐ履修すべき事はすべて終えるでしょう。優秀な子です。サイオンの方はまだ目覚めてはいませんが……」
   エラの質問にヒルマンが答えた。
   シンは瞼を開くと、その深い翡翠色の眼差しを話し続ける長老たちに向けた。
  「今後はどうする予定なのです」
  「どのセクションで働きたいか、考えておくよう本人には話してあります」
  「では、希望はまだ?」
  「ええ。私の予想ではたぶん、医療部か技術部あたりを希望すると思っています」 
   優秀な上に優しい子ですからと、普段から温厚なヒルマンはその眼差しをさらに和らげた。
   けれどそれにエラはわずかに表情を硬くした。
  「それでよろしいのですか……?」
  「それはどういう意味ですか、エラ女史」
   ハーレイがエラに訝しげに問いかけた。
  「あの子が本当にソルジャーのおっしゃる通りの存在なら、まだ学ぶべき事は山ほどある筈です」
   普段はどちらかといえば控え目なエラだったが、思うところがあったのか、珍しく饒舌だった。
  「帝王学、哲学、倫理学、宗教学、政治学……まだまだたくさんの知識が必要です。いずれソルジャーとなるなら───」
  「彼はソルジャーにはさせない」
   熱っぽく語るエラの言葉を、シンの冷たい声が遮った。
   驚いた長老たちが見れば、シンの厳しい眼差しと視線があった。
   どこか怒りさえも湛えたようなその様子に、長老たちの誰しもが───別室いたゼルでさえも、背筋に薄ら寒いものを感じ
  た。
  「それは、本気ですか……?」
  「ああ」
   いち早く脅えを払拭したのは、長年シンの片腕を務めてきたハーレイだった。
  「だったら何故、あの子を成人検査から救い出したのですか?」
   ブルーを成人検査から助け出す事によって、シャングリラを───ミュウの同胞すべてを危険に晒す可能性があった事
  は長老たちも分かっていた。
   それでもシンの意思に従ったのは、ブルーが何者にもかえ難い存在だったから。
   シンにとってはもちろん、ミュウにとっても、長老たちにとっても。
   今は一般のミュウと変わりなく過ごさせていたが、ミュウとして目覚めたその時は、いずれまたミュウを導くソルジャーになる
  存在なのだと、ハーレイもそう信じていた。
   けれどシンは低い声でそれを否定した。
  「地球には、僕が連れていく。それでいいだろう」
   ハーレイの質問には答えずに、シンは言った。
   だから余計な口は挟むなと、暗にシンは命じていた。
  「……ですが、ソルジャー」
  「もう二度と、彼にそんなものは背負わせない」
   なおも食い下がろうとしたハーレイに、シンは重々しい声で告げた。
   長老たちは押し黙り、誰ひとり反論できなかった。
  「……そんなものを継ぐのは、僕だけでたくさんだ」
   そう言い捨てて、シンはその背の緋色のマントを翻した。
   静まり返った部屋を、シンは一人後にした───。
 



やーっと一通り、登場人物が出せました。
しかし書きながら、だんだんプロットから遅れています…。
おまけに大筋は変わりませんが、当初考えていたものと多少エピソードが前後しそうです。
もう一度、プロットきりなおした方がよさそうな予感。
読み直すと、どう見ても3話分くらいになりそうなのを、1話分で予定してますしね……。

それから念のために、一つ注意書きを。
シン×子ブルは幸せなのがいい! 子ブルーが酷い目にあうのは耐えられない! という方は、今後はご注意ください。
なんといいますか、私も幸せなのは大好きですが、同じくらい(精神的に)痛い話が大好きなもので。
そんなにすぐではないですが、まあそのうちいろいろと……。
子ブルはちょっとだけ可哀想になるかもしれません〜(^^;)



2008.06.03





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