exceeding thousand nights ・17



   半日だけだがシンの側にいるようになって、まずブルーが驚いたのはシンのその多忙さだった。
   ミュウの長というだけあり、シンのところへは様々な議題や問題が常に寄せられていた。
   シャングリラに来た当初、ただ船内で悠然と過ごしていた時には気がつかなかったが、例えばこの船の航行を維持する
  だけでも、日々たくさんの問題やトラブルがある事をブルーは初めて知った。
   シンはそれにいつも表情も変えずに、最善と判断した指示を出していた。
  『ソルジャー、技術部からフレッチアへのステルス・デバイス搭載の件で、報告があります』
  「問題が起きたのか?」
  『はい、どうやら機体の安定性が───』
   シンとリオの二人は淀みなく話を続けた。
   ブルーはリオの一歩後ろに控えて、それを一生懸命聞いていた。
   ブルーには二人の会話の半分くらいしか話が分からない。
   けれど今はとにかく見るもの聞くものをすべて記憶しようと、ブルーは決めていた。
   すぐにリオのようにはなれなくても、いつかそうなれたらいいと願って。
   そのためにも今の自分に出来る事をやるだけだった。
   長年シンの補佐をしているというリオは確かに有能だった。
   各部署からの連絡を手際よくまとめ、シンに報告し、判断を仰ぐ。
   時にはシンの代理で、問題の起こったセクションへ一人で赴く事もあった。それだけシンやミュウの皆からの信頼が厚
  いのだろう事は想像に難くない。
   この数ヶ月、リオはずっとブルーと一緒にいてくれた。その日々を改めて振り返っても、リオの存在は本当に心強かっ
  た。
   けれどそれはシンにとってかなり不都合があったのではないかと思う。
   リオにはもちろんシンにも、ブルーは改めて感謝していた。
   そして、散発的だが人類からの攻撃も相変わらず続いていた。
   その度にシンは一人、シャングリラの外へ戦うために赴いた。
   そんな時、ブルーはとても不安で、そして情けなかった。
   もしも自分にシンやトォニィたちのようなタイプ・ブルーの力があったらと思わずにはいられなかった。
   けれど同時にそんな力を持っていたとしても、果たして自分が人間と戦えるのかとも思う。
   いまだミュウとしての自覚があまり持てないブルーにとって、やはり人間は近しいと思える存在のままだ。
   数ヶ月前までアタラクシアで暮らしていたブルーが、人間と戦う事ができるのか。
   思念波さえ扱えないブルーには必要のない心配かもしれなかったが、時折考えてしまう事があった。


   ───と、シンとリオの話には結論が出たようだった。
  「では、そう指示しておけ」
  『はい。……ブルー、連絡をお願いできますか』
  「あ、はい!」
   リオはブルーにも出来る事は、努めてブルーに任せるようにしてくれた。
   それはブルーが無力感を感じないようにとの配慮だった。
   ブルーはすぐに通信回線を開くと、戸惑う事もなく技術部の責任者を呼んだ。
   躊躇ないその様子を無言で見つめていたシンに、リオが説明をした。
  『ブルーはもう、シャングリラの全員の名前と所属セクションを覚えたそうですよ』
  「本当か……?」
   リオの言葉にシンは少々驚いた。
   シンがブルーに己の補佐につくように言ってから、まだ四日目だ。
   優秀な子だとは思っていたが、思念波も使わずにとはシンにも予想外だった。
   技術部の責任者と話すブルーを見つめるシンに、リオは言った。
  『ソルジャーのお役に立ちたいと、必死なのでしょう』
  「───……」
   シンの返事はなかった。
  「それでは、お願いします」
   通信を切ったブルーが向き直ると、シンとリオの視線が自分に注がれていた。
  「あの……?」
   何かミスをしたのだろうかとシンに問えば、そうではないとシンは首を横に振った。
  「本当に君はもう、この船の全員を覚えたのか?」
  「はい。でも、まだそれだけですけど……」
   それは今日、リオにだけ話していた事だった。
   リオに視線を移すと、にっこりと微笑まれ、ブルーは何も言えなくなってしまった。
   改めてシンを見上げると、シンはどこか不機嫌そうな表情をしていた。
  「無理をする事はないよ、ブルー」
  「無理なんかしてません」
   シンがそうつぶやいたけれど、ブルーは慌ててそれを否定した。
   それは本当の事で、確かに大変ではあったけれど、不思議な事に苦でも何でもなかった。
  「早くそれくらい覚えないといけないと思ったし……。それにどんな人がどんな仕事をしているか知って、こんな言い方は不
  謹慎かもしれないけど、楽しかったくらいです」
   できる事はまだほんの少ししかない。
   それでも少しずつでも、シンの手助けができるようになれればいい。
   ブルーはそう心から願い、そのための努力は惜しまないと決めていた。
  「そうか……」
   ブルーの言葉には嘘はないようだった。
   シンは薄く微笑むと、その手でブルーのプラチナブロンドの髪を撫でた。
  「君がいてくれて、心強いよ」 
  「ソルジャー……」
   優しい手に、そしてシンの言葉に───ブルーは嬉しそうに笑った。



お待たせしたのに少ししか書けませんでした。すみません〜。
どうしようかなと迷っていたのですが、待っていて下さる方がいらっしゃったのでシンの出てくるエピソードを先に書いてみました。
そしてそろそろプロットを切りなおさないといけない感じ…(ーー;)
いえ、話の筋もラストもばっちり決まってますが、またまたエピソードが増えたので、ちょっと整理しないと書きづらくなりそうで。
ちなみにラストは、シャングリラが惑星アルテメシアを離れるところで終わります。
その時のメンバーはまあ……ですけどね。



2008.07.13





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