exceeding thousand nights ・18



   シンの補佐をと命じられてから、ブルーは空いた時間は極力、シャングリラ船内を回るようにしていた。
   以前は皆からの視線が気になって、必要がある時以外は極力歩き回らないようにしていた。
   それが例え好意的な、悪意に満ちたものではなかったとしても、やたらと注目されるのは気分のいいものではなかった
  からだ。
   けれど今はそんな事は言っていられない。
   今日も一日を終え、青の間を下がり夕食をとった後、眠るまでのわずかな時間であったがブルーは一人で目的の場所に
  向かっていた。
   シャングリラにはどんなセクションがあってどんな名前の人がいるのかはもう把握したけれど、実際にどんな仕事が行われ
  ているのか、それを知っておきたかった。
   シャングリラは巨大な船で、数え切れないほどの様々な仕事があった。いくら回ってもまだ足りなかった。
   シンはもちろん、リオやハーレイも、きっとすべてを熟知している筈だ。
   シンの役に立ちたい。シンを助けるためにも、知識や情報は少しでも多い方がいい。
   その一心がブルーを突き動かしていた。
   ある日は医療セクションに、またある日は食糧庫にと、様々なセクションに行ってみた。
   もちろんそこが忙しそうな時はすぐに帰ったが、行く先々でブルーは好意的に迎えられた。
   今日はシャングリラ内の重要な場所の一つ、機関室へやってきた。
   しかし機関室の入口の巨大な扉には、「関係者以外立ち入り禁止」との表示があった。
   機関室はいわばシャングリラの心臓部だ。
   そこがどんな場所なのか見てみたかったけれど、仕方なくブルーは帰ろうとした。
   そこにちょうど、機関室で働いているのだろう一人のミュウがやってきた。
   外見的な年齢でいえば中年にさしかかったその男性は、ブルーを見つけて一瞬、驚いた顔を見せた。
  「これはソ……いえ、ブルー。どうかしたんですか?」
   しかしそれをすぐに消し去って、ブルーに笑顔で話しかけてきた。
  「ちょっとだけ見学させてもらいたかったんですけど、僕は関係者じゃないので……帰ります」
  「それは光栄です。貴方なら構いませんよ、さあどうぞ」
  「え……?」
   思いがけずにあっさりと、ブルーは機関室の中へと通された。
  「わあ……!」
   機関室の中は巨大なスペースがあった。
   そこに美しいフォルムで形作られた、たくさんの計器や機械があった。
   なのに勤務する者の数は驚くほど少ない。
   数人のミュウがブルーの姿を見つけて驚いた顔をしていたが、機関室の内部に夢中になっていたブルーはそれに気づか
  なかった。
   目を丸くするブルーに、傍らのミュウはあれこれと説明してくれた。
  「あの中央で青白く輝いているのがエンジン炉です。そして天井にあるのが超高速ドライブへの伝達機です」
  「すごい……」
   ブルーは専門的な知識はまだ学んでいないが、それでも一目でミュウの持つ科学力が人間のそれよりも上をいくのだろ
  うと感じられた。
  「この機関室の責任者は、ゼル老師ですよね」
  「はい。最近は体調を崩されがちで、それでもこちらには週に一度は顔を出されて怒鳴られていきますよ」
   思いがけない軽口に、ブルーもおかしくなって笑った。
   ゼルとは直接話した事はないが、彼の気難しさはブルーもリオから聞いて知っていた。
   その後もしばらく、ブルーは機関室で様々な説明を一生懸命聞いた。
   会う人、知る事柄、すべてが初めてで珍しく、ブルーには二重の意味で興味深かった。
   ブルーと会うとなぜか皆一様に驚いたが、それでもすぐに笑顔で声をかけてくれる。
   一時はその好意的な態度に訝しさを感じもしたが、今はそれが有り難かった。
   そんなブルーの行動は、時を置かずにリオ───そしてシンの耳にも入る事になった。


   船内を回り自室へと戻る前、ブルーは必ず展望室へと立ち寄るようになっていた。
   いつの間にかここが気に入っていた。
   部屋の壁一面が透明な強化ガラスで覆われたそこから見えるのは、相変わらず暗闇と岩肌だけだった。
   ミュウの皆は見飽きているのだろうか、この場所で他の者に会う事はなかった。
   ブルーは毎夜ガラスの前に一人立ち、外を眺めた。
   肉眼では無骨な岩肌しか見えなかった。
   けれどブルーは以前、シンが見せてくれた宇宙をそこに思い描いた。
                        
そら
   美しい星々の輝き。無限に広がる宙───。
   いつかこのシャングリラもこんな地の底ではなく、あの宇宙を航行する日が来たりするのだろうか。
   地球を目指すその日には、自分はどうしているのだろうか。
   ちゃんとシンの役に立てるように、一人前のミュウになっているのだろうか。
   いや、ならなくてはいけないのだ。
   そうでなければ、シンの助けになどなれる筈がなかった。
   ブルーがそんな事を考えていると、ふと小さな呼びかけが聞こえてきた。
  『……ぶるー』
  「え……?」
   それはとても小さな「声」だった。
   慌てて周囲を見回しても誰の姿もない。
  『ぶるー』
   もう一度呼ばれて、今度はブルーは振り返った。
   すると展望室の入口の床に、小さな影があった。
   それは一匹のナキネズミだった。
  「……レイン?」
   しばらく前に知り合った小さな友達。
  「レイン、久しぶりだね」
   嬉しくてブルーはレインに駆け寄ろうとした。
   けれどレインはどうした事か、ブルーを待たずに展望室から走り出した。
  「レイン?」
   驚いたブルーは慌ててその後を追った。
  「レイン、待って!」
   ブルーが呼んでも振り返らない。
   以前はブルーがついてくるよう立ち止まり、導いてくれたレインだった。
   そのおかげで天体の間にたどり着いた。
   けれど今日のレインは一度も足を止めずに走り続け、ついにブルーの視界から消えてしまった。
   レインの走り去ってしまった廊下で、ブルーは一人立ちつくした。
  「どうしたんだろう……」
   まるで何かに脅えて逃げるように、レインは行ってしまった。
   ブルーはレインを、そしてフィシスの事を思い出していた。
   一度だけ訪れた天体の間で出会った美しい女性。
   とても美しい銀河の映像を───そして地球を見せてくれた人。
   ブルーはどうした事か倒れてしまって、あの日からフィシスに会った事はなかった。
   結局倒れた原因も分からなかった。
   けれど、やはりその事を思い出そうとすると、どうしてかブルーは恐怖に似たものを感じた。
   だから地球の事もフィシスの事も、極力考えないようにしていた。
   でも忘れた事などなかった。
  「フィシス、様……」
   あの天体の間で、彼女はどうしているのだろうか。
   周囲の変化に忙殺されて、なかなか足が向けられなかったけれど、明日は天体の間に行ってみようと、ブルーは心に決
  めた。




お久しぶりのシン子ブルです。
ちょっと短めですけど、ようやくの更新です。
すっかり夏祭り妄想で頭がただれていたので、プロットを読み直し、ついでに修正したりしました。
シリアスを書くのも約一ヶ月半ぶりで、自分的には何だかやけに新鮮です(^^;)
できるだけサクサクと更新したいと思っているのですが……。
次回はシンも登場予定です。


2008.08.25





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