exceeding thousand nights ・19



  「ブルーが……?」
  『はい』
   青の間でリオからの報告を受け、シンはその秀麗な眉を顰めた。
   ブルーが毎晩、シャングリラ船内のあちらこちらを歩いて回っているなど、シンは初めて知った。
  「なぜそんな事を……」
  『お分かりになりませんか?』
  「……ああ」
  『先日お話したのと同じ理由だと思います』
  「───」
   リオの言葉にシンは口を閉ざした。
   困ったような、怒っている風にも見える様子で、黙り込んでしまった。
   その様子を見つめながら、リオは内心でやはりシンは今はもうブルーを思念波で追ってはいなかったのだと確信した。
   それに気づいたのは、周囲からブルーの行動を聞く前に、シンから何も言われなかったからだ。
   思念波を使ってブルーの行動を把握してさえいれば、もうとっくにシンは何らかの指示をリオに出していた筈だった。
   ブルーがアタラクシアにいた当初、そしてこのシャングリラに来てすぐは、シンは思念波で常にブルーを視ていた。
   何があってもすぐに対応できるように───ブルーを守るためにと。
   それが最近はそうしてはいないようだった。
   どういった考えの変化からなのかまでは分からない。
   長年一緒にいたリオにも、最近はシンの真意を測りかねる事がままあった。
  「失礼します」
   と、そこにちょうどブルーがやってきた。
   毎日、ブルーは自室へ下がる時に、必ずシンに挨拶をしてから帰っていた。
  「あの、今日はこれで失礼してもいいでしょうか」
   いつもブルーがそう問うと、シンは微笑んで了承の返事をしていた。
   けれど今夜は違った。
   シンはどこか厳しさを感じさせるような、苦々しい表情でブルーを見つめていた。
   それにブルーも微かな異変を感じて、青い瞳を瞬かせた。
  「ソルジャー……?」
  「……ブルー」
  「はい?」
   シンが名前を呼んでくれた事に、ブルーは少しだけ安堵した。
   けれど続けて問われた言葉に、少しだけ戸惑った。
  「このところ、船内のあちこちで君の姿を見かけるという報告があるんだが、本当かい?」
  「あ……はい、本当です」
   ブルーが戸惑ったのは、シンのせいだった。
   シンの態度は、少なくともブルーのその行動を喜んでいる風ではなかった。
  「どうしてそんな事を? 君だって訓練と仕事で疲れているんだから、早く休めばいい」
  「でも、少しでも早くこの船の事を全部、覚えられたらと思って……」
  「そうか……」
   ブルーの返事に、やはりシンは喜びはしなかった。
   それがひどくブルーを不安にさせた。
  「あの……いけませんでしたか?」
   ブルーはシンを見上げたまま、恐る恐るといった風に訊ねてきた。
   その瞳に困惑の色が浮かんでいるのにシンは気づき、すぐに表情を変えた。
  「いや、君は本当に熱心だね。……嬉しいよ」
   シンは微笑みながら片手を伸ばし、ブルーの髪を撫でた。
   グローブ越しの手からはぬくもりは伝わらなかったけれど、その優しい仕草はいつものシンと変わらない。
   プラチナブロンドの髪を撫でられて、ブルーは少しだけ安堵した。
   だからシンの問いかけに、笑顔で答えた。
  「今夜もかい?」
  「はい。今夜は天体の間へ行ってみようと思ってます」
   ブルーの返事に、シンの手が止まった。
  「フィシスに会いに行くのか……?」
  「はい。以前倒れてからそのままにしてしまって、お詫びも言いたいし───」
   そう答えたブルーは、シンの表情が今までになく冷たく変化している事に気づいた。
   昏く凍てついた深い翡翠色の眼差しがブルーを射た。
   一瞬、ブルーの背筋に冷たいものが走った。
  「あの、ソルジャー……?」
   何がシンの気に障ったのか訳が分からないまま、ブルーはそっとシンを呼んだ。
   シンはゆっくりと一度、瞼を閉じた。
   そして、すぐにブルーをその瞳に映した。。
   その面ざしはいつも通りの───冷静だけれど優しくもあるシンだった。
   シンは殊更優しい声音で、ブルーに言った。 
  「僕も行こう」
  「え?」
  「また君が倒れでもしたら大変だ」
  「でも……」
   ブルーはシンの申し出に戸惑った。
   ソルジャーとしてただでさえ忙しいシンを、ブルーの事で煩わせたくはなかった。
   そんなブルーのためらいを、シンは一蹴した。
  「僕もしばらくフィシスには会っていないし、一緒に行こう。いいね」
  「あ……はい」
   そう言われてしまっては、もうブルーには何も言えなかった。
   シンは影のように後ろに控えていたリオに、振り向かないまま告げた。
  「リオ、今日はもう下がっていい」
  『分かりました、ソルジャー』
   事の成り行きを側で見守っていたリオは、その命令に従った。


   ブルーを連れて、シンは青の間を出て行った。
   同時にリオも青の間を退室し、けれど少し歩いた廊下の途中でふと振り返った。
   天体の間に向かうために共に歩くシンとブルーの後ろ姿を見つめながら、リオの胸中には様々な思いがあった。
   シンに問いたくて、けれど問えないこと。
                          
よりまし           
   シンにとってブルーは、やはりただの依巫でしかないのか。
   彼の人を蘇らせるための器でしかないのか。
   けれどとても、それを口にする事はできなかった───。 



お久しぶりのソルジャー・シンです。
最近ワルイムシンばかり書いていたので、シリアスなシンを書くのがすご〜い新鮮です(^^)
てゆうかシリアスというか、性格が悪いというか黒いというか……。

先日ふと気づいたこと。
この話はシン子ブルと銘打って書いてて、それはそうなんだけど、ある意味シンブルでもあるのかと今さら気がつきました(^^;)
私の頭の中では最初は確かに「萌えシリアス」のつもりで書いてたのに、いつのまにか「シリアス」に近くなってきました。
だってなかなか萌えシーンが書けないし〜。
最初のプロットでは「子ブルの頬に感謝のチュウ」とかあったし、シンはスキンシップ過多なイメージがあったのに、書いてるうちに少しずつシンの性格が変わってきました。性格が固まってきたとも言いますが。
おかげで最初の予定より、子ブルにあんまり手を出してくれなくなっちゃって……。
話の流れ的にはそれでいいんですけど、シン子ブルのいちゃいちゃシーンが書けないのがストレスです〜(−−;)



2008.08.28





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