exceeding thousand nights ・ 3
一瞬の出来事だった。
「……!?」
ブルーが気づいた時には、美しい銀河を映すはずのプラネタリウムの室内は、見知らぬ場所へと変わって
いた。出口も見当たらない、閉鎖された空間だった。
そしてその空間の中央には、初めて目にする不思議な形をした巨大な機械が在った。
その機械は女性を模した声で、ブルーに語りかけてきた。
「ようこそ、ブルー! 私はコンピューター・テラズ9のうちのひとつ、テラズ・ナンバー5です。これよりあなた
の成人検査を始めます」
「!」
これが成人検査なのかとブルーは驚いた。
目覚めの日に成人検査が行われる事は、幼い頃から両親や学校の教師から繰り返し説明されていた。
けれどそういえばそれがどんな風に、誰によって為されるのかを教えてくれた人は誰もいなかった。
戸惑うブルーに構わず、テラズ・ナンバー5は告げた。
「ファーストフェイズ。記憶の消去」
「記憶の……消去?」
「消去開始」
ブルーの問いかけには答えず、無情に言い渡された宣告。
と、同時に強烈な重圧がブルーの頭に圧し掛かってきた。
「───アッ!?」
そのあまりの苦痛、痛みさえ感じるほどの精神的な圧迫。
それがテラズ・ナンバー5の思念波エネルギーとも分からず、ブルーはただ感じる苦痛に頭を両手で押さえ
た。
『これが……成人検査?』
苦痛に呻いても、叫んでも、その重圧は少しも消えない。それどころかますますブルーを苛んだ。
「無駄な記憶は捨てなさい。大丈夫、何も怖がる事はありません」
『捨てる……? ママの事も、パパの事も、友達も、今までのすべてを……?』
「あなたはまったく新しい一個の人間として生まれ変わるのです」
テラズ・ナンバー5の思念波が強制的に、ブルーの14年間の記憶を消そうとした。
『僕、は───……』
消していこうとした───その時。
『そうはさせない』
ブルーの脳裏に誰かの声が響いた。
それと同時に、ブルーを襲っていた精神的な重圧が消え失せた。
安堵のため息をつくとともに、いつの間にか自分のすぐ目の前に人が立っているのに気づいた。
「……!?」
驚きながら目をやると、まず目に入ってきたのは鮮やかな赤だった。
緋色のマントを纏った青年が、ブルーを守るように立っていた。
後ろ姿のため、顔は見えない。
分かるのはその髪が金髪である事、両耳に何かを装着している事、そしてブルーよりもはるかに逞しい、
大人の男性という事だけだった。
不思議な事にその身体は青い光に包まれ、その光はブルーをも包みこんでいた。
その人は振り向かないまま、ブルーに呼びかけた。
「記憶を手放すな、ブルー!」
『この声は……!』
それは、聞き覚えのある声だった。
何度も何度も繰り返し夢の中で聞いた、あの声だった。
同時刻、ユニヴァーサル・コントロールはパニック状態に陥っていた。
「強力なサイオン反応探知、タイプ・ブルー!!」
「タイプ・ブルーだと!? まさかミュウが……!?」
コントロール室からの報告に、アタラクシア市長は動揺を隠せなかった。
同席していたユニヴァーサル・コントロールの所長は、市長よりも冷静に指示を出した。
「公園一帯を緊急閉鎖! 保安部隊は緊急出動せよ!」
成人検査でのこんな騒ぎはもう一世紀以上、起こってはいなかった。
「有り得ない……。ミュウはすべて処分してきたというのに」
「まさか、まだこのアルテメシアに居たというのか?」
顔色を真っ青にした市長の言葉に、所長がつぶやいた。
予想もしていなかった事態に愕然としながら、市長たちはブルーの成人検査の成り行きを見守った。
「消えなさい! お前は邪魔です、消えなさい!」
まるで呪詛のように、繰り返されるテラズ・ナンバー5の声。
突然現われた青年は、テラズ・ナンバー5からの思念波攻撃をすべて防ぎ、小柄なブルーの身体を守るよ
うに片手で抱き寄せた。
「僕にしっかりつかまっていろ!」
「……っ!」
目まぐるしく変わる状況を把握する事もできないまま、ブルーは言われるがまま、必死に青年の身体にしが
みついていた。
「消えなさい!!」
「お前こそ消えろ!!」
ブルーを片手に抱いたまま、青年が纏う青い光が輝きを増した。
「消───!!」
テラズ・ナンバー5の悲鳴じみた声と同時に、爆発が起こった。
青年とテラズ・ナンバー5の思念波エネルギーが衝突した結果だった。
「───……ッ!!」
ブルーには何が起こったのか分からず、ただ大音量の爆発音に小さな身体を竦ませていた。
怖くて目が開けられなかった。ただ、触れている青年に再び必死でしがみついた。
しばらくして、ようやく周囲が静まり返った。
「…………?」
恐る恐る目を開けると、濛々と煙と埃が立ち込めていた。
テラズ・ナンバー5の姿は消えていた。
代わりにプラネタリウムの室内に戻っていた。けれど室内のその座席はほとんどが吹き飛び、壁もあちこ
ちが崩れかけていた。
文字通り、何かが爆発したかのようだった。
ただ不思議な事に、周囲がそんな酷い有様だというのに、ブルーにはその衝撃も痛みも襲ってはこな
かった。
茫然と辺りを見ていると、頭上から声がかけられた。
「ブルー、怪我はないかい?」
「え……?」
驚いて顔を上げれば、深い色をした翡翠色の瞳がブルーを見つめていた。
そして次にブルーの瞳を射たのは金色の髪。ブルーとは違う鮮やかな、まるで黄金を思わせるような鮮や
かな色だった。
そして青年はとても整った顔立ちをしていた。目鼻立ちは優しげだが凛として、何より翠の瞳は強い意思を
秘めているかのように輝いていた。
その両耳はヘッドホンによく似た形の機械に覆われていた。
けれどブルーは青年を知らなかった。
記憶を辿っても、今までに会った事などない人だった。
ただ青年の声だけは知っていた。何度も何度も夢で聞いた声だった。
「どうして僕の名前を知っているの?」
ブルーの問いかけに、青年は一瞬戸惑い、そして苦笑した。
「あなたは誰……?」
そう問いかけながら、ブルーは自分が青年にしがみついたままだった事に気づいた。
慌てて身体を離そうとしたが、逆に引き寄せられた。
「あ、あの……!?」
驚くブルーの背後で、音を立てて壁が崩れた。
「ここは危険だ。いつ崩れるか分からない。とりあえず外へ出よう」
「は、はい」
訳が分からぬまま、それでも青年の言うとおりだと思ったので、大人しくブルーは従った。
けれど見知らぬ相手に、どうしても緊張してしまっていた。
それに、成人検査はどうなってしまったのかが心配だった。
崩れかけたプラネタリウムから、青年とブルーは脱出した。
安堵したのも束の間で、外も安全ではなかった。
プラネタリウムの周囲は、銃を構えた何十人もの警備兵に囲まれていた。一様に防弾スーツを着込み、その顔
はバイザー付きのヘルメットを被っているため分からなかった。
警備隊の隊長と思わしき一人が、青年とブルーを確認し、言い放った。
「タイプ・ブルーと思われるミュウ発見。ブルーをミュウと断定。どちらも不適格者として処分する」
「処分?」
驚くブルーを、青年の強い腕がさらに引き寄せた。
「処分って……」
「そんな事はさせない」
混乱した気持ちのままブルーが見上げると、青年は厳然とつぶやいた。
二人のそんな短い会話の間に、警備兵たちは構えた銃の引き金に指をかけていた。
「撃て!!」
隊長の命令とともに、何十発もの銃弾が放たれる筈だった。
けれどその一瞬前、青年の身体が青く光ったとともに、二人を取り囲んでいた警備兵たちは吹っ飛んだ。
まるで透明な何かになぎ払われたかのように、軽く30メートルは吹き飛ばされていた。
全員が公園の地べたに倒れ伏し、誰一人としてピクリとも動かなかった。
ブルーには見えなかったが、警備兵たちの装着していたヘルメットの中は、血飛沫でべっとりと濡れてい
た。
「いったい何が……」
目の前でまたも起こった不可思議な光景に、ブルーは茫然とした。
「話は後だ。行くよ、ブルー」
「行くってどこへ……!?」
ブルーは軽々と青年に抱きあげられたかと思うと、同時に周囲の風景が歪んだ。
「!?」
驚いたブルーは咄嗟にまた青年にしがみついて、目をつぶってしまった。
しばらく経っても、何の変化もない。
と、ブルーの耳元で微笑する音が聞こえたかと思うと、促されるように頭をなでられた。
「大丈夫。怖くないから目を開けてごらん」
「……?」
言われるまま恐る恐る目を開ける───と、そこにはブルーが思いもしなかった光景が広がっていた。
そこはプラネタリウムの前でも、公園の敷地内でもなかった。
草木の一本も生えていない荒野がどこまでも広がっていた。
そしてその荒涼とした地のはるか上空───空中に、青年とブルーは浮かんでいた。
「……ここはどこ? どうしてこんな風に空に浮かんでいられるの……?」
空に浮かんでいるという異常な状況なのに、なぜかブルーは恐怖を感じなかった。あまりにもたくさんの不
可思議な出来事に次々とあったため、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
「あなたは魔法使い……?」
ブルーの問いかけに、ようやく青年が答えてくれた。
「ここは“夜の半球”と呼ばれている荒野だ。あの山の向こうにアタラクシアがある」
青年が指さす先、地平の彼方に確かに山々の連なりが見えた。
では一瞬で、自分たちはこんな遠くまでやってきたのだろうか。どうして───どうやって?
そして何よりブルーが不思議に思ったのは、青年の事だった。
ブルーに語りかける声。その低く優しい声は、やはり夢の中で聞いた事のある声だった。
何度となく繰り返し夢に見た、ブルーが聞き違える訳はない。
「あなたは夢の───?」
ブルーが問うと青年は微笑んだまま、無言で肯定した。
「じゃあ、これも夢なの?」
もしかしてブルーはまだ、アタラクシアの自宅のベッドの中でまどろんでいるのだろうかと考えた。
いつもは声だけの人の夢を、初めて姿まで見る事ができたのだろうか。
そんな疑問は、ブルーが自らの頬をつねる前に青年が打ち消した。
「いいや、紛れもない現実だ」
ブルーの幼い仕草に青年は苦笑し、嬉しそうに目を細めた。
「君を迎えに来たんだ。どれだけこの日を待った事か───」
そして、ブルーは青年に抱きしめられた。
強い力で腕の中に抱き込まれて、ブルーは息が苦しいほどだった。
「あ、あの……っ」
「ああ、すまない」
戸惑うブルーに、青年は腕の拘束を緩めた。
「この荒野の地下深くに、我々ミュウの船がある」
「ミュウ……?」
それは先ほども警備兵が言っていた、今日までブルーが聞いた事もない名前だった。
「そう、我々はミュウ。君の仲間だ」
そして再びのテレポートの後に、ブルーはその船へと連れて行かれた。
船───宇宙船だと聞いていたのに、ブルーが降ろされたその場所は、船内とは思えない緑あふれる広
場だった。
そこにざっと見ても300人以上の人が集まり、ブルーと青年を迎えてくれた。
「お帰りなさい!」
『お帰りなさい、ブルー……!』
「待っていました」
『貴方のお帰りを、ずっとずっと待っていました!』
口々に、また声ならぬ思念で、人々が喜びをブルーに向けてきた。
初めて会う人ばかりなのに、中には涙を流して泣き崩れる女性の姿まであった。
「……?」
そして人々の間から、小さな何かが飛び出したかと思うと、それはブルーの胸元に飛び込んできた。
「うわ!」
飛び込んできたのは小動物だった。
ブルーが今まで見た事もない、けれどまるでリスのような子狐のような、可愛らしい生き物だった。
驚きながらブルーがその小さな動物を抱きかかえると、それはペロペロとブルーの頬を舐めた。
「こら、くすぐったいよ」
まるで小動物までもが、お帰りなさいと言っているようだった。
そして人々の間から、一人の人物がブルーと青年の前に進み出た。
がっしりした体格の、見るからにこの人たちの代表と思わせるような、厳めしい雰囲気を携えた男性だっ
た。 キャプテン
「……ようこそブルー、シャングリラへ。私はこの船の船長、ハーレイ」
シャングリラ
「理想郷……?」
「この船の名前だ」
つぶやけば隣に立っている青年が、ブルーに教えてくれた。
ハーレイは、一瞬苦々しさを帯びた視線をブルーに向けたが、すぐにそれを消し去って青年へと向き合っ
た。
「よくぞご無事で、ソルジャー・シン」
「心配をかけたな、ハーレイ。ご覧のとおり、僕もブルーも無事だ」
「ソルジャー……?」
その会話に、ブルーはまじまじと青年を見上げた。
いま耳にしたのは、もしかしたら青年の名前なのだろうか。
その真っ直ぐな視線に何か気付いたのか、青年は改めてブルーに向き直った。
「そういえば君にまだ名乗っていなかったね」
青年は手袋をはめた手を、そっとブルーの頬に伸ばした。
「僕はミュウの長、ソルジャー・シンだ」
「ソルジャー・シン……」
ブルーに名前を呼ばれて、シンは満足そうに微笑んだ。
なんだか最近、ジョミーはもちろん好きなのですが、ソルジャー・シンがもっと大好きです。
ジョミー=シンだし、もちろん一番はブルーなんですけどね。
ソルジャー・シンを見上げる子ブルというのは、ささいな事ですが個人的にはなかなか萌えです。
そういえばアニテラで、ソルジャー・シンがテラズ・ナンバー5を破壊する時、アンダー・グラウンド・コースターの
地下に潜りましたよね。
あれを見た時、もしかしてここでしか成人検査はできないのかな?とも思いました。
まあそんな訳はないんですが、そうともとれちゃう描き方というか。
もしもあそこでしかできないのだったら、ちょっと面白いかも。
「ただいま成人検査の列は二時間待ちとなっておりま〜す!」とかね(^^)
2008.03.20
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