exceeding thousand nights ・21



   ブルーは午前中の予定を終えて、昼食をとるために食堂へとやってきた。
   レインは昨夜からブルーの側を離れない。今もブルーの肩に乗っている。
   カウンターでトレイにのせられた一人分の食事を受け取る、と厨房内にいた中年女性がブルーに声をかけてきた。
  「待って下さいな。これもどうぞ」
  「え? あの……」
   それはコップに入った一杯の牛乳だった。
   ブルーのトレイには既に牛乳があった。戸惑うブルーに、女性は笑顔で言った。
  「お仕事頑張っていらっしゃると聞いたので」
   そして小声で、他には内緒ですよと囁いた。
  「ありがとうございます……」
   自分はまだ大して役に立っていないとは思うけれど、その好意にブルーは戸惑いながら礼を言った。
   まさか牛乳が嫌いだとも言えずに、ブルーはトレイに食事と二杯の牛乳をのせてカウンターを離れた。
   シャングリラは三交代制のシフトをとっていたが、やはり昼の食事時は一番混む時間帯だった。
   広い室内に整然と並べられたテーブル席はたくさんの人で埋まっていた。
   空席を探して食堂内を見渡していたブルーに、突然声がかけられた。
  「ブルー、こっちよ!」
   声のした食堂の隅に目をやると、一人の少女が席を立ち、ブルーに手を振っていた。
   黒髪を二つに結ったアルテラだった。
   ホッとしてアルテラの元に歩み寄ると、アルテラの前の席にはトォニィが、そしてその横にはタキオンとタージオンの姿
  もあった。
   トォニィとケンカをして、とりあえず和解してから、なんとなくブルーはこの四人と親しくなった。
   専らこうして昼食を一緒にとるだけだったが、皆でとる食事の時間は楽しかった。
   トォニィとの間にはまだ微妙な距離があるが、ケンカをする事もない。
   ブルーを一瞥した後、黙々と食事を続けるトォニィの斜め向かい、アルテラの隣の空席にブルーは座った。
  「今日は遅かったのね、ブルー」
  「うん、ちょっとね。いただきます」
   テーブルにトレイを置くと、レインはブルーの肩から降り、トレイの横にちょこんと座った。
   食事を始めたブルーに、タキオンが声をかけてきた。
  「なんでレインが一緒にいるんだ?」
  「昨日、天体の間に行ってからついて来て離れないんだ」
  「午後も? そいつを連れて仕事するのか」
  「う〜ん……」
   タキオンに問われて、ブルーは食事をしていた手を止めて、しばし考え込んだ。
   午前中のサイオン啓発の時間はともかく、午後の仕事にまで連れて行くのはまずいような気がした。
   ブルーはレインに視線を向けた。
  「レイン、午後はフィシス様のところに行っててくれる?」
  『ウン』
   ブルーが頼むと、レインは素直に了承してくれた。
   安堵したブルーは食事を続けた。
   二杯もある牛乳は飲むのに苦労したが、それでもせっかくの心遣いを無駄にしたらいけないと、ブルーは少しずつだが頑
  張って飲んだ。
   しかしちょうど二杯目の牛乳に口をつけた時、アルテラから問われた内容にブルーはむせそうになってしまった。 
  「訓練の方はどう?」
  「……!」
  「少しは変化があったの?」
  「それは……」
   そう聞かれても、言えるようなさしたる成果は相変わらずなかった。
   だからこそ根を詰めて、結果として今日は食堂に来るのが遅れてしまった。
   困り顔のブルーの様子に、タキオンが笑った。
  「なんだ、相変わらずか」
   タキオンだけでなく、アルテラにもタージオンにも笑われた。
   でも責められたり落胆されるより、笑い話にされた方がブルーには気が楽だった。
  「それにしてもよくやるよね、ブルーも」
   タージオンが笑いながら、半ば呆れたようにつぶやいた。
   成果の出ない訓練なんか投げ出してしまってもおかしくないのに、ブルーは根気よく続けている。
  「……ブルーはさ、いつかソルジャーになるの?」
  「え?」
   それは突然の問いかけだった。
   タージオンの言葉は意外すぎて、ブルーは再び食事を中断してしまった。
  「タージオン!」
  「はーい」
   アルテラがタージオンをたしなめた。
   タージオンの一言にテーブルの空気が一瞬変わったような気がした。
  「どうして僕が……。僕がソルジャーになんて、なれる訳ないじゃないか。皆みたいにタイプ・ブルーの力があるならともかく」
   何よりソルジャー・シンがいるのに。他にソルジャーなど必要ないではないか。
   そう思いながらふと、ブルーは考え込んでしまった。
  「“ブルー”か……」
   それは自分の名前であり、最強と謳われるサイオンの色。
  「名前だけ同じだなんて、偶然でも───」
  「偶然……?」
   ブルーのつぶやきに、それまで静かだった斜め向かいの席から声が発せられた。
  「偶然だと思ってるんだ?」
  「トォニィ!」
   それは食事を終えたトォニィだった。
   アルテラがトォニィを制したが、どこか皮肉めいたトォニィの眼差しは真っ直ぐブルーに向けられていた。
  「なに? どういう意味……?」
   偶然じゃないというのだろうか。
   訳が分からず、ブルーは呆然と問うたが、トォニィはもう返事をしなかった。
  「気にしないでブルー」
  「…………」
   アルテラが場をとりなすように明るく声をかけてくれたが、気にならない訳がなかった。
   先に食事を始めていたブルー以外の皆が食べ終えたのを見て、トォニィが席を立った。
  「行くぞ、みんな」
  「あ〜あ、また午後も訓練かあ」
  「訓練だけじゃつまらないよね、兄さん」
   タキオンとタージオン、そしてアルテラがトォニィに続いて席を立った。
  「じゃあまたね、ブルー」
  「うん」
   アルテラに頷いて、ブルーは四人の後ろ姿を見送ろうとした。
   しかしどうした事か、トォニィ一人がブルーの元へ戻って来た。
   椅子に座っているブルーをトォニィが見下ろしてきた。ブルーより身長の高いトォニィは、まるで年上のようだった。
  「なに……?」
   何事かと身構えるブルーに、トォニィは言った。
  「この船から早く出て行った方がいい」
  「え……」
  「このままここにいたら、いつか絶対傷つくぞ。だからそうなる前に出て行った方がいい」
   トォニィの態度は真剣だった。
   それは以前投げつけられた、意地悪な言葉とは明らかに違っていた。
   けれど言われている言葉の意味を、ブルーは理解できなかった。
  「トォニィ!」
  「じゃあな」
   食堂の出入り口からアルテラに呼ばれて、トォニィは行ってしまった。
   残されたブルーは呆然としながら、トォニィの言葉を反芻していた。
   どういう意味なのだろうか。
   この船から出て行った方がいいと言われたが、けれどどこに行けばいいというのか。
   ここ以外に、どこにブルーの居場所があるというのか。
   食事を完全に止めて考えこむブルーの脳裏に、不意にそれは響いてきた。
  『……がらわしい』
  「え?」
   思わず隣を見た。
   アルテラがいたのとは反対側のブルーの隣には、ミュウの女性が座っていた。
   彼女は立ち去って行くトォニィたちの後ろ姿を見つめていた。
   その瞳の色は厳しく、どこか怒っている風にも見えた。
   驚いてそれを凝視していると、気づいた彼女がブルーの方を振り向いた。
  「あの、なにか……?」
   彼女は先ほどまでの厳しい表情はどこへやら、ブルーには笑顔をみせた。
   それに、ブルーは何も言えなかった。
  「いえ……何でもありません」
   気のせいだったのだろうか。
   「汚らわしい」と聞こえたような気がした。
   いつの間にかレインがブルーの肩に乗っており、気遣わしげにふるりと尻尾を揺らしていた───。




なんとなくですが、さすがに話の半分くらいには辿り着いたような感じがします。
感じ、というのはプロットを立てても立てても、あれこれ追加エピソードを思いつくからです(−−;)
その度にプロットを直すのが面倒になったので、7話分ぐらいで止めて、それを書き終えたらまたプロットを…って感じにしました。
もっともストーリーは固まってるので、話自体の変更はありません。

トォニィについてちょっと。
実はアニテラ放映時、トォニィについては様々なカップリングを考えました。
個人的な王道はトォニィ×アルテラです。
でもアルテラは死んでしまったので、彼女の死後にタキオン×トォニィとか。
24話でトォニィの横にツェーレンが立ってるのを見て、この二人もありかなーとか。
ナスチルがミュウの皆から孤立していた時、ニナがトォニィを擁護しますが、この二人でもいいなあ…とか、超節操のない私(^^;)
(ニナはカリナと同じ世代ですが、まあそれはそれで……)
三角関係は避けたいので、シン(ジョミー)やブルーには絡められませんが、やはりトォニィにも幸せでいてほしいです。
でもやはりトォニィ×アルテラが一番好きですv
たぶんカカア天下みたくなるでしょう。

ちなみにこの間、うっかり半ページほど消してしまったのはこの回です。
あの時は悲しかったなあ〜。



2008.09.13





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