exceeding thousand nights ・24



   いつも通り、ブルーは訓練室でサイオン啓発の訓練を続けていた。
   心を静めて、感覚を研ぎ澄ます───。
   飽きることなく集中を続けるブルーを、部屋の片隅からレインが大人しく見つめていた。
   ブルーの訓練室のシールドは解除されていた。
   けれど一人でどれだけそうしていようと、ブルーの脳裏には何の思念波も伝わらず、またブルーの呼び掛けに応える思
  念波も何もなかった。閉じた瞼の裏にも、誰のビジョンも視えてこない。
   それでもブルーは雑念を払い、訓練を続けていた。
  「……よく飽きないな」
   静まり返った室内で、突然声がかけられた。
   驚いたブルーが瞼を開いて扉の方を振り返れば、いつの間に入って来たのかトォニィたちがそこにいた。
  「みんな……どうしてここに?」
  「こっちの訓練室のシールド制御装置の調子が悪くて、訓練は中止。いきなり時間があいちゃったの」
  「だから暇つぶしがてら、ブルーの様子を見に来たってわけ」
   ブルーの疑問に、アルテラとタキオンが答えた。
   人類と戦う事を前提とした戦闘訓練をしているトォニィたちの訓練室は、万が一にも事故が起きないように、他よりもさ
  らに強いシールドが張られていた。
   それだけトォニィたちのサイオンは強大だという事だ。
   トォニィが部屋の中央にいたブルーに足早に歩み寄ると、ぶっきらぼうな口調で言い放った。
  「僕の思念を読めよ」
  「え?」
   突然のトォニィの提案に、ブルーは瞳を瞬かせた。
  「思念波の訓練をしてるんだろ? いいから、僕の思念を読んでみろよ」
  「う、うん……」
   重ねて言われて、慌ててブルーはトォニィを前にして目を閉じた。
   必死で目の前のトォニィに集中し、彼の思念を探った。
   けれどやはり、何も読み取れはしなかった。
  「……ダメみたいだな」
   5分ほど過ぎた頃、ぽつりとトォニィがつぶやいた。
  「聞こえてないだろ」
  「……うん……」
   落胆しつつ、ブルーが力なく答えた。
  「だろうなあ。聞こえてたら怒っただろうしな」
  「?」
  「僕はいま“ブルーは年上には見えない”って考えていたからさ」
  「トォニィ!」
   ブルーが声を荒げると、トォニィはさも面白そうに笑った。
   トォニィはブルーより二つ年下だけれど、並んで立つと僅かに視線を上げなければいけない事を、ブルーは密かに悔し
  く思っていたのに。
   けれどトォニィのそれはただの冗談だという事だけは、彼の表情からブルーも分かっていた。
   だからブルーも笑った。
   そんな二人の元にアルテラたちもやって来た。
  「ブルーには思念波の扱いは向かないんじゃないか?」
  「バカねタキオン。サイオンの能力には個人の特徴があるけど、思念波はサイオンの基本中の基本でしょ」
   おどけたような口調でいうタキオンに、アルテラが鋭く指摘した。
   ミュウの特徴は「思念波を持っている」こと。
   各自のサイオン能力がどんなものであるかはまた別だが、それだけはすべてのミュウに共通する事だった。
   そのやり取りを聞いていたタージオンが、笑いながら言った。
  「もしかしてブルーは人間なんじゃないの?」
  「タージオン!」
  「もう、あんたって子は」
   トォニィが軽口を叩いたタージオンの頭を小突き、アルテラもたしなめた。
  「なんだよ、冗談だろ」
   二人から怒られたタージオンは、タキオンの背中に隠れた。
   けれどその一言は、ブルーの胸を鋭く刺した。
   もしも人間だったら───。
   シンの言葉を信じてここでこうしているけれど、確かに今のブルーは「人間」のままだ。
   もしも───もしもミュウが憎んでいる人間なのだとしたら、どうしたらいいのか。
   考え込むブルーの肩に、レインがぴょんと跳び乗ってきた。
   ブルーを励ますように、すり、と頬ずりをしてきた。
  「レイン……」
   その様子を見ていたアルテラは、ふとある事を思い出した。
  「そういえば知ってる? ナキネズミは微弱だけど思念波を扱えるのよ。この子の力を借りれば、ブルーも思念波を扱え
  るようにならないかしら?」
   アルテラの思いつきに、タージオンの後を追いまわしていたトォニィも足を止めた。それを止めようとしていたタキオンも
  だ。
  「面白いな」
  「やってみる価値はあるかもな」
   口々に賛成されて、ブルーはあらためて肩口のレインを見た。
  「レイン、力を貸してくれる……?」
  「キュウン」
   レインはブルーの問いかけには答えずに、ただブルーの頬をペロリと舐めた。


   結局その後も芳しい結果は得られなかったが、ブルーの訓練時間が終わったので皆で食堂へと向かった。
   相変わらず混み合う食堂に入った途端、ブルーはきょろきょろと辺りを見回した。
  「どうしたの、ブルー」
  「ううん、何でもないよ」
   後ろにいたアルテラが不思議そうに声をかけてきたが、ブルーは慌てて誤魔化した。
   この間、聞こえてきた声───。
   まるでトォニィたちを非難するような声だった。 
   あれは何だったのだろうか。
   けれどブルーの耳に届くのは、食堂で食事する者たちの雑多な声だけだった。
  『僕の気のせいだったのかな……?』
   きっとそうだと思いながら、食事のトレイを受け取り空席を探すブルーに、不意に声がかけられた。
  「あの……ここ空いてますよ」
  「よかったらどうぞ」
  「え?」
   突然呼び止められて、ブルーは立ち止まった。
   ブルーに声をかけてくれたのは、リオと同じくらいの年齢の数人の男女だった。
   もっともミュウは自分の意思で肉体年齢を止められるから、実際には何歳なのか分からない。
   けれど彼らはみなブルーに好意的な眼差しを向けて、自分たちの隣の空席を教えてくれた。
  「助かりました。ありがとうございます」
   ブルーは礼を言って空いている席にトレイを置いた。
   空席はまだ5つあった。これならトォニィたちも座れると安堵し、ブルーは背後を振り返った。
  「みんな、こっちが空いてるよ」
  「あ……っ」
   傍らから小さく驚きの声が上がったが、ブルーはそれに気がつかなかった。
   程なくそれぞれトレイを手にしたトォニィたちがやって来た。
  「今日はまた一段とすごい混みようだな」
  「助かったわ、ブルー」
   トォニィたちが席に着こうとしたその時、突然険しい声がかけられた。
  「……あっちへ行ってくれないか」
   その声はブルーの隣の席からだった。
   見れば先ほどブルーに優しく声をかけてくれた青年が、表情を険しくしていた。
   一緒にいた女性も、その友人らしき他のミュウたちも同じく視線を険しくしていた。
   その視線は真っ直ぐ、トォニィたちに向けられていた。
   やはり視線を鋭くしたトォニィが、それを見返して言った。
  「……なんだよ」
  「君たちと同じ席で食事はしたくない。……汚らわしい」
   冷たい言葉だった。
   それを耳にしたトォニィはもちろん、アルテラ、タキオン、タージオンも顔色を変えた。
   ブルーは一人、起こっている事態が分からなかった。
  「あの……?」
   空席を教えてもらって、一緒に食事をしようとトォニィたちを呼んだだけなのに。
   青年たちはまるでトォニィたちに対峙するように立ち上がった。
   トォニィたちも譲らず、しばらく睨み合いが続いた。
   突然の険悪な状態に、ブルーはただ戸惑った。
   そんなブルーに、先ほどの青年が気まずげに声をかけてきた。
  「貴方も彼らとは親しくしない方がいい」
  「どういう意味ですか……!?」
  「前々から皆、思っていたんです。彼らは貴方にはふさわしくない」  
   それは明らかに侮辱の言葉だった。
   トォニィたちだけでなく、ブルーも心が凍りつくような冷たい言葉だった。
  「なんでそんな……同じミュウなのにどうして───」
  「同じなんかじゃない」
  「冗談じゃない」
   彼らはブルーの言葉を口々に否定した。
   そして先ほどの青年が、皆を代表するかのようにまた口を開いた。
 
 けだもの
  「獣のように生まれてきた者と、我々を一緒になどしないで下さい」
   その瞬間───食堂内に衝撃が走った。
   いくつもの机や椅子が音を立てて割れ、数多くのトレイや食器が空に散乱した。
   そして、それ以上に数多くの悲鳴が食堂内に湧き上がった。
  「トォニィ、ダメよやめて……!!」
  「!!」
   アルテラの声にブルーは驚いて背後を振り向いた。
   そこにはトォニィが───怒りに満ちたトォニィの身体が、青い光に包まれていた。




子ブルとトォニィたちアルテメシア・チルドレン(……)を書くのは、やはりなかなか楽しいです。
ちなみに4人だけにした理由はちゃんとあるのですが、それはおいおい書くとして、二つ目の理由は7人も書くのは大変だと
思ったからです(^^;)
でも映画のナス・チルは、20人以上いるんですよね。
そんなのすっかり忘れていたので、しばらく前に映画のDVDを見せてもらった時に、「うわ多い!」とびっくりしました。
それだけいるなら、新天地を目指す気になっちゃうかもね。
映画のトォニィは昔は怖い子と思ったけど、××年ぶりに見たらすご〜い男前でした(^^)



2008.10.03





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