exceeding thousand nights ・25



   アルテラの必死の制止の声に、トォニィはすぐに我に返りサイオンの発動を止めた。
   けれど割れて砕け散った食器の破片で、数人のミュウが怪我をした。トォニィたちにひどい言葉を投げつけた者たち
  だ。
   顔や手にかすり傷を負っただけではあったが、彼らはメディカル・ルームへと送られた。
   連絡を受けて駆け付けたリオの指示だった。
   リオはトォニィにもメディカル・ルームへ来るように指示した。
   トォニィは表情を強張らせたまま、抗う様子はなかった。
   タキオンたちは部屋に帰るように言われたが、アルテラだけはトォニィの腕にしがみついて離れようとはしなかった。
   結果、怪我をしたミュウたちとリオ、トォニィとアルテラ、そしてリオに促されたブルーがメディカル・ルームへとやって
  きた。
   ドクターと看護士たちが怪我人の治療をしている間、メディカル・ルームには重い沈黙が満ちていた。
   治療が終わろうとする頃、そこにもう一人やってきた。
  「トォニィ!?」
   血相を変えてメディカル・ルームに飛び込んできたのは、トォニィの父親のユウイだった。
   リオから連絡がいったのだろう。
  「パパ……!」
   トォニィは父親を目にして、一瞬安堵したような表情をしたが、すぐに気まずげな表情で俯いてしまった。
   ユウイはトォニィの元に駆け寄ると、片膝を床について我が子の顔を覗き込んだ。
  「いったいどうしたんだ、トォニィ?」
   トォニィがサイオンで仲間に怪我をさせたと聞いて、ユウイは厳しい顔をしていたが、まずは話を聞こうとした。
  「トォニィ、言いなさい?」
  「…………」
   けれどユウイが促しても、トォニィは口を噤んだまま答えなかった。
   見かねて、トォニィを支えるように隣にいたアルテラが声を上げた。
  「トォニィは悪くないわ!」
  「アルテラ……」
   トォニィが制止するように名前を呼んだが、アルテラは構わずに続けた。
  「あいつらが先に私たちにひどい事を言ったのよ。一緒の席で食事なんかできないって。私たちが汚らわしいって!」
   アルテラの言葉に、ユウイは顔色を変えた。
   立ち上がると、既に治療を終えていたミュウたちに厳しい声で問い質した。
  「今の話は本当ですか?」
  「───……」
   ユウイの問いかけに返事はなかった。
   無言の肯定だった。
  「こんな小さな子供たちに、どうしてそんな事を───」
  「……本当の事じゃないか」
   非難するようなユウイの言葉に、ようやく答えがあった。
   答えたのはトォニィたちを中傷した者たちの中で、リーダー格と思われる青年だった。
   けれどそれは謝罪とは程遠い、更なる中傷だった。
  「自然出産なんて野蛮な行為、僕たちにはおぞましいとしか思えない」
  「野蛮な行為なんかじゃない! 僕とカリナは心から愛し合ったんだ───トォニィはその証です」
  「じゃあどうしてカリナは死んだのよ!」
   今度は女性のミュウが言い返してきた。
  「それは、自然出産には必ずリスクが伴うものだから───」
  「なにがリスクだ。そんな事をしたから、カリナは報いを受けて死んだんだ」
  「───!!」
   その瞬間、メディカル・ルームに衝撃が走った。
   衝撃に戸棚のガラスが割れて、いくつもの悲鳴が上がった。
  「な、なんだこれは……!」
   さしものドクターたちも狼狽していた。
   先ほどの食堂での出来事とまったく同じだった。皆がトォニィを見た。
   トォニィは再びその身体に青い光を纏っていた。
   そして怒りに満ちたその視線は、母親を侮辱したミュウたちに向けられていた。
   その視線の険しさに、ミュウたちが青ざめた。
   もしやこのまま殺される───身体を引き裂かれるのかと怯えるほど、トォニィの視線は怒りに満ちていた。
  「トォニィ、やめて!」
  「トォニィ!」
   アルテラもブルーもトォニィを呼んだ。
   それでもトォニィの怒りはおさまらなかった。
  「やめるんだ、トォニィ!!」
   ユウイがトォニィを抱き締めた。
   父親のユウイよりも息子であるトォニィの方が、サイオン能力は強かった。
   けれどユウイはトォニィを恐れずに、その身体を力強く抱き締めた。
  「気持ちを静めるんだ、トォニィ」
  「だって……だってこいつら、ママを───!!」
   トォニィはその瞳に涙を滲ませていた。
   自分の事を悪く言われる以上に、母親の事を侮辱されるのは、トォニィにとっては何より辛い事だった。
   それはユウイも同じだった。
  「……それでも、仲間を傷つけるためにサイオンを使うんじゃない!」
   ユウイはトォニィと真っ直ぐ視線をあわせて、静かに諭した。
  「他の誰がどう思おうと、君は僕とカリナの大事な子供だ」
  「パパ……」
  「僕も、死んだカリナも君を愛している。君と……君の弟になる筈だった子供も。同じように生まれてきたアルテラたち
  も皆、僕たちは心から愛しているよ」
   静かな───けれど温かい声で、ユウイはトォニィに伝えた。
   愛していると、何度も何度も。
   そしてトォニィはようやく、サイオンを止めた。
   その瞳からはこらえきれずに、とうとう涙が零れ落ちていた。
   トォニィの涙を拭いながら、ユウイは微笑んだ。
  「ほら、男の子が泣くんじゃない」
  「パパ……」
   トォニィはユウイに縋って泣き出した。
   ユウイは再びトォニィを抱きしめて、その巻き毛を何度も優しく撫でた。
  「トォニィ……」
   アルテラはそんなトォニィの傍らを離れなかった。


   トォニィたちに酷い言葉を投げつけていたミュウたちは、恐怖から何も言えずに黙りこんでいた。
   事態がおさまったのを見てとったリオが、彼らに向かって口を開いた。
  『君たちもいい加減にして下さい。子供たちを傷つけて、恥ずかしいとは思わないんですか』
   リオの言葉は丁寧ではあったが、その口調はいつになく厳しかった。
  『自然出産は他ならぬソルジャーが推奨したものです。誰も何も恥じる事はない。新しい命を誕生させた、素晴らしい
  事なのですから』
   トォニィとユウイのやり取りに───リオの言葉に、気まずげにミュウたちは視線を俯かせた。
   その様子をすべて、ブルーは呆然と見つめていた。




あれ? あれあれ?
シン子ブルはどこに〜?(^^;)
今回シンを出そうかどうか迷ったのですが、このくらいならリオかな〜と思って出しませんでした。
まあリオからシンに報告は行くと思いますけど。
シンとトォニィもそのうち顔をあわせます。

しかし…私はただシン子ブルの萌えシリアスを書きたかったのだけなのに、なぜにミュウ間の確執を書いているんでしょう(^^;)
子ブルの成長や周囲との関わりを考えていたら、頭の中で自然とそういう流れになったのですが。
もう少ししたら、二人のあれこれをもっと書ける筈、です。



2008.10.06





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