exceeding thousand nights ・26



   諍いを起こした者たちはけれどどちらも歩み寄らず、リオの判断で各自の部屋に引き取った。
   メディカル・ルームを下がったブルーは、リオとともにブリッジに向かっていた。
   そこにいるだろうシンの元へ行くためだ。
   しかし道すがら、ブルーは考え込んでいた。
   リオはもちろん、肩に乗ったままのナキネズミも気づかわしげにブルーを見ていた。
  『大丈夫ですか、ブルー』
  「うん、僕は別に……」
   そう返事をしながらもトォニィたちの事を考えているのか、ブルーの心はここにあらずといった風だった。
  「リオ。さっき言っていたけど、自然出産を推奨したのはソルジャーなの?」
  『はい。それまでもミュウの中には“結婚”をしていた男女はいましたが、子供を設けた者はありませんでした』
  「どうして?」
  『……といより、子供を作るという概念そのものが我々にはなかったのです』
  「あ! そうか……」
  『ええ。我々は知らず知らずの内に、自らを縛っていたのです』
   その理由にブルーもようやく気がついた。
   S・D体制の下では人工受精でしか子供は作られない。ブルーもそうして生まれた者のうちの一人だ。
   S・D体制から弾かれたミュウたちとはいえ、常識や概念、社会ルールはそれまで受けてきたS・D体制のものを基軸
  としていた。
   ブルー自身も、トォニィたちが自然出産児だと初めて聞いた時は驚いたものだった。
   そしてリオは道すがら、ブルーに話して聞かせた。
   シャングリラで起こった出来事を───。


   14年前、シンは地球へ向かうための力を欲した。
   シン以外のミュウの力は戦いには向かないものだった。
   いかなシンが強大なサイオンを有しているとはいえ、たった一人で人類と戦い、地球へたどり着けるとは到底思えな
  かった。
   だから力を欲した。切望した。
   自分と同じタイプ・ブルーのミュウを。
   とはいえミュウが生まれてからの長い年月の中でも、タイプ・ブルーのミュウは二人しかいなかった。
   それも故意に作り出そうとしたものではない。
   人工受精からとはいえ、まったくの偶然から生まれたもの。
   なす術はないかと思われた。
   けれどそんな時に占い師であるフィシスが、一つの予言をした。
   
いにしえ
   古から生まれいずる新たな命がある───と。
   それらは強い力を持って、我らを助けるであろうと。
   フィシスの予言は予知でもある。
   それを模索した末に、シンは自然出産を思いついた。
   本来の人間としてのあるべき姿を取り戻そうと、提唱した。
   そんなシンの考えに賛同して、初めて自然妊娠に臨んだのがユウイとカリナ。
   そして、生まれたのがトォニィだった。
   自然出産児の誕生は、素晴らしい感動をミュウ全体に及ぼした。
   新たに共感した他の者たちがやはり自然妊娠に成功し、タキオンやアルテラたちが生まれた。
   生まれた子供たちは皆、タイプ・ブルーのサイオンを有していた。
   それが自然出産のためかは分からない。けれど自然出産児たちは確かに強い力を持っていた。
   もしかしたらそれは、シンの強い願いが結実したのかもしれなかった。
   ともあれ次々と自然妊娠を望む者も増えていった。
   もっともミュウは虚弱体質者が多く、望んでも妊娠に至らない者もいた。
   そんな折、二人目の子供を妊娠したカリナが出産時に亡くなった。死産だった。
   その悲しい出来事は、すべてのミュウを打ちのめした。
   ミュウの性質は元々が繊細だ。その出来事があまりにもショックで、皆怯え、自然出産を望む者はいなくなってしまっ
  た。
   カリナの死から既に7年が経っているが、自然出産児はタージオンの後には生まれず、4人しかいなかった。
   その出来事を、リオはブルーに話して聞かせた。
   ブルーは黙ってそれに耳を傾けていた。


  『ただ……トォニィたちの誕生は、ミュウが強大な力を得たのと同時に、皆の間に戸惑いをもたらしました』
  「戸惑い……?」
   眉を顰めるブルーに、リオは苦々しく答えた。
  『ソルジャーや僕のように自然出産を素晴らしいと考える者がある反面、許されないものだと考える者もいます』
   自然出産のためには、生身の身体で男女が交わらなければならない。その生殖行為を嫌悪する者も少なからずい
  た。
  『それも仕方がないかもしれません……。700年近く、人類は機械にすべてを任せてきたのですから』
   それぞれが持つ認識というものは、そう簡単には覆せない。
   そしてその戸惑いは、月日が経つうちに越え難い隔たりへと変化していった。
  『トォニィたちを拒絶する者は、先ほどの者たちだけではありません。残念ながら古参のミュウほどその割合は高い』
   リオの言葉に、そういえばとブルーは気づいた。
   トォニィたちはいつも4人でいた。それは彼らが特に仲が良いからだと思っていた。
   けれどいつもいつも4人だけで───その裏に同時にもう一つの理由があったのだと、ブルーはようやく知った。
  『ブルー、貴方はどう思われますか?』
  「僕は……」
   何事かを言いかけて、ブルーは考え込んでしまった。
   ミュウと人類の間にだけでなく、ミュウ同士の間にも隔たりがある。
   思念波を使えばお互いの考えなど瞬時に分かりあえるだろうに───それとも、だからこそなのだろうか。
   ミュウ同士でさえ分かりあえないなら、ミュウと人類が分かりあえる日など永遠にこないだろう。
   しばらく無言で考え込んでいたブルーだったが、ブリッジに近づいたのに気づいて、リオを見上げた。
   先ほどの話で他にも感じた疑問をリオに聞いておきたかったからだ。
  「リオ、ソルジャーの他にもう一人、タイプ・ブルーがいたの?」
  『……はい』
   ブルーの質問に、リオは僅かに表情を強張らせた。
   けれどそれにブルーは気づかなかった。
  「それは誰? もしかして、先代のソルジャーだった人?」
  『そうです……』
   やっぱりと、ブルーは思った。
   シンを成人検査から助け出したのは、その人だと聞いていた。
   だったらやはりその人もタイプ・ブルーなのではないかと思ったのだ。
   けれどもう亡くなっているのなら、タイプ・ブルーのミュウは現在5人だけという事になる。
   そしてブルーの疑問はもう一つ残っていた。
  「14年前に何かあったの? ちょうど僕が生まれた年だね」
  『……ですよ』
  「え……?」
   リオの声は小さく、ブルーには聞き取れなかった。
   再度問い直そうとした時、二人はブリッジに到着した。
   そこにはシンがいた。
  「ソルジャー」
   シンの姿を目にした途端、ブルーはシンに駆け寄った。
   その後ろ姿を見つめながら、リオは胸の中だけでつぶやいた。
  『……貴方が生まれたから、だからソルジャーは力を欲したんです』
   だからトォニィたち自然出産児は皆、ブルーよりも年下なのだ。
   けれどブルーにそう伝える事は、リオにはやはり躊躇われた───。


   翌日、訓練室のシールドも修復され、午前中の訓練をトォニィたちは終えた。
  「よし、午前中はこれで終わり。食堂に行こう」
   いつも通りにトォニィがアルテラたちを促して扉に向かったが、皆からの返事はなかった。
   トォニィ以外の三人はその場に立ち竦み、動こうとはしなかった。
  「みんな、どうしたんだよ?」
   振り返ってトォニィが問えば、タージオンとアルテラが気まずそうに言った。
  「だって……」
  「トォニィはいいの? 私は嫌だわ、あんな所で食事なんかするのは」
   タキオンは何も言わなかったが、アルテラと同意見らしく黙って一人目を伏せた。
  「……じゃあ僕だけでも行く」
  「トォニィ! やめましょうよ」
   アルテラが驚いてトォニィを引き止めようとしたが、トォニィはきかなかった。
  「何で僕らが引け目なんて感じなくちゃいけないんだ。そりゃあ、食堂を壊したのは悪かったけど……他には何も悪い
  事なんかしてないんだ」
   トォニィにはもう、昨日のような様子はなかった。
   泣くでも怒るでもない。子供ながらにプライドもあるのだろうが、何より冷静だった。
   けれどアルテラたちはまだためらいが優っているらしかった。
  「いいよ。僕一人で行く」
  「トォニィ!」
   トォニィは皆に背を向けて、訓練室を飛び出した。
   ───と、訓練室の外に、予想もしていなかった者がいた。
  「トォニィ」
  「ブルー……?」
   そこにはブルーがいた。
   肩にナキネズミを乗せて、通路の壁に寄りかかりながら何かを待っていた。
   トォニィを認めたブルーは、嬉しそうに表情を綻ばせた。
  「何だよ……。何してるんだ?」
  「待ってたんだ。一緒に食事に行こう」
   戸惑うトォニィに、ブルーは微笑んだ。
  「お前……」
  「待ってトォニィ! 私たちも───」
   その時、訓練室の扉が開き、アルテラたちが飛び出してきた。
   トォニィが立ち去っていない事に安堵し、次いでブルーがいることに驚いた。
  「トォニィ……。ブルー……」
  「待ってたよ。皆で食事に行こう」
   ブルーは笑顔で皆を促した。
   その様子は今までとまったく変わらなかった。


   ブルーとトォニィたちが食堂を訪れると、途端に食堂内の喧騒が静まり返った。
   壊れたテーブルも椅子もきれいに片づけられて、食堂内に昨日の騒ぎの跡はかけらもない。
   けれど皆の心に残った衝撃までは消しきれていなかった。
   トォニィたちに向けられる視線はいつも以上に冷たかった。
   平然としているのはトォニィとブルーだけだった。
  「トォニィ……」
  「しっかりしろよ、アルテラ」
   周囲の視線を気にするアルテラを、トォニィが叱咤した。
   いつも通りにまずカウンターに向かい、食事のトレイを各自が受け取ろうとした。
   そこでちょうど、昨日のミュウの一団と鉢合わせをしてしまった。
   トォニィたちに酷い言葉を投げつけていたミュウたちがいた。
   彼らは謝る様子もなく、それどころかトォニィたちと一緒にいるブルーに、驚きの目を向けてきた。
  「貴方は……」
   リーダー格と思われる、あの青年が口を開いた。
  「貴方はまだそいつらと一緒に───」
  「僕は、みんな同じだと思います」
   その言葉を遮って、強い口調でブルーは言った。
  「トォニィたちも、あなたたちも、僕も……どういった方法で生まれても、皆同じだと思います」
   人工受精で生まれても、自然出産で生まれても、同じミュウには違いない。
   そして本当は人類も同じな筈なのだ。
  「僕はそう思っています」
   敬愛するブルーにそう断言されて、彼らは一様に押し黙った。
   失礼しますと軽く頭を下げて、ブルーはその場を後にした。
   呆気にとられながらそれを見ていたトォニィたちも、ブルーに続いた。
   空席を探していると、不意に立ち上がる数人のミュウがいた。
  「あの……ここ、どうぞ」
   女性の一団だった。
   もう食べ終わったのか、彼女たちは空になったトレイを手にして、次々と席を立った。
   彼女らからは刺々しい思念は感じられない。
   その行動は嫌悪からなされたものではないようだった。
  「ありがとうございます」
   礼を言ってブルーたちが空いた席にトレイを置くと、去り際に小声でつぶやかれた。
  「……私は、貴方は間違っていないと思います」
  「え?」
   驚いたブルーが再び視線を向けると、彼女たちは恥ずかしそうに足早に立ち去ってしまった。
   そっと告げられた言葉。
   けれどユウイやアルテラたちの両親のように、自然出産を尊いものだと考える者も確かにいるのだ。
   それを嬉しく思いながらブルーは席に着いた。
   すると突然、コトンという音とともに、ブルーのトレイの上にトォニィが牛乳のコップを置いた。
   それはトォニィの分の牛乳だった。
  「なに?」
  「お前にやる」
  「え……? いいよ僕は別に」
   ブルーは慌てて固辞したが、構わずトォニィは食事を始めた。
  「私のもあげる」
  「俺のも」
  「僕も」
   アルテラ、タキオン、タージオンもトォニィに倣った。
   コトコトと皆が自分の分の牛乳をブルーのトレイの上に置き、ブルーの目の前には5人分の牛乳がそろった。
  「こ……こんなに飲めないよ!」
   困って悲鳴を上げるブルーに、トォニィたちは笑顔を返した。
   ブルーはただ、今までと変わりなくいてくれるだけ───トォニィたちにはそれがとても嬉しかった。




そんな訳でトォニィたちは生まれました。
ある意味で子ブルのために生まれたんですね。


2008.10.13





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