exceeding thousand nights ・27



   深夜、ブルーは灯りを落とした自室で眠りについていた───。
   ベッドで一人、安らかに眠っていた。
   シーツの上にはナキネズミのレインが身体を丸め、自分の尻尾に顔を埋めて、ブルーの横でやはり眠っていた。
   その枕元に人影が一つ。
   シンだった。
   その姿は思念体ではなく実体だ。
   ブルーもレインもシンには気づかず、眠ったままだった。
   長い時間、ブルーの寝顔をシンは飽かずに見つめ続けていた。
   その翡翠色の瞳はどこか昏く、同時にどこか痛々しくもあった。
   リオからの報告で、ここ数日のブルーの行動も、もちろんシンは知っていた。
   トォニィたちと他のミュウたちの間の諍いも、以前から知っていた。
   知った上でシンは構わずにいた。
   シンが望んだ通りに、生まれてきた自然出産児はみなタイプ・ブルーの力を有していた。
   シンが必要としているのはその力。地球へ辿り着くために必要な戦力だ。
   だからミュウの皆が自然出産児を疎んじようと、トォニィたちがミュウを嫌おうと構わなかった。
   敢えて放置していた。
   ミュウの長としてはあるまじき事だろうが、ミュウ同士の間に起こる諍いなどにシンは興味がなかった。
   シンにとって大切なのは、いつか地球にたどり着くこと。
   そして───ブルーだけだった。
   けれどブルーは、トォニィたちとミュウの諍いを見過ごしはしなかった。
   それどころか事態を諌めた。
   そして決してそうと意図している訳ではないのに、皆との絆を深めていた。
   少しずつ───けれど確かな絆を。
   それをリオからの報告で知ったシンの胸には、苦々しい想いがよぎった。 
   その気持ちが嫉妬なのか、それとも不安なのか、シン自身にも分からなかった。
   ただ一つ、分かっている事もあった。
  「やはり貴方は……どんな時も仲間を大切に思うんですね」
   記憶がなくても。
   ソルジャーでもないのに皆を平等に愛するそんなところは、以前とまったく変わらないように思えた。
   シンはその手を伸ばして、ブルーの頬にそっと触れた。
  「ん……」
   ブルーはわずかに身じろいたが、やはり目覚めない。
   シンはその手をブルーの額に滑らせた。
   眠るブルーの意識を探った。
   眠ってはいてもその心はやはり遮断されていて、シンの干渉を受け付けなかった。
   そして、ブルーの中にはやはり地球はなかった。


   生まれたばかりの───人工子宮の中で眠っていたブルーは、いつも美しい地球の夢を見ていた。
   かつて彼が焦がれたまま、フィシスから見せられたままの、青く美しい地球を。
   けれど人工子宮から出されて誕生したブルーに、その地球の記憶はなかった。
   誕生前のブルーが確かに夢見ていた地球───それがなかった。
   今もそうだ。
   それがどうしてなのかとは思ったけれど、シンに知る術はなかった。
   あれほど焦がれていた地球を、どうして忘れてしまったのか。
   ブルーが生まれてようやく一年が過ぎた頃を、ふとシンは思い出した。
   まだ赤ん坊のブルーに自我が芽生える前に、シンは彼の記憶を流し込もうとした。
   シンが耳に装着している、記憶装置に残る彼の記憶を。
   膨大な記憶のすべては無理でも、少しずつ、記憶のかけらをブルーに渡そうとした。
   けれど、それは拒否された。
   何の力にも目覚めていない幼子が、タイプ・ブルーのサイオンを弾いた。
   激しく泣きだした赤ん坊の声に、シンはその時はそれ以上の行為を止めてしまった。
   今もブルーの思念は固く遮断されたまま、その心に何の侵入も許そうとはしていない。
   けれどもしも今、無理やりにでもブルーに彼の記憶を流し込めばどうなるだろうか。
   ブルーの遮断を力づくで壊して、彼の記憶を流し込めば───目覚めてくれるだろうか。
   もしかしたらブルーの精神を壊してしまうかもしれない。
   それでも、いつまでもこのままでいる事は辛すぎた。
   ブルーがかつての記憶を取り戻しさえすれば、すべて憶い出すだろうとシンは信じていた。
   ブルーに触れたまま、その枕元に立つシンの身体が青白い光に包まれた。
   サイオンを注ごうとした瞬間、再びブルーが身じろいだ。
  「……ん……」
   「!」
   シンは咄嗟に、力を使うのを止めた。
   息を殺して、じっとブルーの寝顔を見つめた。
   生まれる前から見守ってきた───その寝顔はあどけなく、安らかだ。
   ブルーが人工子宮の中でまどろんでいた時も、アタラクシアの養父母に育てられていた時も、何度シンは思念体でブ
  ルーの元を訪れた事だろう。
   その無事を確かめ、幾度となく安堵した事だろう。
  『僕は……』
   シンは静かにブルーに触れていた手を引いた。


   ふと、微かに室内の空気が揺れるのを感じて、レインは目覚めた。
   顔を上げて暗い室内を見回しても、そこには眠るブルーとレインしかいなかった。
   何事もない事を確認し、レインは再び眠りについた。
   朝はまだ遠い。
   シンの深い焦燥も葛藤も知らず、ブルーはただ眠り続けていた───。




ちょっと今回また短いですが、ようやくシンと子ブルのあれこれを書けそうです。
ああ、ここまで長かった…。
トォニィたちとのあれこれがなければ、話はもっとさくさく進んだと思いますが、でも子ブルとトォニィたちの関係は割と気に
入っているのでよしとします。
そういえば私は昔から、好きなカップリングで話を書いても、なんだかんだと他のキャラも出してたっけ。
そういうのってなかなか変わらないんでしょうね(^^;)


2008.10.21





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