exceeding thousand nights ・29



   シンの命令で、育英都市アタラクシアには常に数人のミュウが潜入していた。
   もちろんアタラクシアだけではなく、惑星アルテメシアのあちこちにも潜入していた。
   その主たる目的はテラズ・ナンバー5を探し出すため。
   けれど長い時間をかけていたが、テラズ・ナンバー5の所在は未だ掴めなかった。
   索敵班の働きで、アルテメシアの地下深くに点在する鍾乳洞やクレーター跡などを発見していた。
   そしてごく稀に、人類側に捕らえられたミュウの存在を掴んでいた。
   ちょうどブリッジに居合わせたブルーは、シンやハーレイとともにその報告を聞いた。
   ミュウの子供たち十数名が確認されたのは、アタラクシアの研究施設の一つ。
   いずれも成人検査前にミュウと判明した子供たちとみられた。
   おそらくは何らかの研究、実験のために、すぐに処分されずにいた子供たちだろうと推測された。
   けれど彼らに未来がないのは明白だった。
   その報告を受けて、ブルーやハーレイ、ブリッジのクルーたちの間には動揺が広がった。
   けれどシンの表情は揺るがなかった。
  「ソルジャー……」
   ハーレイが問いかけるようにシンに視線を向けた。
   けれどシンはメインスクリーンを見つめたまま、ハーレイを見る事もなく答えた。
  「構わない。放っておけ」
   冷たい言葉だった。
   そう決断するのに、シンには何の迷いもなかった。
   それはハーレイにも予想通りの命令だった。
   シャングリラがこの地中深くに潜ってからの長い年月、たった一つの例外を除いて一人のミュウも救出された事はなかっ
  たのだから。
  「……はい」
   ハーレイはためらいつつも、シンの命令に頷いた。
   驚いたのはブルーだった。
  「放っておくって……」
   蒼白になったブルーはシンに詰め寄った。
  「ソルジャー、本当ですか?」
  「ああ」
   シンはスクリーンから視線を外すと、傍らのブルーを見た。
   その瞳の色は冷静で、それが逆にブルーを混乱させていた。
  「どうして彼らを助けないんですか……?」
  「彼らを助けようとする事は、このシャングリラのミュウを危険に晒すのと同じだ」
  「でも……」
   放っておけば、彼らは死んでしまうのだ。
   時間の差こそあれ、必ず殺されてしまうだろう。
  「でも、僕はソルジャーに助けてもらいました」
  「君は特別だ」
   ミュウの皆が───誰よりもシンが待ち望んでいた存在。
   長い時間の末にようやく誕生してくれたかけがえのない命。
   ブルーの「目覚めの日」に迎えに行く事を決めた時も、ミュウの誰一人として反対などしなかった。
  「特別……?」
   シンの言葉の意味が、ブルーには分からなかった。
  「どういう意味ですか?」
  「いや……」
   ブルーの質問に、シンは珍しく言葉を濁した。
   その手をブルーの肩に置いたシンは、諭すように言った。
  「この話はこれで終わりだ。君は部屋に戻りなさい」
  「ソルジャー……」
   シンの手がブルーの肩から離れた。
   怒られた訳でも突き飛ばされた訳でもなかったが、ブルーはショックを受けていた。
   ブルーはずっとシンの事を、優しい人だと思っていた。
   処分されようとしたブルーを救い出し、守ってくれたあの日からずっとそう思っていた。
   けれどシンの指導者としての冷徹さを、いま初めて見た気がした。
   それでも、ブルーは怯まなかった。
  「……ソルジャー、子供たちを助けて下さい!」
  「ブルー」
   シンはまるで咎めるようにブルーの名前を呼んだ。
   心は今にも竦みそうだったが、それを抑え込んでブルーはシンに言い募った。
  「僕はソルジャーに助けられてこの船に来ました。最初は戸惑ったけど……でも今はここに来れて、ミュウの仲間に会え
  て本当によかったと思ってます。助けてくれたソルジャーに感謝してます」
  「───……」
   シンは黙ったまま、何も答えてはくれなかった。
   構わずにブルーは続けた。
  「僕は生きていてよかったって……思ってます。パパやママとはもう会えないけど、僕にはソルジャーやミュウの仲間がい
  てくれる。あの時処分されていたら、こんな気持ちにはなれなかった」
  「ブルー……」
   シンはブルーの名前を口にしたまま、押し黙ってしまった。
   ブリッジに沈黙が満ちた。
   ハーレイも、ブリッジ内の他のクルーたちも、誰一人として口を挟めなかった。
   シンは瞼を閉じて、しばらく何事かを考え込んでいた。
   そして瞳を開くと、おもむろに言った。
  「……いいだろう」
  「ソルジャー!」
   驚き、そして表情を綻ばせるブルーに、シンは静かに言った。 
  「彼らを助けよう」
  「ありがとうございます、ソルジャー!」
   喜ぶブルーの声に重なるように、ブリッジ内に歓声が広がった。
   皆、シンの決断を喜んでいた。
  「ハーレイ、長老たちをミーティング・ルームに集めろ。リオと戦闘班の責任者も呼べ」
  「分かりました、ソルジャー」
   シンの指示に応えるハーレイの声も、心なしか喜色を帯びていた。
  「ソルジャー……」
  「君がそう望むのなら」
   嬉しそうに見上げてくるブルーに、シンはわずかに微笑み返した。


   ミーティング・ルームに集まった長老たちの顔には、まさかという驚きと喜びが同時にあった。
   けれど誰もシンの決断に反対する者はいなかった。
   ミュウの同胞を救い出す、その事を強く願っていたのは他ならぬ長老たちだった。
   ゼルなどはすっかり足腰が弱り、ベッドに伏しがちであったのに、珍しくミーティング・ルームまでやって来た。
   そして、ミュウ救出のための緊急会議が開かれた。
   出席者はシン、リオ、長老たち、戦闘班の責任者、そしてブルーだ。
   シンの補佐であるブルーにも、会議の出席を命じられた。
   そして研究施設に潜入、ミュウの確保、脱出───ミュウ救出のための作戦が練られた。
   索敵班が調べ上げた知り得る限りの情報を元に、綿密な計画が練られて行った。
   その会議の途中、ゼルがおもむろに口を開いた。
  「ソルジャー、この際トォニィたちも連れて行ってはどうじゃろうのう」
   その名前に、ブルーは息を呑んだ。
   しかし顔色を変えたのはブルーだけで、会議は進んで行った。
  「いずれは彼らが人類と戦う先鋒になるんじゃ。戦いに慣れるよい機会なのではないかのう」
  「しかし彼らはまだ子供ではないですか」
  「そんな事を言っておったら、人類には勝てん!」
   やんわりとエラが反対したが、気色ばんだゼルは声を荒げて言い返した。
   しかしゼルの強硬な意見も、シンの一言で雲散霧消した。
  「……いや、やめておこう」
   スクリーンに映し出された作戦内容を見ながら、シンはつぶやいた。
  「彼らがいるのは軍事施設ではないが、万が一という事もある。無闇に彼らをここで失いたくはない」
  「はあ……」
   長の命令は、ミュウにとっては絶対だった。
   ゼルも不服そうな顔をしながらも、シンに同意した。
   けれど、着々と作戦が練られるミーティング・ルームで、ブルーは一人膝の上で拳を握りしめていた。


   シンが今までとは違い、ミュウを救出しようと決めたのにはいくつかの理由があった。
   まず既にシンたちミュウの存在は、人類側に知られてしまっていた。
   シャングリラを発見される訳にはいかないが、ミュウの存在そのものはもう隠せてはいない。
   いずれ人類と戦う事になるミュウたちが、今どれだけ戦えるのかも知っておきたかった。
   そして、何よりブルーの願いがあった。
   ブルーが願わなければ、シンは今まで通り放置しておいただろう。
    ブルーが望むのなら、何だって叶えたい。
   ミュウの命も、未来も───そして地球への道も。




結局は子ブルにだけは甘いシンというかなんというか。
でも仏頂面のソルジャーにあれこれ言い返すのは勇気がいるでしょうね(^^;)
もしくは子供だからこそ言えるのかな。
サイオンこそ使えませんが、子ブルは強い子だと思ってます。


2008.10.26





              小説のページに戻る                次に進む