exceeding thousand nights ・30
救出作戦決行の日、アタラクシアに赴いたのはシンとリオ、そして戦闘班のミュウたちだった。
トォニィたちは作戦に参加したがったが、シンの否との命令に結局は素直に従った。
それに内心ブルーは安堵し、そして同時に自己嫌悪にも陥った。
ブルー自身はとても、自分も連れて行ってほしいとは言えなかった。
シンが、皆が心配ではあった。一人シャングリラで安穏としているのは申し訳なくもあった。
ただ同時に、ブルーは力のない自分の存在が足手まといにしかならない事が分かっていたので、とてもそれを言い出せ
はしなかった。
ブルーはブリッジにつめて、作戦の開始時間をまんじりともせず待っていた。
肩に乗ったレインが気遣うように時折ブルーを呼んで鳴いたが、ブルーの意識はそちらへは向かなかった。
ただ沈んだ表情で、何事かを考えこんでいた。
同じくブリッジにいたハーレイが、ブルーのそんな様子に気づいた。
「顔色が悪いようだ」
ハーレイはブルーに歩み寄ると、声をかけた。
「気分が悪いならメディカル・ルームへ行くといい」
「いえ、大丈夫です……」
ハーレイの言葉に、ブルーは首を横に振った。
「何か気になる事でも?」
「───……」
ブルーは問われても、なかなか重い口を開かなかった。
ハーレイは無言で待った。
しばらくしてブルーは、ようやくぽつりとつぶやいた。
「もしも……」
「うん?」
「もしもこの作戦で誰かが死んだら……ソルジャーに何かあったら、僕のせいです」
ブルーは苦々しくそう言った。
何も深く考えずに、捕えられて殺されようとしている仲間がいるのだとしたら助けてほしいと、ただそれだけを思ってブル
ーはシンに願った。
けれどそれは同時に、救出に赴くシンやリオ、ミュウたちを危険に晒す事なのだ。
シンも確かにそう言っていたではないか。
なのにブルーは本当の意味でそれを分かってはいなかった。
友達のトォニィの名前が会議で出されて、ようやくブルーはその事を実感したのだ。
自分の身勝手さに、そして皆を危険に晒しているという事実に、それからずっとブルーは顔色を曇らせていた。
ハーレイはブルーの気持ちを聞いて、内心驚いていた。
『やはり……』
ハーレイはブルーに言った。
「案じる事はありません。ソルジャーは強い。きっと皆を助け出して無事帰還するでしょう」
力強いハーレイの言葉に、ブルーは俯いていた顔を上げた。
「……キャプテンはソルジャーを信じているんですね」
ブルーも信じている。信じたいと思う。
でもどうしても不安が拭いきれなかった。
ふと、ブルーは胸に湧いた疑問を口にした。
「キャプテンはソルジャーとどれくらい一緒に過ごしてきたんですか?」
「ソルジャー・シンがこの船にやって来たのは116年前。……それからずっとだ」
「116年……」
14歳のブルーにとっては夢のような、信じられない長さの時間だ。
でもそれだけの長い時間を共に過ごしているからこそ、ハーレイはシンを深く信頼しているのだろう。
「キャプテンはいったいお幾つになるんですか?」
ブルーの質問に、ハーレイは苦笑しながら答えた。
「もう数えるのもやめていたがね。そうだな、もう280年は生きただろうか」
「280……!!」
ハーレイの年齢にブルーは驚いた。
シンが130歳であった事にも驚いたが、またもブルーは驚いた。
ハーレイはどう見ても40代にしか見えなかった。
ミュウの外見と年齢は別なのだと知ってはいたけれど、それでもブルーは驚いてしまった。
そんなブルーを気にする風もなく、ハーレイは話を続けた。
「このシャングリラとともに地底に隠れ、いつの間にか時間だけが過ぎてしまった」
まるで自嘲するように話すハーレイに、ふとブルーは新たな疑問が湧いた。
「キャプテン、この船はもういつでも地球に飛び立てるんじゃ……ないですか?」
「……その通りだ」
やはりそうだったのだとブルーは思った。
艦内を回るようになって、少しずつブルーはそう感じ始めていた。
自給自足の体制、食糧庫の備蓄、戦闘機や弾薬の備蓄状況等、すべて充分な用意があり、逆になぜシャングリラは地
球を目指さないのか、不思議なくらいだった。
「地球に辿り着くのは我々ミュウの悲願です。いつでもここを飛び立てるよう、準備だけは怠ってはいない」
「じゃあ、キャプテンがソルジャーに進言すれば、もしかして明日にでも───」
「いや、それはできない」
ブルーの言葉を、ハーレイは遮った。
「我々は地球の座標をまだ入手していない。何より、私にはソルジャーのお心を動かせるような力はない」
「そんな事は……」
「無理なのです」
ハーレイは怒りも悔しがりもせず、淡々とそう口にした。
それはただ冷静に事実を述べている───そんな風にブルーには見えた。
「じゃあ、もしも……もしも地球に辿り着く前に、寿命が尽きてしまったら……?」
ミュウの寿命は人間の約三倍。300年ほどと考えられていた。
どれだけミュウが長寿だといっても、その命には必ず終りがある筈だった。
「もしもキャプテンが生きているうちに、地球に飛び立てなかったらどうするんですか……?」
「それでも、私はソルジャーに従うだけだ」
ハーレイだけでなく、ミュウ全員がそうなのだとハーレイは語った。
ハーレイの話に、ブルーはただ驚くばかりだった。
シンは最後の乗組員を待っていると言っていた。
それは誰なのか。
皆はただその人を待っているだけしかできないのか。
「でも……」
「それより私は、君に感謝している」
「え?」
納得がいかないのか、食い下がろうとするブルーにハーレイは話を変えた。
「先日、ミュウの子供たちを助けてくれと君がソルジャーに強く訴えた時、私もそう思っていてもソルジャーには何も言えな
かった」
「どうしてですか? だってキャプテンは船長というだけでなく、長老のお一人でもあるのに」
「私の言葉を、ソルジャーは聞き入れないと分かっていたからだ」
「───……」
ハーレイの言葉に、ブルーは思わず黙り込んでしまった。
そんなブルーに構わず、ハーレイは話を続けた。
「君にとっては見知らずの子供たちなのに、それでも君は助けてほしいと言ってくれた」
「僕は、ただ……会った事がなくても、同じミュウなんだからと思っただけです」
ブルーはそんな褒められるような事は何もしていない。
それどころか皆を危険へと追いやってしまったのだ。
ブルーがそう伝えると、ハーレイは珍しく穏やかに微笑んだ。
「君のその純粋な気持ちに、だからこそソルジャーも考えを変えたのだろう」
何よりもブルーが訴えたからこそ、シンもその意思を変えた。
「皆、ミュウの仲間を助けたいと願って行動している。だから君が気に病む事は何もないんだ」
ハーレイの言葉に、ブルーは驚いたが少しだけ表情を和らげた。
「……ありがとう、ございます……」
素直に礼を言うブルーを見ながら、ハーレイは昔を思い出していた。
会った事もない、見知らずの者でさえ、自然に同じ仲間と思えるその優しさ。
『……やはり貴方は、少しもお変わりにはならない……』
「え……?」
ブルーは、青い瞳を見開いてハーレイを見上げた。
「キャプテン、今なんて……?」
「いや、私は何も言っていないが」
「そう、ですか……」
ブルーはハーレイから視線を外しブリッジ内を見回したが、クルーは皆自分の仕事に就き、誰もこちらを向いてはいなかっ
た。
『気のせいだったのかな……?』
「キュウン」
ブルーの肩口で、レインが鳴いた。
それがレインの力を借り、思念波でハーレイの心を読んだのだという事に、ブルーはまだ気づかなかった。
そして予定通り、救出作戦は決行された───。
子ブルは自分の正体?について、なかなか気づきませんが、でも普通そうだと思うんです。
小さい頃からそう言い聞かされていたならともかくも、まさか自分が「自分でない者」だと思われているだなんて、夢にも思わない
でしょう(^^;)
2008.11.04
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