exceeding thousand nights ・32



   アタラクシアの研究施設から救出されたミュウの子供たちは、ドクター・ノルディによって身体検査がなされた。
   子供たちの健康状態に概ね異常はなかったが、ただ不思議な事に全員の記憶の一部に欠如があった。
   12人の子供たち全員とも、あの研究施設で過ごしていた間の記憶がなかった。
   おそらく消去されたのだろう。
   それが何のためかは分からなかったが、最終的にシンは子供たちをシャングリラに留める事を許可した。
   シャングリラに連れて来られたばかりのブルーにリオがついてくれたように、子供たちには世話役のミュウが数人つけ
  られた。
   最初は怯え、戸惑うばかりの子供たちだったが、すでにミュウとして目覚めており、思念波を使える事が幸いしすぐに
  船内に馴染んでいった。
   何よりシャングリラのミュウ全員が、子供たちを心から受け入れていた。


   救出作戦を無事に終え、シャングリラにも穏やかな日常が戻って来た。
   ブルーもいつも通り、シンの補佐と身の回りの世話をする日々を続けていた。
   その夜、最後の仕事にとブルーは青の間へとやってきた。
   クリーニングの終わったシンの服を持ってきたのだ。
  「失礼します」
   訪れた青の間は、けれど無人だった。
   今日のこの時間、シンは青の間にいる筈だったがその姿はどこにもなかった。
  「ソルジャー……?」
   歩を進めながらブルーが広い室内を見回しても、シンの姿はなかった。
   代わりに青の間の奥の小部屋から、微かな水音が響いていた。
   それに、シンは奥でシャワーを浴びているのだと気がついた。
  「よかった……」
   ブルーは安堵のため息をついた。
   あの救出作戦の後から、シンの姿が見えない時があると、ブルーはどうしてか不安になる時があった。
   補佐とはいえ四六時中一緒にいる事などできないのに、シンの無事な姿を確認できないと無性に不安になった。
   安心したブルーは、部屋の中央のベッドに歩み寄った。
   ベッドの上にはシンのマントが無造作に脱ぎ捨てられていた。
   いつもシンの背にある緋色のマント。
   少しだけ苦笑しながら、ブルーは手にしていた服をベッドの端に一旦置いて、そのマントに手を伸ばした。
   そして緋色のマントを丁重に畳んだ。
   ───と、マントの下からそれは現れた。
   それは補聴器だった。
   シンがいつも耳に付けているそれが、ベッドの上に置かれていた。
   きっとシャワーを浴びるために外したのだろう。シンがそれを外している姿をブルーは知らなかった。
   ブルーはマントを畳んでベッドに置いたが、ふとその視線が補聴器に留まった。
  『……どんな物なんだろう』
   それは微かな好奇心だった。
   シンがいつも身につけているそれがどんな物なのか、ただ少しだけ触ってみたかった、それだけだった。
   ブルーはそっと補聴器に手で触れた。
   両手で持ったそれは、ブルーが想像していたよりも重かった。
  『ソルジャーはいつもこれをつけているんだ……』
   ブルーはそれを、自らの耳に付けてみた。
   何も考えず、ただ好奇心に促されるまま。
   けれど補聴器を付けたその途端に、ブルーの脳裏に流れ込んでくるものがあった。
  『なに……!?』
  
  
   ───成人検査。
   ───迫害。実験に次ぐ実験。屍。
   ───逃亡。戦い。守りたかったもの。
   ───同胞。
   ───理想郷。
   ───女神。
   ───青い地球。
   ───絶望。
   ───最後に手にした希望。
   ───そして───……後悔。


   流れ込んでくる映像、情報、言葉───それは「記憶」だった。
   濁流のように押し寄せてくる膨大な記憶。
   頭が混濁し、割れるように痛んだ。
  「──────!!」
   たまらずブルーは耳にしていた補聴器をむしり取った。
   ブルーの肩にいたレインも、驚いて床に飛び降りた。


   シャワーを終えたシンは、アンダーシャツの上下を身に着け、奥の小部屋を出た。
   青の間に戻ると、レインの泣き声がした。
   けれどブルーの姿は見えない。
   不思議に思ったシンが近づくと、ベッドの陰の床にブルーが倒れているのを見つけて、驚いた。
  「ブルー!?」
   急いで駆け寄り、その小さな身体を抱き起こした。
  「ブルー、どうしたんだ!?」
   ブルーの倒れていたすぐ側の床の上には、補聴器が転がっていた。
   まさかと思いながら、シンは何度もブルーの名前を読んだ。
   するとその声が届いたのか、ブルーがゆるりと瞼を開いた。
  「ブルー……」
   意識を取り戻したブルーに、シンは安堵した。
   けれどブルーはまだ夢の中にいるような様子で、ぼんやりと、そしてどこか悲しそうにシンを見上げてきた。
   そしてゆっくりとした動作で片手を上げると、その手でシンの頬に触れてきた。
   まるで愛おしむように。
  「ブルー……?」
  「すまない……ジョミー……」
   その呼び名に、シンは驚いた。
   ブルーはシンの事をファースト・ネームでは呼ばない。
   何度言っても、決して「ソルジャー」としか呼ばなかった。
   シンをそう呼ぶのは───。
   驚き言葉を失くすシンの腕の中で、ブルーは朦朧としながらつぶやいた。
  「すべて……僕のせいだ……」
      
・  ・ ・
  「……ブルー……?」
  「僕が、君を……」
   何事かを言いかけたブルーだったが、力尽きたように気を失ってしまった。
   意識を失ったブルーをシンは抱きしめ続けた。
   胸に湧き上がるのは驚きと、そして喜びだった。
  『やはり君は、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだ……!!』
   シン自身も何度も、疑いそうになってしまった。
   けれどやはり間違いはなかった。
   やはりこの子がソルジャー・ブルーだったのだ。
            ・  ・ ・
  「愛しています、ブルー……」
   意識を失ったブルーにそう告げながら、シンは永い間抱え続けてきたその想いが急速に湧き上がってくるのを感じて
  いた。
   たまらず、シンはブルーに口づけた。
  「……
……」
  「愛してます」
   意識を失ったままのブルーからは何の反応はなかったが、それでもシンは何度も何度も、ブルーに口づけを重ねた。




そんな訳で今さらバレバレではありますが、ようやくシン子ブル転生小説っぽくなってきました。
これからシンと子ブルにもさらにいろいろあります。
「源氏物語」風に考えれば、光源氏がシンで、紫の上が子ブルで、藤壺がソルジャー・ブルーなのかな。
ちなみに私は源氏物語の女性たちの中では、藤壺が一番好きです。
今年は源氏物語千年紀でもあるし、目指せメロドラマ!?


2008.11.17





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