exceeding thousand nights ・34



   メディカル・ルームで過ごした翌日、ブルーは通常の生活に戻った。
   ブルーの自室で帰りを待ってたレインは、帰って来たブルーの肩に嬉しそうに飛び乗って来た。
  『ぶるー!』
  「レイン」
  『ぶるー、ダイジョウブ? イタクナイ?』
  「僕は元気だよ。驚かせてごめんね、レイン」
   ブルーがそう言うと安心したのか、レインはブルーの頬を舐めた。
  『ふぃしすモ、ぶるーヲシンパイシテタ』
  「じゃあ後で、元気な顔を見せに行かなくちゃいけないね」
   ブルーの身体にはどこも異常はなく、通常の生活に戻った事をトォニィたちはもちろん、リオやハーレイたち、そしてシン
  も喜んでくれた。
   フィシスも同じく心配してくれたのだと知って、ブルーは嬉しかった。


   そしていつも通りの、訓練と仕事の日々にブルーは戻った。
   忙しく過ごし、自分が倒れた事などすっかり忘れていた。
   その時もブルーはリオと一緒に、ブリッジへ向かっていた。
  「…………?」
   ブリッジに上がって、ブルーは足を止めた。
  『どうかしましたか? ブルー』
  「ううん……何でもない」
  『体調が優れないようでしたら、無理はしないで下さい』
  「違うよ。本当に大丈夫だから」
   足を止めてブルーを振り返り、心配そうにそう言うリオに、ブルーは重ねて何でもないと答えた。
   リオはひどく心配そうにしていたが、本当にブルーの体調は悪くなかった。
   ただ、一瞬だが不思議な感覚を感じたのだ。
   それは───既視感だった。
   ブルーはもう何度となくブリッジへは足を踏み入れていたし、最近は緊張する事もなくなっていた。
   けれどこんな風にひどく懐かしい感覚を感じたのは初めてだった。
   実はここ最近、船内の様々な場所でそんな風に強く感じる事が度々あった。
   シャングリラ内のふとした場所を、ひどく懐かしく感じるのだ。
   前にも微かに感じた事はあったが、最近のそれは以前の比ではなかった。
   それがどうしてなのか、ブルー自身にも分からなかった。


   ブルーは仕事が終わった後に、シャングリラ船内を回る事も怠っていなかった。
   シャングリラは巨大な船だったが、ようやくブルーは三分の二ほどを回り終えていた。
   その日、ブルーは格納庫へとやって来た。
   ブルーがここへ足を運んだのは、今夜が初めてだった。
   巨大なシャングリラにふさわしく、その格納庫も広かった。
   そこにはシャトルや輸送艇など、様々な飛行機が何十機もあった。
  「わあ……すごい!」
   ブルーは初めて間近に見るそれらに瞳を輝かせた。
   シャングリラを見てもそうだが、ミュウの科学力の高さが改めて感じられた。
   時間が深夜という事もあり、格納庫には他に人影はなかった。
   ブルーはレインとともに、ゆっくりと歩いて様々な飛行機を見て回った。
  「すごいなあ……」
  『ぶるー、ヒコウキガスキ?』
  「うん、だって空を飛べるんだよ」
   シンみたいな強いサイオンがあれば別だけれども、空に───宇宙に近づけるそれらに、ブルーは密かな憧れがあっ
  た。
   と、格納庫の一角に、他とは明らかに形状の異なる機体が数機あった。
   流線的なフォルムの、どこか猛々しいイメージの機体。
  『……これはもしかして、最近開発していたもの……?』
   ブルーが歩み寄ると、てっきり無人だと思っていたのに、一機の機体の陰に人影があった。
   機体の整備をしているのか、そこには黒髪の一人の女性がいた。
   ブルーは彼女の後ろ姿を見た途端、それが誰なのかすぐに分かった。
  「おヤエ……さん?」
  「はい?」
   振り向いたヤエは自分を呼んだのがブルーだと知って、あらとつぶやいた。
   ヤエは一瞬困惑したような顔をして、整備の手を止めた。
  「どうしようかしら……。ブルーとお呼びしてよろしいでしょうか」
  「もちろんです。あ、僕の方こそ馴れ馴れしく呼んでごめんなさい」
   ブルーが口にしたのは、初対面の者が口にしていいような呼び方ではなかった。
   慌ててブルーは頭を下げた。
   けれどヤエにはそれを気にする風はなかった。
  「構いませんわ。皆もそう呼んでいますし」
   眼鏡の向こうで、黒い瞳が和らいだ。
   どこか愛嬌のあるその笑顔に、ブルーも安心した。
  「でも、こうしてブルーにお会いするのは初めてでしたよね。どうして私の名前をご存じだったんですか?」
  「そうですけど、でも……」
   問われて、ブルー自身も戸惑った。
   シャングリラのミュウ全員の名前は覚えていたけれど、顔まで覚えきってはいなかった。
   けれどすぐに分かったのだ。
   彼女を見た瞬間、彼女の名前が心に思い浮かんだのだ。
  「……どうしてなんだろう。でも顔を見た途端、“おヤエさん”だって思って───」
   まるで以前、そう呼んでいたように───。
   不思議そうにつぶやくブルーだったが、何故なのかその理由は分からなかった。
   考え込むブルーをヤエはしばらく見つめていたが、それ以上は追及してこなかった。
   そして二人は目の前の機体について話をした。
  「何をしていたんですか?」
  「機体の調整です」
   まだ不安定な箇所がありますので、とヤエは言った。
  「……もしかしてこれは、戦うための……?」
  「ええ。タイプ・ブルーの子供たちのための、戦闘機です」
   やっぱりとブルーは思った。
   シンの補佐として働くうちに、データでだけならブルーもその存在は知っていた。
   この戦闘機に乗ってトォニィたちはいずれ戦うのだ。
   苦々しいような気持ちで戦闘機を見つめるブルーとは反対に、ヤエの視線は優しかった。
   まるで我が子を見つめる母親のような眼差しだった。
   それにブルーはもしやと思った。
  「これは……おヤエさんが開発した機体ですか?」
  「ええ。初めて一人で。幸い、時間だけはたっぷりありましたので」
   設計からすべて自分一人で手掛けたのだというヤエは、この機体に深い思い入れがあるようだった。
   その姿を目にしたブルーの胸にも、不思議な感慨が湧き上がった。
  「……すごいね。そんな事まで、もう一人でできるようになったんだ───」
  「え……?」
   心に浮かんだそのままを、ブルーは口にしていた。
   けれどヤエの不思議そうな瞳に、ハッした。
  「あ……僕……?」
   いま自分は何を言ったのか。
   まるで昔からヤエを知っているような事を、どうして思ったのか。
   驚き戸惑うブルーを、ヤエはしばらく見つめた。
   けれど何も問いはしなかった。
   ブルーの様子から、聞いてもきっとブルーには答えられないだろうと思ったからだ。
  「……興味深くはありますが、そういった現象は私の専門外ですわ」
   肩をすくめて、ヤエはつぶやいた。




シャングリラにはおヤエさんの他にも、ニナやルリ、トキやハロルドやキムもちゃんといます。
でも出すとますます話が長くなりそうなので、どうしても外せないと思った最少人数で話を進めようと思ってます。
シンと子ブルだけ書いていたいのは山々ですが、そういう訳にはいかないのがなんとも…(^^;)


2008.12.04





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