exceeding thousand nights ・37



   ブルーはいつも通り、食堂でトォニィたちと昼食をとっていた。
   レインは大人しくブルーの肩に乗り、楽しく会話をしながら食事を続ける5人を眺めていた。
   ブルーがグリーンピース入りのスープを一口、スプーンで口に運ぼうとした時、突然それは聞こえてきた。
  『……こんなにグリーンピースが入ってる……残すか』
  「ダメだよ、食べ物を無駄にするなんて。ちゃんと食べなきゃ」
   言いながらブルーが顔を上げると、真正面に座っていたトォニィと目が合った。
  「え? いきなりなんだよブルー」
   トォニィはきょとんとた顔でブルーに問い返してきた。
  「だって今、グリーンピースを残すって言っただろう?」
  「僕は言ってないよ」
  「言ったよ」
  「言ってない」
   ブルーとトォニィは、言った言わないで押し問答を始めた。
   二人の会話を耳にし、トォニィの隣に座っていたアルテラが口を開いた。
  「ブルー、トォニィはそんな事言ってないわよ。まあ、確かにトォニィはグリーンピースが大嫌いだけど」
  「ガキみたいだよなあ」
  「ほんと」
   アルテラの言葉に、タキオンとタージオンが笑った。
   トォニィが睨みつけてきたので、二人は慌てて真面目な顔で食事を続けた。
   けれどブルーは腑に落ちなかった。
  「だって、確かに───」
  「僕は言ってないよ。……考えただけだ」
  「え……」
   トォニィの言葉に、ブルーは驚いた。
   賑やかな食堂の一角で、ブルーやトォニィたち5人だけが、押し黙った。
  「ブルー、もしかしてトォニィの思念波を聞きとったんじゃないの?」
   口火を切ったのはアルテラだった。
   けれどブルーにはその実感がなかった。
  「まさか……今のが、思念波……?」
   ブルー自身はまだ信じられないようだった。
   トォニィは冷静に、ブルーの肩に乗っているレインを見た。
   もしかしてナキネズミが持つ、思念波を増幅させる力が働いたのではないだろうか。
  「ちょっとそいつを貸せよ」
   そう言うと同時に、トォニィはサイオンでレインを手元に引き寄せた。
  「キュウンッ!」
   見えない手で掴まれたようにレインの小さな身体が空を舞い、トォニィの手の中に着地した。
  「レイン!」
   驚いたブルーはレインを取り戻そうとしたが、トォニィの手に阻まれてそれはかなわなかった。
  『──────』
   同時にトォニィはブルーに思念波を送ったが、ブルーは苛立った顔のまま、無反応だった。
  「トォニィ、レインに乱暴するな」
  「してないよ、ほら」
   トォニィはブルーの手に、レインを返した。
  「レイン!」
   ブルーがレインをしっかりと抱き締めたのを確認し、トォニィはまた同じように思念波を送った。
  『おめでとう、ブルー』
  「え……?」
   すると今度ははっきりと、反応があった。
   ブルーは驚いたように、トォニィを見返してきた。
  「トォニィ……?」
  『おめでとうって言ったんだよ。僕の思念波が聞こえるんだろう?』
   笑いながらトォニィは言った。
  『ようやく思念波が使えるようになったんだな。レインの力を借りなきゃダメみたいだけど……でも大した進歩だよ』
   トォニィがブルーからレインを一度引き離したのは、ただの意地悪ではなかったのだ。
   一方、そう言われたブルーは未だ信じ切れずにいた。
  「これが、思念波……?」
   実感はわかないが、確かに肉声ではないトォニィの声がブルーには聞こえた。
   戸惑うブルーに、アルテラからも、そしてタキオンとタージオンからも思念波が届いた。
  『よかったわね、ブルー』
  『ちょっと遅かったけど、よかったな』
  『おめでとう、ブルー』
   4人の声はどれも喜びに満ちていて、ブルーの変化を我が事のように喜んでくれている事がブルーにも余さず伝わって
  来た。
  「みんな……ありがとう」
   ブルーの腕の中で、レインも嬉しそうにふるふると尻尾を振った。
  『ぶるー、ヨカッタネ』
  「ありがとう、レインのおかげだよ」
   ブルーはレインを思い切り抱き締めた。
   しばらくブルーはそのままレインを抱き締めていたが、不意に席を立った。
  「僕……ソルジャーのところに行ってくる」
   普段物静かなブルーにしては、突然の行動だった。
   驚いたのはトォニィたちだった。
  「え? でもまだ食事の途中だぞ」
  「ごめん! 片付けておいて」
   そう言うとブルーはレインを抱き締めたまま、走って食堂を出て行った。
  「なんだよあいつ……」
  「よっぽど嬉しいのね」
   ブルーの後ろ姿をトォニィたちは見送る事になったが、けれど皆その顔は笑顔だった。


   ブルーがシンを探すと、シンはちょうどブリッジに上がる手前の通路を一人で歩いていた。
  「ソルジャー……!」
  「ブルー?」
   ブルーに気づいたシンは、足を止めて振り返った。
   そこへブルーは走り寄り、追いついた。
  「そんなに急いでどうしたんだい?」
   ひどく慌てた様子のブルーの身を、シンは案じた。
   ブルーは走ったせいで弾んだ息を整えながら、伝えたくて仕方がなかった事を告げた。
  「ソルジャー、僕、思念波が使えました!」
  「本当かい……?」
  「はい! レインの力を借りてですけど、確かにトォニィたちの思念がはっきりと聞き取れました」
   ブルーはよほど嬉しかったのだろう、頬を紅潮させて、その腕にレインを抱き締めたままだった。
   シンを見上げるその表情には、喜びだけが湧き上がっていた。
   それに、シンは眼を細めた。
  「そうか……それはよかった。今までの訓練が無駄ではなかったという事だ。おめでとう、ブルー」
   シンがブルーのプラチナブロンドの髪を梳くように撫でると、ブルーはされるがままになっていたが、しばらくすると俯いて
  しまった。
  「よかった……」
  「ブルー?」
   訝しんだシンが名前を呼ぶと、ぽつりとブルーはつぶやいた。
  「よかった。僕、本当にミュウだったんだ……」
  「そんな事を心配していたのかい?」
   ブルーがそんな事を案じていたなどとは、シンは気がつかなかった。
   何度もブルーには「君はミュウだ」と言い聞かせていたから、不安は拭い去れたと思っていた。
  「すみません。でも僕、サイオンも思念波も、ちっとも使えなかったから……」
   シンの言葉は信じていた。
   信じていたけれど、それでも不安だった。
  「君は正真正銘のミュウだ。それ以外ではありえないよ」
  「ソルジャー……」
   ブルーは再び顔を上げてシンを見た。
   よほど安堵したのか、その瞳には薄っすらと涙が滲んでいた。
   そう、ブルーがミュウでない訳がなかった。
   ブルーは、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりなのだから。
   垣間見えたソルジャー・ブルーの意識、そしてブルーの変化。
   きっともうすぐ彼は目覚める───そう考えるだけでシンの胸は震えた。
   それは甘く、そして同時に酷い痛みを伴った。
   たまらず、シンはブルーをその腕で抱き締めた。
  「……ソルジャー……?」
   ブルーは戸惑いながらも、抵抗はしなかった。
   ただ大人しく、シンの腕の中にいた。
   そのブルーの意識に、不意に触れた思念があった。
  『……愛しています───』
  「……!?」
   それはいつかの夢の中で、ブルーが聞いたのと同じ声だった。
   シンの思念波だった。




ようやく子ブルは思念波が使える事に自分で気がつきました。
今までも必ずレインが傍にいて、時々感じとっていましたけどね。
そしてシンの想いにも気がつきました。
37話めにしてようやく……長かった〜。


2009.1.6





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