exceeding thousand nights ・38



   ブルーは一人、自室のベッドにうつ伏せになりながら考えていた。
   戸惑っていた。
  『ソルジャーが僕を……?』
   そんな事がある筈がないと思った。
   シンは男性だし、ブルーもそうだった。
   そんな事がある訳がなかった。
   けれどシンに抱きしめられた時、レインを介して届いた思念波───シンのそれは確かに「愛しています」と言ってい
  た。
   驚いたブルーはシンの腕から逃れると、その場から逃げ出してしまった。
   シンはブルーを追わず、名前も呼ばれなかった。
   振り返らずに一目散に走ってきてしまったので、シンがどんな様子だったのかブルーには分からなかった。
  『もしかしたら……あれも夢じゃなかった……?』
   10日ほど前に青の間で倒れた時、シンに「愛している」と口づけられた夢を見た。
   夢だと思っていた。
   けれど、もしかして───……?
   その考えがあまりにも恥ずかしく、ブルーは頭を横に振ってそれを打ち消した。
  「……そんな事、ある訳ないよ」
   抱き締めたまま連れ帰ったレインは、枕元のシーツの上で身体を丸めて眠り込み、ブルーの疑問には答えてはくれな
  かった。


   それから、ブルーはシンと二人きりになる事を避けた。
   シンに会う時はリオや誰かが必ず側にいる時にするようにした。
   青の間に出入りする時は、シンがいない時を見計らった。
   そんな自分の行動をブルーもどうかと思ったが、どうしてもぎこちない態度をとってしまった。
   あれがシンの本心なのだとはとても思えなかったが、もしもシンと二人きりになってしまったら、ブルーはどうすればいいのか
  分からなかった。
   シンの態度には何の変化もなかった。
   ブルーに対しても何も言わず、冷静沈着なソルジャーとして今まで通りに接してきた。
   やはりあれは間違いだったのかと思いながら、思念波故に否定もしきれず───ブルーは一人で戸惑う日々を過ごして
  いた。


  『どうかしたのですか、ブルー』
  「え……?」
   リオに問われて、ブルーは慌てて顔を上げた。
   すると隣を歩いていたリオが、ブルーを凝視していた。
  「リオ?」
   ブルーが問いかけると、リオは苦笑した。
  『心ここにあらず……のようでしたから』
  「べ、別に僕は───……。ごめんなさい」
   否定しかけて、ブルーは素直に頭を下げた。
   いつの間にか考え事をしてしまっていたのだろう、リオの話を途中から聞いていなかった。
  『いえ、いいんですよ』
   リオは怒りもせず、止めていた足をまた進めて通路を歩き出した。
   ブルーもそれに続いた。
   肩に乗せていたレインが、励ますようにブルーの頬をペロリと舐めた。
   レインの力を借りて思念波を扱えるようになった事は、リオにも話した。
   リオもとても喜んでくれた。
   リオが言うにはそれでもブルーの遮断は変わらないという事だった。
   意識してしている事ならともかく、無意識にしている事なので、ブルーにはそれを解く事もできない。
   その後もサイオンの訓練は続けており、まれに微弱な思念波なら一人でも発せられるようになった。
   自分だけの力で、思念波を自由自在に扱えるようになる事───それが今のブルーの目標だった。
   そしてブルーがリオと一緒に訪れたのは、保育室だった。
   そこにはアタラクシアの研究施設から助け出された子供たちがいた。
   子供たちの世話を担当するミュウの女性が2人、子供たちと遊んでいた。
   その様子を確認するのが、リオとブルーの目的だった。
   助け出された子供たちの年齢は様々だった。
   就学年齢に達していた子供には各自様々なカリキュラムが組まれ、かつてのブルーのようにヒルマンの元で学んでいた。
   けれどまだ幼い、4〜5歳の幼子も3人おり、その子たちは普段は保育室で過ごしていた。
   記憶を消されていたために、研究施設で子供たちがどんな扱いを受けていたかは分からない。
   辛い事もあっただろうに、子供たちは少なくとも今は無邪気に遊んでいた。
  「あ、リスだ!」
  「ちがうよ、ネコだよ」
   ブルーの肩にいたレインに気づいた子供たちは、ブルーの元に一斉に駆け寄って来た。
  「ぼくにかして」
  「あたしにも」
   子供たちは騒ぎながら、レインに向かって手を伸ばしてきた。
   ブルーは微笑みながら子供たちに言った。
  「この子は僕の友達のナキネズミだよ。名前はレインっていうんだ」
  「レイン?」
  「みんなも友達になってくれる?」
  「うん!」
  「ともだちだね」
   ブルーが訊ねると、3人の子供たちはしっかりと頷いた。
   そしてブルーの肩から下りたレインは、子供たちに抱き締められたり、腕の中から逃げ出して頭の上に乗ったりした。
   子供たちはみな大喜びだった。
   ブルーが子供たちと接している間に、リオは保育担当の女性の一人に声をかけた。
  『どんな様子ですか?』
  「みんなとても元気に過ごしています。ただ……」
  『何か気になる事が?』
   女性はためらいながら、つぶやいた。
  「どんな風に子供たちに接すればいいのか、私、自信がなくて……」
   子供たちの相手をしながら、それを耳にしたブルーは驚いた。
  『……大丈夫ですよ』
   リオは驚くことなく、優しく微笑みながら答えた。
  『子供たちはみんな生き生きと過ごしているようです。今のままでいいんですよ』
  「そうでしょうか……?」
  『ええ、きっとね』
  「はい、ありがとうございます……!」
   リオに励まされた女性は、嬉しそうな笑顔を見せた。


   保育室からの帰り道、ブルーはリオに訊ねた。
  「どうしてあの人はあんな事を気にしていたのかな」
   子供たちはとても元気に過ごしていた。
   ブルーの目にはとても楽しそうに見えたけれど、何を不安に思う事があるのか不思議だった。
   リオはすぐにその理由を教えてくれた。
  『今まで子供と過ごした事がないから、どう接すればいいのか戸惑う事も多いのでしょう』
   実際、シャングリラには子供がいなかったために保育室がなく、子供たちが救出されてから初めて用意されたのだ。
   それにはブルーも驚いた。
  「でも、子供ならトォニィたちがいたのに?」
  『トォニィたちは自然出産児ですから、実の親たちが自ら育てました。けれど大多数のミュウには、子供と直接接する機会が
  長い間なかったんです』
   僕も含めて、とリオは言った。
   自然出産児とミュウの間にあった確執も互いを隔てていたのだが、リオは敢えて言葉にはしなかった。
   ブルーは言外のそれに気づいたが、何も言わなかった。
   実際、トォニィたちと他のミュウが話す機会はまだ少ないが、けれど食堂で時折会話を交わす事もあった。
   以前感じたような敵意めいた視線も、かなり薄らいでいた。
   だからそれには触れずに、代わりにブルーは別の疑問を口にした。
  「長い間……ってどれくらい?」
  『このシャングリラが地中に隠れ潜んでから………もう100年以上にはなります』
  「100年以上……!?」
   確かにアタラクシアの研究施設から子供たちを救い出した時も、長い間ミュウは地中に隠れ住んでいたと聞いた。
   100年以上、巨大とはいえこの閉じられた船の中で限られた者たちだけで過ごす───それはどんなに苦しいものだろ
  うか、ブルーは想像してもしきれなかった。
   リオはいつもブルーにあれこれと教えてくれた。
   きっと様々な苦しい出来事も経験したであろうに、それを自分から口にした事はなかった。
   実際シンの補佐を長い間していたのだから、リオには知らない事はないように思われた。
   もしかしたらと、ブルーは思った。
  「……ねえ、リオ」
  『なんでしょうか?』
  「あの……あのね───……」
   ブルーは口を開いたが、けれどいざ聞こうとして言葉に詰まってしまった。
  「……何でもない」
   結局ブルーは何も言わずに押し黙った。
   シンに好きな人はいるのか。いたとしたらそれは誰なのか。
   リオなら知っているかと思い、聞いてみようとして───やめた。
   どうしてそんな事を気にするのか、逆に問われたら答えられないからだ。
   リオは僅かに怪訝そうな顔をしたが、結局何も追及してはこなかった。




やっぱり慕っているとはいえ、ミュウの長(おまけに同性)に……なんてなったら、戸惑うと思うんですよね(^^;)
シン子ブルが好き好きな身としては、さっさとどうにかなっちゃえ〜と思うのですが、書き手としては予定調和的になるのはイカン!と思ってしまうのです。
そしてそういう事を考えてるから、話はどんどん長くなり……とはいえ話の4分の3は書き終えた感じです。


2009.1.17





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