exceeding thousand nights ・39



   昼食時、ブルーはトォニィたちと食堂に向かってシャングリラの通路を歩いていた。
   すると通路の先に人影が見えた。
   それはシンだった。
   鮮やかな緋色のマントが視界に入って、ブルーはドキリとした。
   通路のはるか先を歩くシンは、ブルーには気づいていないようだった。
   以前のブルーならシンの元へ駆け寄っていただろうが、今はとてもそんな事などできず───足早に歩いてゆく姿を見
  送った。
   見送ろうと思っていた。
   けれどブルーの隣から、突然喜びの声が上がった。
  「グラン・パ!」
   喜びに満ちた声を上げたのはトォニィだった。
   その声にシンは足を止めて振り返った。
   トォニィは駆け出すと、シンの元へと走って行った。
    
グラン・パ
  『おじいちゃん……?』
   いまトォニィはシンを確かにそう呼んだ。
   驚いたブルーはトォニィの後ろ姿を呆然と見つめた。
  「グラン・パ、久しぶり!」
  「トォニィ」
   シンの元へ走り寄ったトォニィは、嬉しそうにシンを見上げた。
   シンは驚いた様子もなく、静かな様子でトォニィを見返した。
  「たまには僕の訓練もみてよ。いつも同じような訓練ばっかりで飽きちゃったよ」
  「皆、訓練は進んでいるのか?」
  「一応ね。でもグラン・パ───」
  「分かった。そのうち時間を作ろう」
  「約束だよ!」
   望んでいた返事をもらえて、トォニィは飛び上がらんばかりに喜んだ。
   そこへ普通に歩いてきたアルテラたちもようやく追いついた。
   ブルーはシンの傍へ近寄るにはためらいがあったが、今さらどこへ逃げる訳にもいかず、トォニィやアルテラたちの後ろ
  に控えた。
  「またトォニィのグラン・パ贔屓が始まった」 
   呆れたようにアルテラが言った。
  「なんだよ」
  「別にぃ」
   口ではそう言ったアルテラだったが、後ろにいたタキオンとタージオンと笑いあった。
   シンはそんなトォニィたちを見つめていたが、その視線がふとブルーに向けられた。
   シンの翡翠色の瞳と一瞬視線が合い、ブルーは慌てて視線を下げた。
   悪い事など何もしていないのに、シンの目を見ていられなかった。
   シンは視線をトォニィに戻すと、問いかけた。
  「これから昼食か?」
  「うん。グラン・パは? 一緒に行かない?」
  「僕はいい。皆、早く行くといい」
   そう言うとシンは、ブルーやトォニィに背を向けて再び歩き出した。
  「約束だよ、グラン・パ!」
   トォニィはその背中に大きく手を振った。
   シンは振り返りはしなかったが、トォニィは満足そうだった。
   シンの姿が通路から消えてから、ブルーはトォニィに詰め寄った。
  「……トォニィ!」
  「な、なんだよ、ブルー」
   ブルーの勢いに、珍しくトォニィは気押されていた。
  「トォニィはソルジャーの何なの?」
  「はあ?」
  「今、ソルジャーの事を“グラン・パ”って呼んでたよね? もしかしてトォニィのお父さんは、ソルジャーの子供……?」
  「何言ってんだよ、ブルー」
   トォニィはすぐにいつもの調子を取り戻した。
  「僕ら4人以外はみんな人工受精で生まれてるんだぞ。ブルーもそうだろう。僕のパパだってそうだよ」
  「あ、そうか……」
   自然出産児はトォニィたちだけなのだという事実はブルーも知っていた。
   けれど頭が混乱して、うっかり失念してしまっていた。
   そう言われてシンとトォニィに血の繋がりがない事は理解できたが、次にまた別の疑問が湧いてきた。
  「じゃあ何でソルジャーの事を“グラン・パ”って呼んでいるの?」
   不思議そうに問うブルーに、トォニィは胸を張って言った。
  「グラン・パが自然出産を推奨して、僕のパパとママはそれに賛同した。そうして僕は生まれたんだ。だからソルジャーは
  僕の“グラン・パ”なんだよ」
  「でも、ソルジャーをそんな風に呼ぶのはトォニィだけだけどね」
  「うるさいなあ、いいだろ」
   アルテラの一言に、トォニィはむきになって言い返した。
   ブルーは他にも知りたい事を次々と質問し続けた。

  「じゃあソルジャーが誰かと結婚していた訳じゃないんだ?」
  「ソルジャーはママ達みたいに、結婚はしてないはずよ」
  「恋人は……?」
  「さあ、いなかったんじゃないかしら」
   ブルーの質問に答えていたアルテラだったが、答えきれなくなってタキオンを見た。
   タキオンとタージオンの二人も揃って首を横に振った。
  「俺たちは知らないなあ」
  「パパとママからもそんな話、聞いたことないし」
  「そう……なんだ」
   皆の答えに、ブルーは肩に入っていた力を抜いた。
   アルテラはそんなブルーに不思議そうに聞いてきた。
  「ブルー、どうしてそんな事を聞くの?」
  「べ、別に……なんとなく気になって」
   歯切れ悪く、ブルーは答えた。
  「なんとなく、ねえ」
  「もういいよ。早く食堂に行こう」
   アルテラは訝しそうだったが、そんなやり取りに飽きたトォニィの一言で、その話はそこでおしまいになった。


   昼食後、ブルーは一人で展望室にいた。
   午後の仕事に就く前のほんの僅かな時間。今まではそんな時間も惜しんで仕事に向かっていたが、考え事をしたくてブ
  ルーはここに立ち寄った。
   レインは大人しく、ブルーの肩の上にいた。
   トォニィがシンを「グラン・パ」と呼んだ時、ブルーは心底驚いた。
   けれど二人に血の繋がりがないと知って、安心した。
   安堵した───。
   けれどどうしてその事に安堵したのか。
  『……もしかして……』
   ブルーの命を救ってくれた人。
   シンの事は大好きだった。
   ソルジャーとして、ミュウの長として。
   けれどそれだけならシンが誰とどんな関係を結んでいようと、気にならない筈だった。
  『もしかして、僕は……』
   ブルーは初めて意識した自分のその気持ちに驚いていた。
   ブルーはしばらく考え込んでいたが、その心に唐突にその思念波は届いた。
  『あの人がヒルマン教授の話してくれたソルジャー・ブルーなの?』
  『ソルジャー・ブルーの生まれ変わりね』
  「───!?」
   ブルーが驚いて顔を上げると、10メートルほど離れた場所に子供たちの集団がいた。
   それはアタラクシアの研究施設から救出された子供たちだった。




ようやくブルーが自分の気持ちに気がつきました。
そしてソルジャー・ブルーの事を知るとこまできました。
大切な事って、意外と本人だけは知らないんですよね。
なのにそれを知らされる時は、まったくの第三者からだったり。
以前、世間話で「○○さんちの○○さん、末期なんだって。でも本人には告知していないんだって」などという話を聞きまして。
そんな大事な事を御本人が知らずに、見知らずの私が知っているのってなんだか変……と思ったものです。
例えば会社の人事異動なんかも、本人に通達がきてないのに、別の部署の関係ない人が既に知っていたりして。
世の中不思議なものです〜。


2009.1.24





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