exceeding thousand nights ・40
『ソルジャー……ブルー?』
初めて聞くその名前にブルーは戸惑った。
一体誰だろうか。
ブルーというのは自分と同じ名前だ。
けれど生まれ変わりとは───一体どういう意味だろうか?
『君たち……?』
ブルーは無意識のうちに思念波で問いかけていた。
そのブルーの思念波が届いたのか、子供たちは一斉に顔を上げてブルーを見た。
『あ……!』
『いけない、内緒なのに』
『行こう、みんな』
子供たちは交わしていた思念波がブルーにまで聞こえていた事に気づいて、慌てて通路を逃げて行った。
「あ、待って……!」
ブルーは咄嗟に呼び止めたが、子供たちは誰も足を止めなかった。
胸の中にたくさんの疑問を残したまま、ブルーはたった一人その場に残された。
落ち着かない気分のまま、ブルーはその日一日を終えた。
けれど仕事を終えた後、自室の端末からシャングリラのメイン・コンピュータにアクセスしてみた。
ソルジャー・ブルーという人の事が知りたかったのだ。
けれどコンピュータからの答えは「回答不能」だった。
もしやと思い、今度はソルジャーの事を検索した。
けれど画面に映し出されたデータはソルジャー・シンの事のみで、ソルジャー・ブルーの事はもちろん、先代のソルジャ
ーについても何一つ呼び出せなかった。
『データがロックされている……?』
シン以外のソルジャーの存在について、ブルーは先代のソルジャーがいたという事しか知らなかった。
おそらくソルジャー・ブルーというのは、先代のソルジャーの事だ。
けれどどうしてその人に関する情報が引き出せないのか、データがロックされているのか。
『僕と同じ名前の人……』
じわじわとした訳の分からない、嫌な思いだけが浮かび上がる。
端末の前で、ブルーは考え込んでしまった。
ブルーの肩にいたレインが気づかわしげにキュウンと鳴いたが、ブルーは気づかなかった。
考え込んだままブルーが部屋を出ると、ちょうど通りかかったリオと会った。
『ブルー、どちらへ?』
「リオ……」
『どうかしたのですか? 顔色が悪いですよ』
「ううん、別に───」
言いかけて、ブルーは気がついた。
リオはいつでもブルーを助けてくれた。分からない事は何でも教えてくれた。
そしてリオはシンの補佐だ。リオならきっと知っている筈だった。
「リオ」
『はい』
「リオはソルジャー・ブルーって人を知っている?」
『───!』
ブルーの質問にリオは息を呑んだ。
「メイン・コンピュータにアクセスしても、分からなかったんだ」
『そうですか……』
それは当然だった。
ソルジャー・ブルーに関するデータに関しては、シンの指示で誰も引き出せないようになっていた。
もっともシャングリラに乗船するミュウでソルジャー・ブルーの事を知らない者はいない。
ただ一人、ブルーを除いては。
シンがソルジャー・ブルーのデータをロックした理由はただ一つ、万が一にもブルーに知られないためだった。
ミュウ全員がブルーにはソルジャー・ブルーの存在は秘密にしておくように命じられていたのに、いったいどこからブル
ーの耳に入ったのか。
「その人はどんな人なの? 僕がソルジャー・ブルーの生まれ変わりだって、どういう意味?」
『誰がそんな事を───!』
表向きリオは穏やかな様子だったが、リオの表情が一瞬強張ったのをブルーは見逃さなかった。
「やっぱりリオも知っているんだ」
『いいえ、僕は……』
「知っている事があるなら僕に教えて」
『……すみません……』
リオにはシンの命令を破る事はできなかった。
「リオ!」
『…………』
ブルーがどれだけ頼んでも、リオは押し黙ったままだ。
明らかに何か知っている様子なのに、答えてくれなかった。
「……もういいよ」
焦れたブルーはリオから一歩離れた。そして走り出した。
「ブルー!」
リオが呼んでも、ブルーは振り返らなかった。
リオはその後ろ姿を見送りながら、思念波でシンを呼んだ。
ブルーが辿り着いたのは、天体の間だった。
フィシスは突然のブルーの訪問に驚きを隠せなかった。
「まあ、ブルー」
「ごめんなさい、こんな夜中に急に……」
「私は構いませんわ。でも、どうしたのですか? そんなに急いで」
気を悪くした風もなく、フィシスはにこやかにブルーを迎えた。
我武者羅に走り出したブルーだったが当てがあった訳ではなく、気がついたらここへやって来ていた。
「何かあったのですか? ブルー」
「フィシス……」
フィシスは優しく、ブルーに問いかけてくれた。
ブルーはフィシスにソルジャー・ブルーの事を聞いてみたかった。
けれどリオのように拒まれてしまったら、フィシスにまで拒否されてしまったらどうすればいいのか。
その怯えがブルーを躊躇わせた。
その場に立ち竦ませた。
「ブルー?」
常ならぬブルーの様子を案じたフィシスは、その手をブルーの肩にそっと添わせた。
その、フィシスが触れてきた瞬間───ブルーの中に流れ込んできたものがあった。
『あ……っ!?』
『ああ……!!』
思念波は一瞬で情報のすべてを伝えられる。
そしてミュウの中でも特殊な能力を持つフィシスは、触れている者に心を隠せなかった。
一瞬で、ブルーはフィシスの記憶を知った。
───フィシスの出生。
───そして、ミュウの長ソルジャー・ブルー。
───その出会いと過ごしてきた長い年月。
───尽きかけた寿命。
───迎えられた二代目の長。
───人類の攻撃から地下に逃れたシャングリラ。
───そのために命を落としたソルジャー・ブルー。
───ミュウを、そしてシンを襲ったあまりにも深い絶望。
───ソルジャー・ブルーが残した約束。
───彼が再び生まれ変わるその日まで、待つ事を決めたシン。
───見殺しにされ続けた新たなミュウたち。
───そして百年後、ようやく生まれた一人の───……。
思念波はブルーの知りたかった事を、そして知りたくなかった事までも伝えてきた。
「…………!!」
ブルーは自分に触れていたフィシスの手を振り払った。
「あ……」
フィシスも明らかに動揺していた。
そんなつもりは毛頭なかったのに、フィシスが知る限りのすべてを、シンに禁じられていた事までもブルーに伝えて
しまった。
フィシスの記憶の中にあったソルジャー・ブルーの姿。
銀色の髪と紅い瞳をしたその人は、ブルーとよく似た顔立ちをしていた。
いや、ソルジャー・ブルーを知る者からすれば、ブルーの方が似ている事になるのだ。
「ブルー……」
「違う……」
ためらいがちにフィシスが自分を呼ぶ声を、ブルーは否定した。
胸の中にあるのは、恐ろしいほどの絶望。
『僕と同じ名前なんじゃない……』
生まれた時から呼ばれていた「ブルー」という名前。
自分のものだと思っていた名前。それさえも───。
『僕の名前がソルジャー・ブルーと同じなんだ……!』
たまらずブルーはその場から走り去った。
「ブルー!!」
フィシスが叫ぶのにも構わず、ブルーは天体の間を後にした。
いつもブルーと一緒にいたレインも、その場に取り残された。
確か去年の今頃、大阪のオンリーに参加するために乗った新幹線の中で、この話の最初のプロットをまとめてみたんでした。
その時はまさか一年後の今、まだ話を書き終えていないとは夢にも思わず……(^^;)
確か当初はもっと甘々なシーンも多く、大体25話くらいで終わるかな〜と思っていたような。
いくら何でも甘すぎる予想でした。
そしてこの後の展開も甘いものとはほど遠くなります。
2009.2.7
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