exceeding thousand nights ・43
翌朝、リオとフィシスが青の間を訪ねて来た。
二人とも、朝になっても自室に戻らないブルーを心配したためだ。
そしてブルーはきっとシンの元へいるだろうと、二人とも思っていた。
けれど訪れた青の間には固くシールドが張られ、フィシスはおろかリオさえも入室できなかった。
『ソルジャー……、リオです。どうされたのですか……?』
『ソルジャー・シン、返事をして下さい』
リオとフィシスがそれぞれ、思念波でシンに呼びかけた。
当初、青の間の内からは何の返答もなかったが、二人とも諦めずに待ち続け、呼びかけ続けた。
するとしばらくして、ようやくシンが姿を現した。
青の間の中からテレポートしてきたのだろう、その姿は突然リオとフィシスの前に現れた。
『ソルジャー!』
「ああ、ソルジャー」
リオもフィシスも安心して、表情を和らげた。
しかし対したシンは常にも増して冷たい眼差しをしていた。
『ソルジャー、ブルーの姿がどこにもないのです』
「ブルーは……?」
「……ブルーなら青の間にいる。心配しなくていい」
口々に問う二人に、シンは答えた。
感情を感じさせない、冷たい声だった。
「ブルーはどうしているのですか? ショックを受けて泣いているのではないでしょうか……?」
「君がどうしてそんな心配をする?」
逆にシンに問われて、フィシスは息を呑んだ。
「フィシス?」
「ソルジャー……私───私、が……」
言葉を濁したフィシスだったが、意を決したようにその盲目の瞳をシンに向けた。
「……申し訳ありません、ソルジャー。私が明かしてしまいました……ソルジャー・ブルーの事を」
「……そうか、君か……」
フィシスの懺悔に、シンがその翡翠色の瞳を眇めた。
そして手袋に包まれたシンの片手が、フィシスの細い首に伸ばされた。
「ソル……!」
その指先に殺気めいたものを感じて、フィシスは身を強張らせた。
『おやめ下さい、ソルジャー!』
傍らにいてそれを察知したリオが、咄嗟にシンとフィシスの間に割って入った。
緊張感と静寂が、青の間の前に満ちた。
もしもリオが止めなかったら、シンはフィシスを傷つけていたかもしれなかった。
少なくともリオとフィシスにはそう感じられた。
怯えたように、フィシスはリオの背に縋った。
『ソルジャー……』
「───」
戸惑いながら、それでもリオはシンを見つめた。
けれどシンからは何の返事もなかった。
触れようとした目標を失くし、シンはその片手をゆっくりとした動作で戻した。
その表情からは何も感じられなかった。
先ほど一瞬感じた殺意めいたものも、怒りも、何も。
ただその瞳は昏く、もうリオもフィシスも映してはいないようだった。
そしてその姿は現れた時と同じく、唐突に消えた。
『お待ちください、ソルジャー!』
縋るようにリオが叫んでも、シンはその場に戻りはしなかった。
青の間にシンが戻ると、ブルーは眠っていた。
眠り続けていた。
昨夜意識を失ってから、ずっと───。
身体は清め、傷の手当もした。
それでもよほどショックを受けたのだろう、昨夜から高熱を出して苦しそうにしていた。
解熱剤を投与しても熱は完全には下がらず、ブルーはただ眠り続けていた。
シンは寝台の横に立ったまま、そんなブルーを見つめた。
この寝台で眠るブルーの姿───それはシンが記憶するソルジャー・ブルーの姿とひどく重なった。
ソルジャー・ブルーの寿命は、シン───ジョミーが出会った頃には既に尽きかけ、彼はほとんどの時間を寝台で
眠り過ごしていた。
まるで残された時を少しでも繋ぐように。
次代のソルジャーとして見出されたジョミーは、紆余曲折の末にそれを継いだ。
彼を地球へ連れて行きたいと思ったから。
そして、彼を愛し始めていたから。
けれどジョミーとミュウが地球へ旅立つ力を蓄える前に、惑星アルテメシアの雲海の中に潜んでいたシャングリラは
人間の監視網に発見されてしまった。
嵐のようにシャングリラに加えられる攻撃。
船体のあちこちが大破し、ワープドライブも損傷した。
ジョミーはシャングリラを守るために一人戦ったが、天空から何度も浴びせられる衛星軌道兵器のレーザーを防ぎ続け、
力尽きかけた。
身体中に傷を負い、意識を保っているのがやっとだった。
シャングリラの船体の上に膝をつき、見上げた空から衛星軌道兵器のレーザー光が降り注いだとき、ジョミーは死を覚悟
した。
それを退けたのはソルジャー・ブルーだった。
レーザーがシャングリラを破壊しようとしたその寸前に、彼はジョミーの前にテレポートして現れた。
そしてサイオンでシャングリラを地の底にテレポートさせた。
シャングリラと───ジョミーだけを。
ジョミーが意識を失う前に最後に目にしたもの。
それは彼の後姿───その銀色の髪と背を覆う紫のマントだった。
ジョミーが次に目覚めた時、シャングリラは既に地の底深くに在り、人間たちの攻撃の手から逃れていた。
けれどミュウたちは深い悲しみに襲われていた。
長であるソルジャー・ブルーは死んでしまった。
生き延びるための代償というには、あまりにも大きな存在を失ってしまった。
深い傷を負ったジョミーは、しばらく動く事もできなかった。
それでも数日後、痛む身体をおしてようやく訪れた青の間。
けれどそこにもう、その部屋の主の姿はなかった。
大切な───誰よりも大切な彼はもういなかった。
彼はもう自力では動けなかった。
僅かなサイオンしか使えなかった。
その彼はどれほどの力を振り絞り、ミュウを守ったのだろうか。
彼の身体はレーザーに焼かれて霧散しただろう。
ジョミーは暗く静まり返った青の間の、白い寝台に近づいた。
そこに残されていたものがあった。
白いシーツの上に残されたのは、彼の補聴器───記憶装置。
形見のように、彼の覚悟を知らせるように。
まるで別れを告げるように。
ジョミーはそれを手に取ると、自らの耳に付けた。
『ジョミー』
そこには彼の記憶が残っていた。
『ジョミー……生きてくれ』
『皆を頼む』
『そして、地球を───』
それはもう二度と聞くことのかなわない、彼の望み。
「ブルー……」
ジョミーは泣いた。泣き続けた。
涙しか出なかった───。
寝台の横に据えた椅子に腰を下ろし、シンは眠り続けるブルーを見つめた。
その滑らかな頬にはまだ微かに、涙の痕が残っていた。
それに触れようとして、シンは伸ばしかけた手を途中で止めた。
『僕は何をした?』
もう二度と失わないと決めていたのに。
『誰を抱いた……?』
ブルーを傷つけたのはフィシスでもリオでもない、シン自身だ。
シンは俯き、寝台に肘をつき───両手で顔を覆った。
けれどシンは泣きはしなかった。
今はもう、涙さえも枯れてしまった。
彼が形見のように残した補聴器は、今もシンの耳にあった。
ソルジャー・ブルーの最後については、敢えてあっさりと書きました。
ソルジャー・ブルーの死については原作とアニメだけで胸いっぱいなのです。
必要なので今回書きましたけどね。
ちなみに42話では、シンは子ブルにヒドイ事をあれこれしてしまいました。
考えて書いたのは私ですが、子ブルにごめんなさいです〜(><)
2009.3.11
小説のページに戻る 次に進む