exceeding thousand nights ・44



   巨大なシャングリラの船体に、また激しい衝撃が走った。
   それは人類からの攻撃によるものだった。
   惑星アルテメシアの雲海の中に潜んでいたシャングリラを発見した事で、人類は今日こそミュウを殲滅しようとして
  いるのだろう。
   人類からの攻撃は大規模かつ、執拗なものだった。
   そしてもう数時間に及ぼうとしていた。
   シャングリラも船体の至る所とワープドライブを破損し、逃げ場を失くしていた。
   戦い続けるミュウのほとんどが疲弊し、倒れる寸前だった。
   船内の誰もが怯え、恐怖し、死を目前にした絶望に陥っていた。
   青の間の寝台に一人横たわりながら、ブルーはそれを感知していた。
   戦局はミュウの敗北という形で決しつつあった。
   けれどそれはミュウの絶滅を意味するものだ。
   また激しい衝撃が船体に走った。
   衛星軌道兵器からの高出力のレーザー攻撃だ。
   ジョミーが自らのサイオンで必死に防ぎ、直撃だけは免れた。
   けれど既に何発も浴びせられ、ジョミーがそれを防げるのも限界だった。
   戦いの中でジョミー自身も重傷を負い、苦しんでいた。
  『これ以上、君が傷つくのは見たくない……』
   ジョミーを苦しめているのは人間───そして彼を次代のソルジャーにと据えたブルーだった。
   動かない身体をそれでも無理に動かし、ようやく寝台から身を起こした。
   人類から「タイプ・ブルー」と恐れられたブルーだったが、もう既に戦えるほどの力はない。
   それでも、残り少ないサイオンを使えば何かが出来る筈だ。
  『死なせない……守ってみせる』
   ミュウを、そしてジョミーを死なせたくない。
   その一心がブルーを動かしていた。
  『ジョミー……生きてくれ』
   彼らを守れるのなら、潰えるのが分かっているこの命など少しも惜しくはなかった。
  『皆を頼む。そして、地球を───……』
   胸の内からついに消せなかった青い星への憧れ。
   それを振り切るように、ブルーは長い間その耳に付けていた補聴器を、外した───。



   ───ゆうるりと、ブルーの意識は目覚めた。
  「───……」
   うっすらと瞼を開き、ぼんやりとした意識のまま、まどろみのような時を過ごした。
  『───……ゆめ……?』
   夢をみていたような気がした。
   ひどく懐かしい───そして悲しい夢を。
  『いまの……夢は……?』
   誰かを守りたいと思った。
   死なせたくないと願った。
   あれは───誰?
  『僕は……』
   ブルーの瞳は徐々にはっきりと周囲を映し出した。
  『ここは……どこ?』
   微かに掌を動かせば、柔らかいシーツの肌ざわり。
   ブルーは寝台に寝かされているようだった。
   けれど自室のものではない。
   目に映る天井も自室のものではなかったが、前にも見た事のあるものだった。
   そして夢の中でも。 
  『ここは……青の……間?』
   広く暗く、静まり返った部屋の中、寝台の周囲だけがぼんやりと明るかった。
  『青の間……ソルジャーの……』
   ソルジャー・シンの部屋だ。
  「───……っ!!」
   シンを思い出した事で、ブルーの意識ははっきりとした。
   ブルーは寝台から飛び起きようとし、けれど感じる痛みに身体を二つに折った。
  「痛……っ!」
   身体のあちこちが痛く、そしてひどく重かった。
   ブルーはゆっくりとした動作で上半身を起こし、自らを見下ろした。
   いつの間に着替えさせられたのか、ブルーはメディカルルームで着用するような巻頭衣を着ていた。
   恐る恐るその下の素肌を確認しようとして、胸元の肌に常にはない鬱血の痕を見つけて、ブルーは慌てて目を背け
  た。
   どうしてそれが付いたのか、ブルーは忘れてはいなかった。
  「ソルジャー……」
   ブルーは苦々しくその名を口にした。
  『あれはなに……?』 
  『ソルジャーがした事はなに?』 
   怖かった。
   シンはブルーの知るシンではなかった。
   そしてブルー自身も、あんな風に───まるで自分が自分ではなくなってしまうような───……。
   思い出しかけて、ブルーはそれを打ち消した。
   再びドロドロとした暗い淵に引き込まれそうで、それが怖かった。
  『ソルジャーは……?』  
   ブルーが慌てて暗い部屋の中を見回すと、シンの姿はなかった。
   その事にブルーは心底安堵した。
   ここはシンの部屋。
   けれどかつてはソルジャー・ブルーの部屋だった。
  『逃げ……なくちゃ』
   このままここにいたら、シンが帰ってくるだろう。
   ここにはいたくない。
   シンに会いたくない。
   痛む身体で、ブルーは寝台を下りた。
   どれだけ眠っていたのか、足が僅かに萎えていた。
   一歩一歩を踏み出すのが、歩くのがひどく困難だった。
   それでもブルーは必死で、おぼつかない足取りのまま青の間の出口に向かった。
  「!?」
   けれどブルーは青の間から出られなかった。
   扉が開かないのだ。
  「どうして……?」
   ブルーにはまだ気付けなかったが、青の間には離れていてなお、シンがシールドを張っていた。 
   そうとは知らないブルーは扉を何度も何度も叩いた。
   早く逃げないと、ここにいたらシンが帰ってくる。
   その恐怖心がブルーを動かしていた。
  「開けて……開いてよ」
   必死に扉に縋るブルーの背後で、不意に声がした。
  「ブルー……!」
  「!!」
   それはブルーが大好きだった───けれど今は恐怖さえ感じさせる声。
   ブルーが目覚めた事に気づいたシンが、青の間に戻って来たのだ。
   ブルーは恐る恐る振り返った。
   振り返りたくはなかったが、シンに背を向けたままではとてもいられなかった。
   振り返った瞳に映ったのは、ブルーがよく知るシンの姿だった。
  「ブルー、目が覚めたんだね」
   シンの表情にも声にも、明らかな安堵の色があった。
   意識を失ったままのブルーを心配していたシンは、ブルーの目覚めに安心し、慙愧の念を一瞬忘れた。
   ブルーはシンを見て身を竦ませたのに、構わず手を伸ばした。
  「や……っ!」
   シンが触れようと伸ばした手。
   それを、まるで怪物でも見るようにブルーは凝視した。
  「ブルー……」
  「──────!!」
   その手がブルーの頬に触れる寸前、ブルーの悲痛な叫びが青の間に響いた。




シンは子ブルにすっかり嫌われちゃいました。
というか自業自得ですけどね(^^;)


2009.3.19





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