exceeding thousand nights ・45



   丸2日眠り続けたブルーは、青の間から自室に戻された。
   シンが呼んだリオの手を借り、青の間を後にしたブルーは、俯いたまま一度もシンを見なかった。
   その小さな背中は色濃い怯えを滲ませていた。
   シンの存在こそがブルーを怯えさせていたから───青の間に留めてはおけなかった。
   閉じ込めてはおけなかった。
   ブルーの事を一旦リオに任せたシンは、ソルジャーとしての役目を果たし続けた。何かしてないではいられなかった。
   けれど脳裏からは、ブルーの姿が消えなかった。
   恐怖に染まった青い瞳。
   まるで人間がミュウを見る時のように、ブルーは怯えきった瞳でシンを見た。
   けれどブルーにそうさせたのは、他ならぬシン自身だった。


   ブルーが自室に戻って一日が過ぎようとする頃、ブリッジにいたシンの元にリオからの思念波が届いた。
  『ソルジャー、よろしいでしょうか』
  『どうした?』
  『ブルーが……』
   シンが思念波で答えると、珍しくリオは言葉を濁した。
  『ブルーがどうかしたのか?』
  『……部屋に閉じこもったまま、出てこないのです』
   再度シンが問うと、躊躇いがちにリオが報告してきた。
   シンがブルーの部屋がある居住セクションの一画にかけつけると、部屋の前の廊下にはリオだけでなくフィシスの
  姿もあった。
  「ブルーの様子は?」
  『分かりません。部屋に閉じこもったまま、いくら呼びかけても返事がないのです』
  「フィシス、君はどうしてここに?」
  「ブルーが心配で来てみたのですけれど……。でも私が呼びかけても、ブルーは答えてくれないのです」
   フィシスは腕に抱き締めていたレインの頭を、そっと撫でた。
   レインは尻尾をふるりと振った。
  『ブルー、ドウシタノ?』
   レインの思念波に、答えられる者は誰もいなかった。
   シンはリオに問いかけた。
  「部屋に戻ってから、ブルーは食事はしたのか?」
  『いえ、それも……』
  「食べていないのか」
  『申し訳ありません。食堂に行った間に、扉をロックされてしまいました……』
   リオはシンの指示で、ブルーが自室に戻る際に付き添った。
   ブルーは憔悴しきった様子で、リオの問いかけにも何も返事をしなかった。
   それでも自室に戻ると、僅かに安心した様子を見せ、ベッドに倒れ込んだ。
   リオはしばらくの間、眠るブルーを見守っていたが、様子が変わらないのに油断してしまった。
   ブルーが目覚めたらまずは食事をと考え、リオは部屋を出た。
   その間にブルーは扉をロックしてしまったのだ。
   もちろん強制的にロックを解除する事も出来るが、ブルーの憔悴しきった様子に、そうするのはリオには躊躇われた。
   シンにブルーの事を知らせるのもどうかと思ったが、知らせない訳にもいかない。
   リオから一通りの状況を聞いたシンは考え込んだ。
   それではもう3日、ブルーは何も食べていない事になる。
   元々食が細い質ではあるが、それではブルーの身体がもたないだろうと思われた。
  『ブルー……僕だ』
   ブルーの部屋の前に立ったシンは、扉越しに思念波でブルーに呼びかけた。
  『ブルー、ここを開けてくれ』
   繰り返し、シンがブルーに呼びかけた。
   けれどやはりブルーからの答えはなかった。
   シンは諦めず、呼びかけ続けた。
  『ここを開けて、食事をとるんだ。でなければ君が参ってしまう』
   何を偽善者ぶった事を言っているのかとも思う。
   ブルーをこんな状態に追い込んだのは他ならぬシンだった。
   シンが呼びかける事は、ブルーをますます怯えさせてしまう可能性の方が高かった。
   けれどブルーの身を案じる気持ちも、本当だった。
  『開けてくれ、ブルー』
   一しきり呼びかけ続けたが、やはりブルーからの返事はなかった。
  『……開けないなら、こちら側からドアを破るよ、ブルー』
   最後通告のようにシンがそう呼びかけても、ブルーは無反応だった。
  『仕方ない』
  『……まっ……て……』
   シンが扉を強制解除しようと決意した時、ようやくブルーからの返事があった。
  『ブルー……!』
   その微かな思念波に、シンだけでなくリオもフィシスも喜んだ。
  『ブルー、大丈夫ですか?』
  『よかった、ブルー。無事なのですね』
  『……ニィ……』
   皆の喜びようとは正反対に、ブルーのそれは消え入るような、弱々しい思念波だった。
  『トォニィ……を、呼んで……』
   切れ切れの思念波で、トォニィだけなら扉を開けると、ブルーは告げた。


   程なくして、ブルーの部屋の前にトォニィが呼ばれた。
  「なに? どうかしたの?」
   何の説明もなく呼ばれたトォニィは、シンやリオ、フィシスが居並ぶ様子に首をかしげた。
  「トォニィ、これをブルーに届けて、食事をとらせてくれ」
   シンの指示で、リオからトォニィに、用意されていた一人前の食事の乗ったトレイが手渡された。
  「ブルーがどうかしたの? 最近食堂にこないから、おかしいなとは思ってたんだけど」
  「……もう3日、食事をしていない」
  「え、具合が悪いの?」
   トォニィの質問には答えず、代わりにシンは言い聞かせるように言葉を重ねた。
  「これを届けて、ブルーに食べさせてくれ」
  「それはいいけど……グラン・パが行けばいいのに」
  「僕ではダメなんだ……」
   不思議がるトォニィに、シンはどこか苦々しく答えた。
   トレイを手に、ブルーの部屋の前に立ったトォニィは、思念波で呼びかけた。
  『ブルー、僕だよ』
  『……トォニィ……?』
   するとすぐにブルーからの返事があった。
  『うん。食事、持ってきた』
  『…………』
   ブルーからのいらえはなかったが、代わりにトォニィの目の前で扉が開いた。
   トォニィがシンを振り返ると、シンは頷いた。
   シンもリオもフィシスも、部屋に入ろうとする様子はなかった。
   促されてトォニィは一人、部屋の中に入った。


   トォニィが足を踏み入れてすぐ、背後で扉が閉まった。
   部屋の中は電灯も点いてはなく、暗闇に沈んでいた。
  「ブルー、どこにいるんだよ? なんで真っ暗にしてるんだ?」
   呼びかけても返事はなかった。
   けれど人の気配はするので、ブルーが部屋の中にいるのは分かった。
  「明かり、点けるぞ」
   居住セクションの部屋の作りは基本的には同じだ。
   ブルーからの返事はなかったが、トォニィはドアのすぐ横の壁に手を伸ばし、指先に当たったスイッチを押した。
   途端に明るい光が部屋に満ちた。
  「ブルー……?」
   眩しさに目を瞬かせながらトォニィが部屋の中を見回すと、ブルーはベッドにいた。
  「ブルー」
   トォニィが安堵し、ブルーの元へ歩み寄った。
   けれどブルーは無反応だった。
   巻頭衣を身につけたブルーは、上半身こそ起こしていたが、力なくベッドの上に座り込んでいた。
   俯いているせいで表情は見えない。
   けれどブルーの沈んだ様子に、トォニィも常ならぬものを感じた。
  「ブルー、どうしたんだ?」
  「ごめん。ちょっと……調子悪くて」
   気遣わしげに声をかけると、ブルーからようやく返事があった。
   けれどその声も元気がなく、まるで今にも倒れてしまいそうな様子だった。
  「メディカル・ルームに行くか? それともドクターを呼ぼうか?」
  「ううん、大丈夫だから……」
   そう答えながら、ブルーはようやく顔をあげてトォニィを見た。
   微笑むその顔はけれどどこか痛々しく、無理をしているようにもトォニィには見えた。
  「……ほら、これ食事」
   心配を消せないまま、トォニィはブルーに食事のトレイを手渡した。
  「うん……ありがとう」
   トォニィからトレイを受け取ったブルーは、それを膝に置いた。
   けれどしばらく見守っても、ブルーが食べ始める様子はなかった。
  「ちゃんと食べろよ」
  「うん……」
   トォニィに促され、ブルーはゆっくりとした動作でスプーンを手にした。
   そしてまだ温かさを残すスープを一口、口にした。
   ブルーが食事を始めた様子に安心したトォニィは、室内の椅子を勝手に引き寄せると、そこへ座り込んだ。
  「おいしいか?」
  「……うん」
   それは嘘だった。
   3日ぶりに口にした食べ物であるというのに、ブルーはそれを美味しいとは感じられなかった。
   けれど食事を運んでくれたトォニィのために、ブルーはそれを口に運び続けた。
   ブルーの返事に安心したトォニィは、いつも通りの軽口を叩いた。
  「子供じゃないんだから食事くらいちゃんとしろよな。みんな心配してたぞ」
  「───……」
   ブルーは、スープを口に運ぶ手を唐突に止めた。
  「ブルー?」
   不思議に思ったトォニィがブルーを見ると、ブルーはいつの間にか泣いていた。
   声を殺し、ただ静かに涙を零していた。
  「ど、どうしたんだよ……?」
   驚くトォニィに、ブルーはつぶやいた。
  「皆が心配しているのは……僕じゃないよ」
   シンが「愛している」と言ったのも───リオやフィシス、そしてミュウの皆がブルーに向けてくれた優しさも、ブルー
  に向けられたものではなかった。
   それはブルー自身ではなく、すべてソルジャー・ブルーに向けられたものだったのだ。
  「僕の事じゃない……!」
   すべてを知ったブルーは、なす術なくただ涙を流した。
   涙は後から後からあふれ出て、止まらなかった。
  「ブルー、お前……」
   ブルーの言葉に───その涙に、トォニィはブルーが真実を知ってしまった事を悟った。




傷心の子ブルです。考えたのは私ですが、子ブルにごめんなさ(以下略)。

トォニィと子ブルの友達関係って割と好きです。
ここで子ブルがトォニィを呼ぶのが不自然じゃないよう、今まで子ブルとトォニィのあれこれを書いてきました。
ちなみにトォニィは、ブルーがシンにどんな事をされたかまでは気が付いていません。
身長はブルーよりも大きいけど、トォニィはまだまだ子供ですから。
ただリオは聡いので、たぶん……気が付いているでしょうね。
ソルジャーの補佐というのも大変ですね(^^;)


2009.3.22





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