exceeding thousand nights ・46
トォニィはブルーの涙が枯れるまで、黙って傍にいてくれた。
慰めも励ましもせず、そしてブルーに何も聞こうとはしなかった。それがブルーには有り難かった。
ブルーが落ち着いた頃、トォニィは再び口を開いた。
「……僕のママは、カリナっていうんだ」
「カリナ……?」
以前、ドクターも言っていたトォニィの亡くなった母親の名前。
その名を口にするトォニィはとても嬉しそうだった。
だからトォニィが母親のカリナを大好きなのだという事はすぐに分かった。
「どんな人だったの?」
「最高のママだよ!」
ブルーが聞くと、トォニィはすかさず答えた。
「優しくてあったかくっていい匂いがして、世界一のママだよ」
さすがにその言葉は聞き流せず、ブルーもトォニィに言い返した。
「僕のママだって世界一だよ。優しいし、いつも僕においしいご飯を作ってくれてたんだよ」
「僕のママの方が世界一だよ」
「僕のママだよ!」
二人とも一歩も引かなかったが、そのうち不思議とおかしさがこみ上げて来て、笑いあった。
ブルーも薄く笑んだ。
心は重いままなのに、そんな風に笑えるのが不思議だった。トォニィのおかげかもしれなかった。
「じゃあ、同率一位って事にしよう」
「うん」
ブルーの提案に、トォニィも頷いた。
「ブルーのママはアタラクシアにいるんだよな」
「うん、そうだよ」
「そっか。僕のママはもう、死んじゃったんだ」
どこかあっけらかんと、トォニィは言った。
けれどその重い言葉に、ブルーはなんと返事をしていいか分からなかった。
トォニィはぽつりぽつりと自分の事を話し始めた。
トォニィはユウイとカリナの間に、ミュウの───S・D体制始まって以来の自然出産児として生まれた。
トォニィの後に続くように、タキオンやアルテラも生まれた。
そしてトォニィが物心ついた頃、タキオンに弟が生まれた。タージオンだった。
両親に連れられて、トォニィも生まれたばかりの赤ん坊を見に行った。
生まれたての赤ん坊は可愛らしく、タキオンの両親はもちろん、タキオンも嬉しそうだった。
弟が生まれて、とても幸せそうだった。
タキオンが羨ましくなったトォニィは、弟か妹が欲しいと両親にねだった。
両親は驚き、顔を赤らめ困ったような顔をしたが、無邪気なトォニィを怒りはしなかった。
それから数ヶ月後、トォニィはカリナから「トォニィもお兄ちゃんになれるわよ」と教えてもらった。
カリナが再び妊娠したのだ。
トォニィは大喜びした。
タキオンのように自分にもきょうだいができるのだと嬉しかった。
少しずつ大きくなるカリナのお腹に耳をあてて、トォニィはその日を心待ちにしていた。
早く生まれておいで、一緒に遊ぼうと、何度も語りかけた。
そんな時、カリナは優しく微笑みながら、トォニィの髪を何度も撫でてくれた。
けれど赤ちゃんは死んでしまった。死産だった。
そして、一緒にカリナも死んでしまった。
カリナと赤ちゃんが死んでしまった時、トォニィは悲しみに沈むユウイに抱き締められ、ただ茫然としていた。
「死」というものが何なのか、よく分からなかった。
元々カリナは身体が弱く、ドクターからも二度目の妊娠は反対されていた。
それをトォニィの願いをかなえるために、再びの自然出産に臨んだのだ。
そんな事情があった事を、トォニィは後になって知った。
けれど知ったとしても、後悔しても、何もどうにもできなかった。
「僕がきょうだいがほしいなんて言ったのがいけなかったんだ……」
「トォニィ……」
力なくつぶやくトォニィに、ブルーはかける言葉が見つからなかった。
「あ、ごめん。僕が言いたいのはその事じゃなく、つまり……」
沈むブルーに気づき、トォニィは慌てて言葉を継いだ。
「だから僕は、ブルーがソルジャー・ブルーの生まれ変わりだなんて信じてないよ」
ブルーは驚いた。
まさかトォニィがそんな事を言ってくれるだなんて、思ってもいなかったからだ。
「……トォニィは、ソルジャーたちとは違うんだね」
「僕は信じてないよ」
はっきりとトォニィは否定した。
「そんな事があるのなら、どうして僕のママは帰って来てくれないのさ」
トォニィも願ったのだ。
カリナに帰ってきてほしいと。
でもどんなに願っても、カリナは戻ってきてはくれなかった。
死とはそういうものなのだ。
どれだけ会いたいと望んでも、心から願っても、覆せないものなのだ。
「グラン・パの事は大好きだよ。グラン・パが僕たちの誕生を望んでくれたから、僕たちは生まれたんだ」
けれどそれでも、従えない事もあった。
「グラン・パも、長老たちも、パパも───ミュウの全員がブルーがソルジャー・ブルーなんだって信じてる。……お
かしいよ」
トォニィは皆のように、会った事もないソルジャー・ブルーを崇拝する気にはなれなかった。
もちろんS・D体制の元で苦しんでいたミュウを助けた、初代のソルジャーとして尊敬はしていた。
けれど暗い地の底でその転生をただ待ち続けるなんて事は、トォニィには理解できなかった。
ブルーがシャングリラにやって来た時も、トォニィには皆のようにソルジャー・ブルーが戻って来たと喜べなかった。
「ブルーはソルジャー・ブルーじゃなくて、ブルーだよ」
「トォニィ……」
ブルーは再び涙が出そうになった。
ブルーがシャングリラにやって来た当初、トォニィだけがブルーに冷たかった。
いつか傷つくぞと言われて戸惑いもした。
けれどそんな反発から、トォニィは最初冷たかったのだ。
トォニィだけがたった一人、本当の意味でブルー自身を見ていてくれたのだ。
だからこの船から出て行けと言ったのだと、ブルーはようやく気づいた。
「帰りたい……」
トォニィの真意を知り、咄嗟にブルーは口走っていた。
「ブルー」
「ここにはいたくない……!」
驚くトォニィに、ブルーは訴えるようにつぶやいた。
ブルーはもう、シャングリラに自分の居場所を見出せなくなっていた。
うわあ、約一ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
相変わらず傷心の子ブルで、書いててちょっと胸がチクチクします。
私はもうこの話の他には、子ブルが辛い目にあう話は書けないと思います(^^;)
2009.4.25
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