exceeding thousand nights ・47



   アタラクシア郊外の荒野───「夜の半球」と呼ばれる荒涼とした大地に人影があった。
   ブルーとトォニィ、そしてアルテラの三人だ。
   シャングリラにはいたくない、家に帰りたいというブルーの願いをかなえるために、トォニィがブルーをシャングリラ
  から連れ出したのだ。
   もちろん誰にも知らせてはいない。
   ステルス・デバイスはミュウの存在を人類から隠してはいるが、物理的な出入りを阻むものではない。
   だからトォニィはブルーを連れて、シャングリラの外へとテレポートした。
   それに気づいたアルテラも二人を追い、そして三人は地上に立った。
   ブルーは久しぶりに目にする空を見上げた。
   日が暮れようかという時刻、久しぶりに目にする夕焼けは、懐かしいという以上の感慨をブルーに与えた。
  『空だ……』
   夕暮れの空の色は、幼い頃から幾度となく見てきた空とまったく違うようで、やはり変わらない。
   けれどそれを見上げるブルーの置かれている環境は、まったく違うものへと変わってしまっていた。
   アルテメシアの地に立つブルーが胸に抱いている物があった。
   それは母親がブルーの目覚めの日に用意してくれた服だった。
   シャングリラへ連れてこられて、ミュウの服に着替えた折に大切にクローゼットにしまっていた物だった。
   シャングリラを出る事を決めた時、ブルーは与えられたミュウの服を脱ぐつもりだった。
   けれど着替えようとして、母親が用意してくれた服に袖を通して気がついた。
   昔はぴったりだった袖の長さが僅かに短くなっている事に。
   ブルーがシャングリラにやって来た日から、かなりの月日が経っていた。ブルーの身体が成長している証だった。
   それを喜ぶ心の余裕は今のブルーにはなかった。
   どこか沈んだ眼差しで、久しぶりに肉眼で見る空を見つめていた。
   ブルーの隣で、トォニィとアルテラは驚きに目を見張っていた。
  「ここが、シャングリラの外……」
   大地を渡る風が髪を揺らしてゆく。
   生まれてからずっとシャングリラから出た事のない二人には、頬に触れる風さえも驚きだった。
   知識として惑星アルテメシアがどういった星かはもちろん知ってはいたが、自分の目で見るのは生まれて初めてだっ
  た。
   初めて目にしたアルテメシアの風景は、植物の影もないむき出しの岩肌と荒涼とした大地が広がるだけではあったが、
  それさえも二人の目には新鮮なものに映った。
  「シャングリラの外にはこんな世界があるのね……」
   感慨深そうにアルテラもつぶやいた。
   地中の外にはシャングリラとはまるで別の世界が、そして遠い宇宙の果てには地球があるのだ。
   と、トォニィがアルテラにこっそりと囁いた。
  「アルテラ、お前はここで帰れよ」
   トォニィはブルーと二人で、アタラクシアに向かうつもりだった。
   けれど心配してブルーの部屋にやってきたアルテラに見つかったのだ。
   トォニィとブルーが何度となく止めたのだが、アルテラは一緒に行くと言い張って付いてきた。
  「ここからは僕たちだけで行くから、お前はシャングリラに帰れ」
   トォニィはアルテラを心配して言ったのだが、けれどアルテラは首を縦には振らなかった。
  「嫌よ」
  「アタラクシアへ行くんだ。危険かもしれないだろ?」
  「だったら尚更よ。トォニィとブルーだけじゃ心配だもの」
  「どういう意味だよ!」
   怒り出すトォニィに構わず、アルテラはブルーの手を取った。
  「さあ行きましょう、ブルー」
  「う、うん……」
   アルテラの勢いに押されてブルーも頷いた。
   本当はアルテラを連れて行く事はブルーもためらいがあったが、ブルーはまだ思念波を扱う事しかできない。
   アタラクシアへ行くためには、トォニィかアルテラの協力がどうしても必要だった。
  「トォニィ、先に行くわよ」 
   トォニィが怒り、ブルーが迷ううちに、アルテラはブルーを連れてさっさとテレポートしてしまった。
  「もう、アルテラの奴!」
   慌ててトォニィも二人を追ってテレポートをした。


   トォニィとアルテラが交互にブルーを連れてテレポートを繰り返し、三人はアタラクシアを目指した。
   けれど数回のテレポートを繰り返した後、トォニィとアルテラは休息を取りたがった。
  「ブルー、ちょっとだけ休んでもいい?」
  「そんなの、もちろんだよ」
   すまなそうなアルテラに、ブルーは慌てて言った。
   ブルーを連れて跳ぶ分だけ、負担が大きいのは明白だった。
  「ごめん、二人とも……」
  「いいよ、大丈夫」
   謝るブルーに、トォニィが笑って言った。
   けれどそんなトォニィにも、疲労の影は見え隠れしていた。
   休息を取る二人の傍らで、ブルーはぼんやりとシャングリラへ行った時の事を思い出していた。
   あの時、シンは一度のテレポートで、ブルーをアタラクシアからシャングリラへと連れて行った。
   きっと同じタイプ・ブルーでも、使えるサイオンの量が違うのだ。
   シンはソルジャーであるのだから───そこまで考えて、思い出したそれを打ち消すように、ブルーは一人俯いて目
  を閉じた。
  『考えたくない……』
   シンの事はもちろん、忘れてはいない。
   ブルーが初めて好きだと思った人。
   けれど今はもうその気持ちさえも、思い出したくなかった───。




シンと子ブルの仲直りを望んで下さる方には申し訳ありません。
ついに子ブルが家出しました。
シンだけならともかく、ミュウ全員からソルジャー・ブルーだと思われていたら、そりゃあシャングリラにはいたくないよね…。
そしてシンもすっかり子ブルに嫌われたというかなんというか〜…(−−)
でも思い出したくないって事は、忘れていないって事ですから!
(あんまりフォローになってないですね…)


2009.5.6





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