exceeding thousand nights ・48



   テレポートを繰り返した末に、ようやくブルーたち三人は育英都市アタラクシアに到着した。
  「アタラクシアだ……!」
   ブルーは喜びを露わにした。
   14年間を過ごした懐かしい風景。
   ブルーが成人検査を迎えたあの日と変わらないままの街並みが目の前にあった。
   またこの場所に戻ってこられるなんて、夢にも思っていなかった。
   懐かしがるブルーとは対照的に、トォニィとアルテラは興味深そうにアタラクシアの街並みを見つめていた。
  「ここが人間の住む街か……」
  「シャングリラとは全然違うのね」
   生まれてから一度もシャングリラから出たことのないミュウの二人は、初めて目にする人間の育英都市をもの珍し
  そうに見つめていた。
   シャングリラでは皆、居住セクションの個室に住んでいた。
   家というものは知識としては知ってはいたが、目にした事は一度もなかった。
   初めて見る家───そして街並みは、トォニィにもアルテラにも不思議なものに感じられた。
   S・D体制下では人類はもちろん、ミュウも、結局は限られた世界だけしか知らないのだ。
   時刻は日も暮れかけ、あちこちの家に灯りがともり始めていた。
   道行く人の姿はそう多くはなかったが、皆無でもない。
   ブルーやトォニィたちの服装はアタラクシアでは異質ではあったが、それを目にした者は多少首を傾げるぐらいで、誰
  もそれを不思議に思ったり、見咎めたりはしなかった。
   育英都市はユニヴァーサル・コントロールによって完全に管理されていた。
   だからその中に住む人間たちは、何が起ころうとも疑問には思わない。
   ミュウが侵入する可能性など、かけらも考えてはいないのだ。
   それはユニヴァーサル・コントロールも同じであるらしく、事実アタラクシアへ侵入するのに、何の障壁もなかった。
   その油断が、今のブルーたちには有り難くはあった。
   周囲を興味深く眺めながら歩いていたトォニィが問いかけてきた。
  「ブルーの家はどこ?」
  「えっと……確か、あっちだ」
   遠くに見える学校の校舎の位置から、ブルーは記憶をたどった。
   念のためテレポートはせずに、ブルーが指し示す方向に三人は歩き出した。


   15分ほど歩き陽もすっかり暮れた頃───。
   ある一軒の家を目にした途端、ブルーは駈け出した。
  「お、おい、ブルー!」
  「……ママ!」
   驚いたトォニィが呼び止めるのにも構わず、ブルーは走った。
   ブルーは庭先で一度足を止め、弾んだ息のまま懐かしく見つめた。
   それはブルーが14年間、両親と暮らした家だった。
   目覚めの日とまったく変わらない様子で、そこに在った。
   そして窓から明かりがついているのが見え、中に人がいるのが知れた。
   トォニィとアルテラが追い付いても、ブルーは振り向かなかった。
   耳を澄ませば家の外に聞こえてくる笑い声。
   リビングから聞こえてくるのは、懐かしい両親の声だった。
  『ママ……! パパ……!』
   たまらずブルーは玄関に向かおうとした。
  「待てよ、ブルー」
   トォニィに腕を掴まれたブルーは、厳しい瞳で振り返った。
   けれどその耳にあるものが届いた。
  「…………?」
   よくよく聞いてみると、家の中から聞こえて来るのは両親の声だけではなかった。
   二人だけのものではない、子供のものも混じっていた。
   ブルーはリビングの窓に近づくと、気づかれないようにそっと中を覗いた。
   家の中には、かつてのブルーの両親がいた。
   優しかった父親と母親。
  『パパ……! ママ……!』
   嬉しさと慕わしさが胸にこみ上げてきた。
   記憶を消されなかったブルーは、両親にずっと会いたいと思っていた。
   けれど母親はかつてブルーを抱き締めてくれたその腕に、赤ん坊を抱いていた。
  「レティシアはいい子ね」
  「将来はきっと美人になるぞ」
   母親があやす赤ん坊に、父親も眦を下げて語りかけていた。
  「あなたったら気が早いわねえ」
  「そうか? そんな事はないよなあ、レティシア」
   赤ん坊は言葉が分からずとも、二人に笑顔を見せていた。
   幸せそのものといった親子の姿。
   けれどそれはブルーに深いショックを与えた。
  『あの子は誰……? 僕の次の子供……?』
   そういえばシンが以前言っていた。
   ブルーの両親は、もう新しい子供を養育していると。
   混乱した気持ちですっかり失念していたが、それは事実だったのだ。
   S・D体制の養育制度においては至極当たり前の事だった。
   家に戻って来たとしても、新しい子供が仮にいなくても、ブルーの居場所はもうない事も頭では分かっていた。
   けれどシャングリラにいられない以上、ここにしかブルーは帰って来られなかったのだ。
   ブルーは所在なく立ち尽くした。
   リビングの中では相変わらず、楽しそうな団欒が続いていた。
   もしもそこに飛び込んだとしても、ブルーの存在は両親を困惑させるだけだろう。
  「ブルー……」
   アルテラが気づかわしげにブルーを呼んだ。
  「僕は……」
   何事かを答えかけたブルーの手から、持っていた服が足元にぱさりと落ちた。
   それを拾うことなく、ブルーは走り出した。
  「おい、ブルー!」
  「ブルー!?」
   驚いたトォニィとアルテラが、ブルーを呼んだ。
   トォニィたちに呼ばれても、ブルーは振り返らずに走り続けた。


   その日、ブルーたちがアタラクシアにやって来たのと入れ違いのように、アタラクシアから荒野へ出て行く数多くの機械
  があった。
   けれどアタラクシアの住人はもちろん、ブルーもトォニィもそれに気づかなかった───。




アニテラのジョミーみたいに無人の家にたどり着くようにしようかなとも思ったのですが、子ブルにとってよりショックな状況はどんなものだろうかと考え、上記のようになりました。(私はひどい女でしょうか……)
頭では当然の事と分かってはいても、いざ目にするとやっぱり辛い事ってあると思います。
S・D体制の養育制度って、ある意味ちょっと無情ですよね……。
原作や映画に比べてアニテラはその点が少しゆるく、いい意味で言えばまだ救いがありましたけどね。
個人的には離婚ができるとか、スウェナとレティシアが会えるのには疑問も感じましたが…(^^;)


2009.5.31





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